朝早く起きて飯を食らい、人々は目的地へ向かう。
今日はどの辺りまで行こうか。
昨日の戦闘では連携ミスがあったから改善しよう。
今度こそは貴重な古代遺物を手に入れて、大金持ちになるんだ。
夢を抱き、希望に満ち溢れ、その表情には覇気が見える。
そんな表情をした者たちが向かう先にあるのは、この迷宮都市ウォレスイトの地下深くに生まれた場所──地下迷宮。
全ての者がこの地へ来た目的の場所。
「……はあ」
そんな地下迷宮へ他の探索者たちが向かう中、人の少なくなったギルド協会に俺は来ていた。
目的は一つ、このギルド協会の女主人であるカトレアに会う為だ。
「あら、たった数週間でウォレスイトで知らない者はいないほど人気者になったクレスじゃない。おはよう」
「好きで人気者になったわけじゃないんだが。おはよう」
不機嫌な顔で窓の外を眺めていた俺とは正反対なほど明るい表情のカトレア。
ピチッとした無地のシャツのボタンを上から二つ開け、下は黒のズボン。初めて会ったときは付けていた左手の薬指の指輪は、もう付けていない。
鮮やかなピンク色の長髪を右肩から垂らした彼女は相変わらずの美人だが、指輪を外して何かから開放されたのか、前よりももっと色っぽくいい女になったと感じる。
それは俺だけじゃなく、周りの男連中も同じだ。
「今日はむさ苦しい男どもが周りにいないんだな」
地下迷宮の上層でカトレアの元夫であるウェルダーを殺したあの日から一週間が経った。
当然、その噂については迷宮都市全体に広がった──もちろん、カトレアが未亡人になったことも。
今までは人間の探索者たちの王だったウェルダーに気を使っていた男連中も、カトレアが寂しがっているだろうなとか、これはチャンスだよなとか考え、俺が知る限りでは毎日のように声をかけてきていた。
「知っていて言っているの?」
「なに?」
「今日は開店と同時にアナタが来ているから、誰も私に声を掛けてこないのよ」
ウェルダーを殺した人間の探索者──クレス。
その噂は広まり、あれ以来、俺が他の人間の探索者から声をかけられることはほとんどなくなった。
それは恨みからではなく恐れからだ。
絶対的な強者とされていた者を殺したのだから、当然といえば当然だ。
「随分と嫌われたものだな」
「それはそうでしょ。でも、他の種族からはよく話しかけられるようになったでしょ?」
「ん、ああ。まるで世界を救った英雄のような扱いだ」
「良かったじゃない」
「勘弁してくれ。英雄なんて柄じゃない」
ただの人殺しだ。
とは言わなかったが。
「そうね、アナタは今じゃ厄介者だものね。……なにせ、また宿屋を追い出されたんだものね?」
「……」
「一週間の間で何回目? 紹介する私の身にもなってほしいわね。今度は私まで嫌われ者になっちゃうじゃない」
「すまない……」
あれから俺はエリザとアリスと共に暮らすようになった。
とはいえ狭い宿屋の一室。毎夜セックスをするだけならまだ問題はなかったのだが。
「……アナタたち、なにか変な生き物でも飼い始めたの?」
「どうしてだ?」
「なんか呻き声だとか鳴き声だとか、あと遠吠えを部屋から聞いた人もいるって。追い出されている理由だって、それが原因なんでしょ?」
カトレアが言ったのは、あの二匹の小さい生き物のことだ。
色欲の代行者となったことで発現した力──色欲の魔女アスリアはその力のことをこう呼んでいた。
──眷属召喚。
色欲の代行者の力は、愛した女性にそれぞれ特性の異なる子供を産ませて──戦わせることだという。
子供を産ませるとは言うが、アスリア曰く、この眷属召喚というのは魔法の類に近い力なのだという。
エリザとアリスの下腹部に現れた淫紋。
あれは彼女たちの眷属が現出しているときのみ描かれる。現出したときということは当然、姿を消すこともできた。
あの小さい体は粒子となると、エリザとアリスそれぞれの下腹部に吸い込まれ──あの淫紋の痕が綺麗に消える。
要するにあの淫紋は、眷属が現出しているときのみ現れるらしい。
呼んだり還したりと一見すると便利な力だが、エリザやアリスの感情に左右されて勝手に出てきたりして、鳴きだしたり騒いだり駆けまわったり……そうやって赤ん坊のように手の付けられない状態になるから近所迷惑は日常茶飯事だ。
「これはもう、稼いで一軒家を買うしかないんじゃない?」
「やっぱりそうなるか?」
「出禁になっていない宿屋なんてもう片手で数えられるぐらいだもの」
「そうか……」
「とりあえず今晩の宿は紹介してあげるわ」
ため息をつきながらカトレアは紹介状を書いてくれた。
彼女の立場的にも、そろそろ紹介をするのは難しいだろうな、申し訳ない。
「それじゃあ、稼ぎに行ってくるかな」
「あら、もう行くの?」
「ああ、ここに長居してもギルド協会に迷惑かけるからな」
「そう……」
そう言って立ち上がると、カトレアはちょいちょいと手招きをする。耳を向けると、彼女は誰にも聞こえない小さな声で伝える。
「……あれから誘ってくれないけど、私、ずっとアナタのこと待っているのよ?」
ほお、と声が漏れ出た。
「すまないな、気づいてやれなくて。近いうちに誘いに行く」
「ええ、待っているわ。あまり待たせないでね」
最近は色々あって忙しかったからな。
人妻でなくなった彼女を近々ベッドに誘おうと心に決め、俺はエリザとアリスのもとへ向かった。