エリザの下腹部の模様は、魔法を使用する時に浮かぶ魔法陣と似ているが全く違う。
基本的に魔法陣は使用した場所に一時的に発生するものだ。
例えばエリザが前に使用したライトニングボルトの魔法は、彼女の持つ細剣の先端に浮かんでいた。
魔法陣は詠唱の長さや魔法の威力、そして魔法の放つ位置によって大きさも出現場所も異なる。
地面に魔法陣が広がる魔法もこの世には存在するが、体に魔法陣が刻まれる魔法はない。
何より魔法陣は魔法を使い終えると消える。
けれどエリザの下腹部に宿った模様は今も残り続けている。
そして俺はこれと同じ色と形の模様を見たことがある。
大人のお店で働く女性の下腹部に、これと同じような模様が付けられていた。
これはなんだと店の女性に聞いたら「これは子宮のある位置を描いているの。もしお兄さんのペニスが大きくてここまで届いたら、好きなだけ中出ししていいわよ♡」みたいなことを言われた。
もちろんその時は何度もそこに中出しした。……いや、今はそんなことどうでもいいか。
「ね、ねえ、クレス?」
「ああ、すまない」
さすがに「大人のお店で働く女性と同じ淫紋だ!」なんて言ったら、エリザは機嫌を悪くするだろう、このことは内緒にしておくか。
「とにかくアリスを起こそう。話はそれからだ」
俺とエリザは気持ちよさそうに寝ているアリスを起こす。
目を開けたアリスは、胸の谷間に挟まったウサギと一緒に大きいあくびをした。
そして俺たちは彼女に説明した。すると、
「こ、こここ、これ!」
谷間に挟まるウサギに関しては「かわいい! もしかしてこの子、ボクの眷属!?」と喜んでいたが、下腹部に浮かぶ模様──淫紋を見て、はっきりと動揺した。
「アリス、これのこと知っているの!?」
「知ってるもなにも、エリザ、こ、これ!」
「何かはわからないけど綺麗な模様。古より伝わる魔法の類なのかな」
と、エリザはこの淫紋について気に入っているようだった。
「もしかしてエリザ、これが何か知らないの!? えっ、知ってるのボクだけ!?」
「うむ。クレスも知らないそうだ」
「えっ、あのクレスが……?」
アリスは俺をジッと見つめる。
目が合い、首を左右に振ると、彼女は察してくれた。
「……そうだね。知らない方が、幸せだよね」
「ん? どういう意味?」
「いや、なんでもないよ……。それでその、これってやっぱクレスが色欲の魔女の代行者だからだよね。ボクとエリザがクレスとセックスしたのが原因で、その力の一部ってことだよね」
「どうしてそうなるんだ?」
エリザは理解していなかったが、下腹部の模様が淫紋に似ていることからアリスはすぐに色欲の魔女、そして代行者の俺とセックスしたことが原因だと考えた。
これに関しては俺も同意見だ。
色欲の代行者として目覚めてから初めてのセックスだ。アスリアが言っていた力が発現していたと考えるのが最もだろう。
「クレスも寝てたんでしょ? だったら、その色欲の魔女さんから何か聞いてないの?」
「聞いている途中にエリザに起こされた」
「えっ、なんか、ごめん……」
「いや気にするな、今度また聞いてみるさ。ただ色々と考えた結果……」
俺はこれまでの奇妙な現象を整理する。
赤ん坊のような小さな生き物。
下腹部に書かれた淫紋のような模様。
色欲の魔女、その代行者の俺とセックスした二人。
考えられる答えなんて、一つしかないだろ。
「……俺たちの子供だな」
「「え!?」」
目を大きく見開いて驚く二人。
エリザはそのまま固まったが、アリスはすぐに納得した。
「確かに、それしかないか……。ボクとクレスの子供かあ」
アリスはウサギを両手で持つと、まるで赤ん坊を高い高いするようにしてみせた。
「人間と兎人族から種族が大きく変わった気がするけど……まあいっかー。かわいいから!」
楽観的な性格だからすぐに受け入れたアリスは「ねえ君、なんて名前がいい?」と問いかける。
ウサギは『きゅるる?』と小さく鳴いた。
「「「かわいい」」」
三人が同時に声を漏らす。
アリスはすっかりウサギを愛で始めた。
「子供か……」
エリザも自分に懐く焦げ茶色の生き物を抱きかかえる。
「嫌か?」
「嫌なわけではないよ。私はクレスのことが好きで、ずっと一緒にいたいと思ったから、その……セックスだって、中出しだって、何度もしたんだから。本気でクレスとの子供を望んでいた」
「それにしては浮かない顔だな」
「別に浮かないわけでは……。ただ子供の頃に憧れた、お腹がどんどん大きくなっていくのを見ながら『いつ生まれるのかな?』と期待感に満ち溢れながら待って、痛みに堪えて子を産む──そんな過程をすっ飛ばして子供が産まれたと言われて、想像していたのと違い過ぎて驚いているだけ」
苦笑いを浮かべるエリザ。
そんな彼女の頭を撫でながら伝える。
「そうだな。そういった過程があったからこそ産まれてきた喜びをより味わえるのかもしれない」
俺には行き倒れていた頃からの記憶しか無いからわからないが、きっとそうなのだろうな。
「でも俺は、過程もそうだが、その後も大切だと思っている」
「クレス……」
「名前、エリザが決めていいぞ」
焦げ茶色の生き物の頭を指先で撫でながら伝えると、エリザは頬を赤らめる。
「そこはその、二人で決めよう。クレスはこの子の……パパ、なんだからね?」
パパか。
そう言われてむず痒かったが、まあ、悪くはないか。
「ああ、そうだな」
「なになに、二人だけで何いちゃいちゃしてるのー?」
ウサギを頭の上に乗せたアリスが俺の背中に抱き着いてくる。
「こら、アリス! その子が落ちて怪我したらどうするの!」
「大丈夫大丈夫、この子はボクに似て強い子だから」
「だからって!」
エリザは優しさからか、もしくは俺にべったりくっ付いたことに嫉妬してか、強い口調でアリスに言った。
別に怒ったわけではない。
それは俺もアリスもわかっている。
だが──
『グヌヌヌゥ!』
焦げ茶色の生き物の鳴き声。
それと共に、突如として天井に小さな魔法陣が形成された。
「ちょ、エリザ! ここで魔法は駄目だって!」
「違う、私じゃない!」
「じゃあ誰が──」
エリザが抱きかかえた焦げ茶色の生き物が、クリクリとした瞳を輝かせながら大きな口を開けた。
そして魔法陣から光が生まれ、
『グルア……ッ!』
勢いよくベッドの上に落雷が生まれる。
間一髪でアリスとウサギが避けると、魔法の使用者を指差す。
「ちょっとちょっとちょっとぉ! なんでその子、魔法使ってるのさ!」
「いや、私に聞かれても知らないから!」
その瞬間だった。
アリスの頭に乗ったウサギも怒りを露わにして鳴きだした。
「あっ、コラ! ここ借り部屋なんだから部屋で戦うな!」
「ちょっと、どうして魔法を連発するの!? ああああッ! 床に穴がああッ!?」
「穴って、これ弁償ものだよ!? エリザ、ママでしょ!? だったら早くその子を止めてよ!」
「そんなこと言われても……えっと、待て! おすわり! えーっと、えーっと……名前! クレス、早く名前を決めて止めて!」
「もうクレス、笑ってないでこの子たちを止めてよ!」
「ん? ああ、そうだな」
子供たちの乱闘と、それを止めようと慌てふためく母親のような構図を眺めて、俺は自然と笑っていたようだ。