「……ここは、幻の世界か?」
「はい、その通りです」
一面真っ白な世界。
丸いテーブルに二つのイス。
その片方のイスに座るアスリアは、ニコリと微笑む。
「ここにいるってことは、俺は現実で眠ったということか?」
「そうなりますね。なにせ一日に多くの出来事がありましたから」
イスの前に立つと、例の影の手がイスを押して強制的に座らされる。
「地下迷宮で殺され、魔女と代行者の話を聞かされて生き返っただけでも大変なのに。それからたらふくお酒を呑んで、二人の女性と休まずセックス三昧。身体は問題なくても、見えない疲れがあったのでしょう」
「なるほど。で、何かあれから思い出したことでもあったのか? ここに呼び出したということは」
アスリアは俺が眠ると幻の世界で会えると言っていた。けれど必ず会う必要があるというわけではないはずだ。
であれば何か進展──もしくは、思いだしたことがあったのだと思ったのだが、
「残念ながら何も」
カップに口を付けたアスリアは、全く残念そうに見えない笑顔で答えた。
「じゃあ、俺に会いたくなったか?」
「はい、その通りです♡」
「……はあ。もう寝ていいか?」
「寝てますよ、もう」
二度目のため息をつくと、アスリアは「わたくしの話相手になってくださってもいいではないですか。あっ、そうです。エッチしますか?」と聞いてくる。
「残念だが、少女に興奮する趣味はないんだよ」
「あら残念。では元の姿に戻ったらいかがですか?」
「その時は喜んでお相手させてもらおう」
「ふふっ、嬉しい」
なにせ今のアスリアは幼女そのものだが、大人になれば絶対に綺麗になると想像ができるから。
断る理由を探す方が難しいだろう。
「そういえば一つ……いや、何個か聞いていいか?」
「ええ、どうぞ」
「別れ際に言っていた『色欲の魔女の力を与える』とかいうの。あれ、全く目覚めなかったんだが」
「ん? もう目覚めていますよ」
首を傾げるアスリアを見て、俺が首を傾げたいよと言いたくなった。
「それはあれか、性欲が尽きないってやつか?」
エリザとアリスを抱いても抱いても性欲が尽きなかった。こんなこと今までなかった。
これのことだと思ったのだが、
「いいえ、それは単純に旦那様が死に直面したことで、子孫を残そうと無意識に思うようになった結果かと。おそらくは明日になれば収まると思います」
「そうなのか。でも確かに、死を覚悟したときは無性にセックスしたくなるな。じゃあ何なんだ?」
「それは──」
と、そこで体を揺さぶられた。
アスリアにでも影の手にでもなく、姿のない何かに力一杯に肩を揺すられている。
「どうやら色欲の魔女、その代行者としての力が発揮されたようですね」
「色欲の……? どういう意味だ?」
アスリアに詳しく聞きたいのに、全身を揺らす何かの力がどんどん強くなっていく。
「詳しいことは目を覚ませばわかると思います。それでは旦那様、おやすみなさい」
「ちょ、おい、アス──」
♦
「──リア!」
「クレス、起きて!」
目を開けると元の世界に戻っていた。
ほんと、不思議な感覚だな。
そして俺の体を揺らしていた正体はエリザだったらしい。
「どうした、エリザ?」
窓の外は既に明るくなっていた。
朝日が差し込み、鳥の鳴き声が響く。
俺はエリザに目を向けると、困惑した表情で──手の平に何かを乗せていた。
「なんか、いたの!」
片言で伝えられて視線を向けると、エリザの手の平の上に座った生き物は口を大きく開けてあくびをした。
丸い顔に丸い胴体。
その体に合った太さの手足がそれぞれある生き物。
全身を焦げ茶色の毛並みで覆い、丸い黒の瞳は愛らしさがあった。
子犬とも子猫とも少し違う。
小さい熊のようなこの生き物は、なんだ?
「……拾ってきたのか?」
「違う! さっき起きたら、私の腕の中で眠っていたの!」
「眠っていたって……」
部屋の扉や窓に目を向けるが開いていない。
外から忍び込んだということではないだろう。
それにこの小さな生き物、なんだか異様なほどエリザに懐いている。
彼女の手の上から離れようともしない。
かと思えば両手を俺に伸ばす。
人差し指を顔の前に差し出すと、その焦げ茶色の毛並みの生き物は嬉しそうにしながら俺の指を抱きしめた。
──まるでパパの指を抱きしめた赤ん坊のように。
「かわいい」
「うん。……って、そうじゃなくって! あれ見て!」
エリザに指差されたのは、こんなに騒がしくしているというのに起きようともしないアリスだった。
気持ちよさそうに仰向けに眠る彼女の胸の谷間を見ると──黒色と桃色の毛を入り混じらせた生き物が挟まって寝ていた。
「あれは、ウサギか……?」
兎人族に似ていることからウサギと名付けられた聖獣。
大昔は兎人族が使役する聖獣だったが、今では絶滅したと言われている。書物で見たことはあったが、こうして実際に目にしたのは俺も初めてだ。
「やっぱり、あれはウサギなの?」
「あの長い耳と丸い尻尾は、書物で見たウサギそのものだ。だが絶滅した聖獣が、なんでアリスの谷間に挟まって寝てるんだ……?」
「じゃ、じゃあ、この子も……何かの聖獣なのかな?」
「いや、どうなんだろうな」
エリザの手の上で両脚を前に出して座る生き物。
こいつに関しても難しい内容が書かれた書物に載っているかもしれないが、なんなのかはわからない。
「それと関係あるかわからないんだけど、その……」
「まだ何かあるのか?」
手の上に乗った生き物を優しく隣に置く。
だが生き物は離れるのが寂しいのか、トコトコと四つん這いで歩いてエリザの脚にしがみつく。
「「かわいい」」
いや、今はそれどころじゃない。
と、エリザは恥ずかしそうにしながら下腹部を指差す。
「これは……」
幻の世界で目を覚ます前に見た光景を思い出した。
エリザとアリスの下腹部にいつの間にか生まれていた──謎の淫紋を。