今日、地下迷宮で何があったのか。
探索者だけでなく迷宮都市ウォレスイトで暮らす者たちの多くが知っていた。
生きた姿で歩く俺たちを見た人間の奴らは、まるで幽霊でも見たかのように顔が青ざめていく。
おそらくここにいるほとんどの連中が、俺たちが負けるだろうと予想していたのだろう。
けれど俺たちの帰りを喜んでくれる者も中にはいた。
いつも通り夜になると酒場に変わるギルド協会は、お店の半分ほどのスペースを俺たちの貸し切りにしてくれた。
店内には俺とエリザとアリス、それからドーゴンとドワーフの仲間たち。
他にも客はいるが、少し話したことがある程度の連中だ。
カトレアが気を使って半分のスペースを貸し切りにしてくれたのに、何度か話しかけられた。
おそらくはウェルダーが敗れたことを知って、俺たちに取り入りたいのだろう。そんな雰囲気をめちゃくちゃさせていた人間たちは、カトレアに注意されてからは話しかけてこなくなった。
「乾杯!」
アリスの明るい声が店内に響き、俺たちはエール酒を一気に飲み干す。
修羅場を生きて帰れたからか、普段よりも酒が美味しく感じる。
「今夜のお代はいらないから、好きなだけ食べて呑んで騒いでちょうだい」
次々に料理や酒を持ってくるカトレア。
俺は彼女に「後で一緒に呑めるか?」と聞くと、彼女は何かを察して「ええ」と短く頷いた。
それから他愛もない話をしながら楽しい時間を過ごした。
地下迷宮で何があったのか、どうして失った左腕が元に戻っているのか、ここにいる誰も俺に聞いてこない。
おそらくだが誰にも聞かれたくないからだろう。
その話は、宿屋に帰ってから話すことにした。
そして手の空いたカトレアに全てを話した。
「そう、あの人が……」
結果としてカトレアの夫であるウェルダーを俺は殺した。彼女に頼まれたのは事実だ。だけどこれが彼女の心からの願いだったのか、それはわからない。
どちらにしろ、このことについては俺の口から話さなければいけないと思った。
そしてカトレアは、夫が殺されたということを聞かされたのに平気な顔をしていた。
「なんだか、意外と呆気なかったわね」
「そうだな」
「それに夫が殺されたというのに、何も感じない。不思議ね」
アリスはいつの間にかドーゴンたちと酒の呑みあいを始め、エリザは俺の隣でうとうとと眠たそうにし始めた。
カトレアとの二人での会話。
ここだけ落ち着いた空気が流れ、彼女は何とも言えない表情を浮かべる。
「だがはっきりと殺したかはわからない」
「どういうこと?」
「……そうだな」
小さな声であの場で起きたことを話すと、カトレアは終始難しい顔をしていた。
「確かに殺した。だが本当に殺したのかどうかはわからない」
「……古代遺物の力、なのかしら。あの人、ここの古代遺物を独占していたから、そういう奇妙な力を持った古代遺物を手にしていた可能性もあるでしょ?」
「かもな。俺はそこまで古代遺物に詳しくない、それに各地で行われているとかいうオークションも行ったことないんだが、カトレアはこういう力を持った古代遺物のこと知っているか?」
「いいえ。ただ中層より深い場所にある古代遺物に関しては、正直なところ誰もが一度は想像したような特殊な力を持ったモノもあるって……。不老不死の力を与えられる古代遺物なんかも、噂ではあるそうよ」
「不老不死か」
まるで物語に出てくる力だと、俺は鼻で笑う。
「だが実際に不老不死の力を持った古代遺物を手にした者はいないんだろ?」
「ええ。ただの想像や妄想の中の世界での話。だけど近しい力を持った古代遺物が出回っているから、絶対に無いとは言い切れないわよね。だから彼の、夫のその奇妙な変化も……古代遺物を使った可能性あると思うのよ」
「かもな」
古代遺物の影響は確かにある。
だが俺にはもう一つ彼女の──というよりも、世間一般では知られていない秘密を知っている。
──七人の魔女とその代行者。
古代遺物とはまた違った系統の、物語の中の世界みたいなものだが、それが実在しているということを知った。
であればその可能性もあるだろう。どちらにしろ、
「また明日から地下迷宮に潜ってみる。そうすれば、何かわかるだろう」
上層ではなく中層、下層──そして深層へ行けば何はわかるだろう。
ウェルダーのこと。
特殊な古代遺物のこと。
それと、魔女と代行者のこと。
「それじゃあ、そろそろ帰るかな」
とりあえずカトレアへの報告は済ませた。
後は帰って、エリザとアリスに地下迷宮で俺の体に何があったのかを説明しよう。
「ほら、帰るぞ」
目蓋が閉じかけていたエリザを抱きかかえ、
「……帰るぞ」
「うるさい、まだボクは呑むんだ! この短足デブドワーフと今夜こそ決着を付けるんだ!」
「ふおっふおっふおっ! そうやって無駄に長い耳と、みっともなく小さく丸っこい尻尾を振って逃げるんだな、酒弱ウサギ娘よ!」
「なんだと、この……ッ!」
兎人族とドワーフ族が仲悪いわけではなく、ただ単純に二人が仲悪いだけだ。理由は聞いていないが何かあるのだろう。
とはいえこのままさせておくわけにはいかず、二人を抱えて店を出る。
「くそっ、あのドワーフ!」
足をふらつかせるエリザとアリスの肩を抱いて支えてやる。
肌の感触に、視界に入る二人の胸の谷間とお尻。
俺だって、年中無休で発情しているわけではない。けれど今夜は、異常なほど二人を──女を欲している。
それに、
──二人を喰らいたい。
──二人を犯して、孕ませたい。
頭の中で自分自身の声が響く。
こんなこと、今までになかった。