──狐人族。
三角形の耳と蠟燭形の尻尾が特徴的な種族。
極東の寒い地域で生まれ、極東の女性が身に付ける着物という衣服は寒さ対策から肌を隠したものが多い。
が、目の前の彼女の身に付けている着物は肌の露出が多い。
豊満な谷間を見せる白衣に、むちっとした太股を出した丈の短い赤色の袴。朱色の羽織はあるものの、動きやすさに特化した衣装に見える。
俺がこれまで見てきた着物を着た狐人族の女性の中で一番、色気があって綺麗だと思った。
あの服装にしたのはセンスがあるな。
「おいッ!」
そんな暗い赤色の髪の狐人族の彼女に声をかける男たち。
だが髪色と同じ色合いの大きな瞳は、周りの男連中を無視してジッと俺を見つめる。
「知り合い?」
エリザに聞かれたが俺はすぐに首を左右に振る。
こんないい女の知り合いがいれば忘れるわけがない。
だが狐人族の彼女はまだ俺をジッと見つめている。まるで俺が声をかけてくるのを待っているようだった。
ただ俺の両隣にいるエリザとアリスを見て眉を寄せた。
「……またエルフの女と」
小さな声で何か言ったが、そのことについてゆっくりと聞いている余裕はなかった。
無視され、横やりを入れられ。
我慢の限界を迎えた男が彼女の背後で愛刀を振り上げた。
俺は大太刀を構えて止めようとしたのだが、
「邪魔よ」
振り向くこともせず冷たく言い放った彼女の言葉と共に、何も無いところから突然──何かが生まれた。
屈強な男たちよりも大きな四足歩行の生き物。
建物の中になんとか収まったその生き物は、ギロリと男たちを見下ろし、睨み付ける。
『グルルルッ!』
「え、えぇ……っと」
愛刀を落として震える男たち。
そして彼女は初めて男たちに視線を向ける。
「わたくし、今とっても機嫌が悪いの……目の前から消えてくださる?」
「は、ははは、はいッ! すみませんでしたあああああッ!」
男たちは大慌てで逃げ出した。
他の客たちの視線を集めた彼女はコホンと軽く咳払いすると、守ってくれた大きな生き物の、その焦げ茶色の毛並みを撫でた。
その表情は温かく優しい笑顔だった。
「ありがとうね、コン助。もう大丈夫よ」
『コンッ!』
コン助というのは名前なのだろうか。
先程とは違った可愛い高い声で鳴くと、チラッと俺を見た。
すると凛々しい顔付きのコン助は、テーブルやイス、それに客たちを上手くかわして俺へと近付いて来る。
「あっ!」
『コンコンッ!』
「ん、なんだ? おい、舐めるな」
ぺろぺろと頬を舐められ、一瞬にして顔中びしょびしょに濡らされる。
だがなぜだろう、初めてのこの感覚は別に嫌いじゃない……。
不思議に思っていると、コン助はさっきまでしていた嬉しそうな顔から一変、悲しそうな表情を浮かべる。
「……コン助、またあとでね」
そう告げると、コン助はゆっくりと消えた。
それも体が粒子となって狐人族の彼女に吸い込まれるように。
この感じ、どこかで──。
「……」
狐人族の彼女は俺の目の前に立ちジッと俺を見つめる。
暗い赤色の長髪に、頭の左上に付けた明るい赤い花柄のかんざし。
踵の高い草履を履いているものの背丈は170ないぐらいとかなり高い。
二十代後半であろう彼女と無言のまま五秒ほど見つめ合う。
先に痺れを切らした彼女は、腕を組んで大きなため息をついた。
「……釈明、もしくは謝罪の言葉はあるかしら?」
「なに?」
なんのことを言っているのかわからず首を傾げる。
彼女は「ん?」と難しい表情をすると、
「まあいいわ。どうして何も言わずにわたくしたちの前から消えたの。どれだけみんなが探したかわかってる?」
「前から消えた? 俺が?」
「まだトボけるおつもり? まさか、わたくしの顔も、コン助のことも、忘れたわけじゃないわよね?」
「だから──」
「──ねえ、クレス。彼女もしかして……」
「クレス? クレスって、あなた……」
彼女は俺の足下から頭の天辺までをじっくり観察する。
「そういえば、あなた……十年前から姿が変わってないわね」
「十年前? もしかしてお前……俺の記憶が無くなる前のこと知っているのか?」
「記憶? えっ、あなた記憶が……」
はあ、と大きくため息をつく彼女。
そして胸に手を当て自己紹介をしてくれた。
「わたくしは癒蘭《ユラン》。……あなたの前の女、と言った方がいいかしらね?」
♦
コン助という大きな生き物を街中で出すわけにもいかず、俺たちはいつもエリザがモーナと一緒に特訓をしている廃墟まで移動した。
癒蘭と名乗った彼女は崩れた石材に背を付ける。
「おいで、コン助」
さっきの大きなのを呼んだ瞬間、コン助が勢いよく俺へと飛び付いてくる。
『コンコンコンーッ!』
押し倒されて顔を何度も舐められる。
ベトベトにされて気持ち悪いのに、やっぱり不快に感じない。もしかして俺の記憶が無くなる前はこうされるのが日常茶飯事だったからだろうか。
「久しぶりに父親と会えたからコン助も嬉しいのね。ねえ、あなたたちも眷属召喚できるのでしょ? 見せてくれる?」
「えっと。おいで、モーナ」
「ラビー!」
癒蘭に聞かれてモーナとラビーが姿を現す。
モーナはエリザの背後に隠れ、ラビーはアリスの頭の上に。
それぞれの特等席に立つと、癒蘭が目を輝かせる。
「うわあ、かわいい! こんなに小さいってことは、眷属になってまだ間もないわよね?」