俺はドーゴンにセーフエリアへの移住を考えていることを伝えた。
彼は腕を組み、難しい表情を浮かべる。
「んん……」
「その反応は、俺たちの実力では難しいという意味か?」
「いや、実力では問題ないだろう。お主がどれほど強いのかは知っておる。ただ……」
「ただ?」
「地下迷宮の経験が乏しいのが問題なのだ」
そう言って、ドーゴンは仲間のドワーフに何かを持ってくるように指示を出す。そして彼が持ってきたのを適当なテーブルの上に開く。
どうやら地下迷宮の地図のようだが。
「これは中層の地図だ」
「中層の? だがこの地図にはいくつかの地形があるようだが」
古びた紙にはいくつかの地形が記されていた。
まるで家屋の一階二階三階と全ての階層を記しているみたいだった。
「中層は上層と違って平面の地形一つで完成されたものではなく、中層の一階層、中層の二階層といった感じで、中層の中でも階層分けされておるのだ」
「上層から下りてすぐに中層、下層、深層と行けるわけじゃないということか」
「うむ。上層は地下迷宮の中でも言わば初心者コースだ。行くのも帰るのも一日ほどしかかからない。だが中層からは違う。探索者全体でも中層に行けた者は三割ほどと言われていて、中層を踏破した者はその三割の中でもごくわずかだ」
「そうそう」
ドーゴンの話を聞いて、アリスが俺を見て言う。
「実力的には中層でも十分やっていける探索者はそこそこいるけど、そのほとんどが上層よりも下には行こうとしないのさ」
「……何日も地下迷宮で生活しなければいけないからか?」
ドーゴンにそう問いかけると、彼は大きく頷いた。
「この地図を見てくれたらわかるように、中層の中でもいくつもの階層に分けられておる。全ての階層を踏破するには最短でも一週間以上はかかる。その間は当然、食糧や飲み水を地上から補充することはできない。もちろん現地調達できるモノもあるが、調理する器具も、火も、全て持って行かなければいけない」
「中層の途中で食料や飲み水が尽きたら最悪だな」
「だから多くの探索者は無理をせず上層、もしくは中層の入口付近までしか足を踏み入れない。……クレスは地下迷宮での経験が乏しい。そこが問題だと儂は思っているのだ」
それからドーゴンは俺たちに料理はできるのかをそれぞれ聞いた。
俺は簡単な料理ならできると答え、エリザはそこそこ自信があると答え、アリスには聞きもしなかった。
「おい、ボクにも聞け!」
「聞かなくてもわかるわい! お主が何一つ料理ができんことぐらいのう!」
「ぐぬぬ……」
「とりあえず料理に関してはエリザに任せれば問題ないだろう。荷物運びもそこのウサギ娘がおる。ふむ……」
ドーゴンは自分の経験で得た中層での問題点や注意点、それからどんな魔物がいるのかなんかを教えてくれた。
♦
「座って話を聞いているだけなのは疲れるな」
三時間ほど、俺たちはドーゴンから話を聞いていた。
彼の優しさから事細かく教えてくれたが、途中途中に熱がこもった経験談を語ったことで予定よりも話が長くなった気がする。
それと、アリスとドーゴンの無駄な言い合いも長引いた問題の一つだろう。
「まったく、あの短足デブドワーフは大したことない自慢がいちいち多いんだよ! まったくまったく!」
「なあ、前から気になっていたんだが、なんでそんなにお前らって仲悪いんだ? 前は一緒に中層まで行ったこともあったんだろ?」
昼ご飯でも食べに行きつけのお店で料理を待っている間、アリスにずっと気になっていたことを聞いてみた。
彼女は当時のことを思いだしてか、むすっとした表情を浮かべる。
「最初は別に普通だったんだよ。探索者と運送屋の関係で仕事も順調だったのさ。だけどアイツ……あの短足デブドワーフ、途中から金払い悪くなったの!」
「金払い? 取り分を渡さなかったとか、そんな感じか?」
「いや、取り分はちゃんと貰ってたよ。だけどさ、一緒にカジノに行ったときにボクが「次は絶対に当たるから金貸して!」って頼んだら「お前の当たるは信用できん!」とか言って断ったんだよ!」
「「……」」
嫌な予感がした。
「まあ、前に借りたお金もまだ返してなかったから、その時は仕方ないかなって我慢したんだけどさ……当たったの! ボクが当たるって言った台! 貸してくれてたらめっちゃ儲かったのにあのドワーフが──」
「──アリス、ギャンブルを辞められて良かったね」
エリザがこれ以上は聞くに堪えないとアリスの話を止める。
俺も同感だ。だがアリスは当時のことを思いだして拳をギュッと握る。
「思いだしたら腹が立ってきた! それにあのドワーフ──」
──ドンッ!
店中に響くほど大きなテーブルを叩く音。
最初はアリスかと思ったが、その音は俺たちじゃなくて他の客だった。
「喧嘩?」
エリザが訝しそうに見つめた先。
屈強な身体付きの三人組の男が一人の女性を取り囲んでいた。
「テメェ、俺たちを無視するとはいい度胸じゃねぇか、ああッ!」
男が怒鳴り散らすと店内にいた他の客たちは脅えたような声を漏らす。
だが女性は顔色も変えず返事もしない。それどころか、顔も向けず料理を堪能していた。
度胸あるな。
だがその度胸が、男たちをさらに苛立たせる。
「このクソ女……ッ!」
今にも殴りそうな勢いの男を見て、俺は大太刀を手に持って歩き出す。
「おい!」
「ああんッ!?」
三人組の視線がこっちに向く。
そして料理を堪能していた女性は、初めて顔を料理から移動させた。
大きな瞳が俺を捉えた瞬間、彼女は驚き、頭上に付いた三角形の耳と蠟燭形の尻尾を反応させた。
「やっと、見つけた……」
女性は大きな瞳を潤ませて、はっきりとそう言った。