「一軒家って……」
夜になって、エリザが帰ってきてから俺はもう一度二人に話した。
モーナとラビーは気付いたら二人の体に戻っていた。
二人の体に戻っている状態は、いわば時が止まっている状態に近く、眠っているわけではないと俺たちは考えている。
一瞬で静かになった室内。
けれどずっと体の内にいさせることはできない。
二人の意志とは関係なくいつの間にか召喚され、昼夜問わず暴れる。親の気も知らずに泣き叫ぶ赤ん坊と同じだ。
なので、できるだけ眠る時間を俺たちと合わせたい。そうすれば夜中に泣き叫ばないでくれるかもしれない。
まあ、そう上手くいけば苦労はしないが。
なので今、部屋には俺たち三人しかいない。
ゆっくりこれからのことを話すには適した時間だろう。
「このまま宿屋を転々としていたら、いつかは泊れる部屋が無くなりそうだからな。だったらそれしかないだろ?」
「そうだけど……。一軒家って、どれだけかかるか前にカトレアから聞いたでしょ? 私たちの稼ぎではさすがに」
「そこなんだよな」
はあ、と大きくため息をつく。
エリザの言うように現実的ではないのはわかっているのだが、泊まる部屋がないのは死活問題だろう。
かといって、モーナとラビーを夜中に騒がせないようにするのも難しい。赤ん坊に泣くな、なんて言える親はどこにもいないし、二人も俺も絶対に言わない。
「でもさ、目標にするならいいんじゃない?」
「どういうこと?」
アリスはベッドに座りながらニコニコした笑顔を浮かべる。
「ただ漠然と地下迷宮に行くより、一軒家を買うってのを目標にして毎日を過ごすのはいいかなーって」
「いいかなって……。そんな簡単なことじゃないでしょ」
「それはわかってるって。だけどクレスも言ってたけど、このままだと何処の宿屋も泊まれなくなりそうなんでしょ?」
「ああ、カトレアも紹介するのが難しくなるかもしれないって言っていたな」
「だったら、やるしかないでしょ」
かなり能天気な考えではあるが、それでもアリスの言う通りやるしかない。
他に上手い解決法があるのかもしれないが、俺は頭を使うのは苦手だ。何より毎回毎回、宿屋の店主に文句を言われて追い出されるのも癪だ。
「……まあ、そうだけど」
んー、と唸るエリザ。
俺とアリスとは違ってかなり現実を見るタイプの彼女は、納得できていなかった。
「どっかに空き家でも落ちてねえかな」
「そんなの落ちてるわけないじゃん」
「まあ、そうだよな」
「そうそう。大体さ、迷宮都市ウォレスイトにある一軒家って、都市全体にある家の三割程度しかないんだよ? 他は宿屋とかお店ばっか。そもそも迷宮都市にいる人って、永住じゃなくて出稼ぎの人ばっかだから。一軒家を持ってる人なんて、探索者を引退した人か、お店を営んでいてそこを従業員の寮にしてるかだもん」
「他の連中も、ほとんどが宿屋とかで暮らしているもんな」
「だね。あのウェルダーだって、カトレアと出会う前は──」
「──そうだ!」
エリザは何かを思い出したのか、急に大きな声を出す。
「どしたの、エリザ」
「セーフエリアだ! ウェルダーがいない今なら、私たちでもセーフエリアで住んでも文句を言われないんじゃないのか?」
──セーフエリア。
カトレアが前に、中層と下層を繋ぐ通路にできた空洞地帯に、探索者たちが魔物の寄り付かないセーフエリアと呼ばれる場所に小さな街を作り、ウェルダーが率いる人間の探索者が住みついていたと言っていた。
ウェルダーがいた時は人間の探索者に占領されていたが、エリザの言うようにウェルダーがいない今なら、俺たちがセーフエリアに足を踏み入れても文句は言われないはずだ。
「地上で一軒家を探すより、よっぽど金銭的に余裕ができると思わない?」
「そうだけど……危なくない? だってそこ、まだウェルダーの仲間たちが住みついてるんでしょ?」
地下迷宮でウェルダーと戦ったとき、周りには彼を慕う人間の探索者が大勢いた。
だがウェルダーの仲間はあの場にいた者たちだけではなく、他にも大勢いると、後にカトレアから聞いた。
そいつらは今もセーフエリアにいる。
俺に復讐しようと潜伏しているのかは不明だが、もしセーフエリアで暮らすことを選択するなら、そいつらと相対することにはなるだろう。
「俺はエリザの言うように、地上で一軒家を買うよりも現実的だと思う。賛成だ」
そう伝えるとエリザは頷き、アリスも「二人がいいなら」と賛成してくれた。
「だがそれなら、まずは中層に行けるようにしないとな。アリスは確か、中層に行ったことあるんだったよな?」
「うん、あるよ! といっても何回かだけど」
運送屋としてだが、中層経験者の話しは聞いておきたい。
「どんな場所だったんだ? それと魔物はどういった種類がいた?」
「あー、ボクはほんと数回しか行ったことないし、戦ってもいないからさ。だからボクと一緒に行ったアイツに聞いてみたらいいかも!」
「アイツ?」
♦
次の日。
俺たち三人は朝早くからアリスの言っていた”アイツ”に会いに来た。
そしてアイツは、俺たちを見て大きな口をニヤッとさせて出迎えてくれた。
「おお、クレス! 久しぶりだのう!」
アリスがアイツと呼んでいたのは、ドワーフ族のドーゴンだった。
前にアリスが一緒に中層に行ったという相手は彼らドワーフ族だったというわけだ。
ドーゴンはアリスを見るなり、あからさまに嫌そうなため息をついた。
「なんだ、クソウサギ娘もおるのか」
「ボクがいたら何か問題でもあるの、短足デブドワーフ!」
「なんだと、コラ……ッ!」
「ああん、やんのか!」
会って間もないというのにもう言い合いの喧嘩を始めた二人。
この二人のやり取りを黙って眺めていたら、いつ終わるのかわからない。俺は二人の間に割って入る。
「ドーゴン、すまない。今日は相談があって来たんだ」
「相談? 儂にか?」
「実は俺たち、中層に行こうと思っているんだ」