「えっと、まだ一週間ほどかな」
「そうよね。一週間……ってことは、夜中とか、鳴いたり暴れたりして大変じゃない?」
「わかるの!?」
エリザが興奮気味に聞き返すと、癒蘭がうんうんと頷く。
「もちろんよ。コン助もそのぐらいの頃は酷かったもの。ベッドの周りを駆けまわったり、棚に飛び乗って倒したり」
「そうそう、そんなの!」
同じ境遇を持った癒蘭の話を聞き、エリザは嬉しそうにしながら話し出す。
すると、アリスは俺の隣に立つ。
「で、結局のところさ、彼女ってクレスの記憶が無くなる前に一緒にいた女性ってことでいいんだよね?」
「……らしいな。記憶がないから実感はないが、このコン助の反応も俺が親で間違いなさそうだ」
なんとか立ち上がれたものの、未だに俺の顔をべろべろ舐めるコン助。
頭を撫でると嬉しそうな鳴き声を出す反応とか、モーナとラビーと一緒だ。
「癒蘭、すまない話を進めていいか?」
まだ育児談義で盛り上がっている二人を止める。
彼女からは聞きたいことが山ほどある。もしかしたら日が暮れるかもしれない。それほどたくさんだ。
「えっと、まずこっちの情報から話させてくれ。眷属召喚のことを知っているということは魔女だとか代行者だとかのことも知っている認識でいいんだよな?」
「もちろん。全てあなたから聞かされたわ」
「そうか。実は──」
まずは俺から癒蘭に話した。
俺が色欲の代行者として目覚めたのは数週間前だということ。
他の代行者に敗れ、記憶と年齢を奪われたこと。だから過去のことは何も知らないと。
癒蘭のことも、コン助のことも、わからないことについても謝った。
すると彼女は話を聞いているときは悲しそうな顔をしたが、ふと立ち上がり俺の隣に立つと、俺の体を優しく抱きしめた。
そして、
「ごめんなさい」
と、謝った。
微かに泣いているのがわかった。
彼女がどうして泣いているのかわからなかった。
ただこの涙の意味を、すぐに癒蘭は話してくれた。
「あなたのこと、ちゃんと守ってあげられなくてごめんなさい」
「癒蘭……?」
「おそらくあなたの記憶と年齢を奪ったのは──”暴食の魔女”の代行者よ」
「知っているのか?」
抱きしめていた手を離した癒蘭はコクリと頷く。
「あなたがわたくしたちの前からいなくなる数日前のことよ。暴食の魔女の代行者──その眷属と名乗る老婆が接触してきたの」
「老婆……?」
「『仲間の一人を人質にした。助け出したかったら※※※※が一人で来いって」
「なに?」
今、癒蘭はなんて言った?
困惑していると、エリザが驚いたように言う。
「※※※※っていうのは、クレスの本当の名?」
「ええ、そうよ。※※※※……名前を聞いても思いだせない?」
「いや、その……」
額から大量の汗を流す。
俺の本当の名前だと言った部分だけ、キーンとした耳鳴りが響いて聞き取れない。聞けば聞くほど気分が悪くなり、耳を塞ぎたくなった。
「大丈夫、※※※※?」
「やめろ、やめてくれ……」
「え?」
「その名前を聞くたび酷い耳鳴りがするんだ。それと俺には、癒蘭が言った名前が聞き取れない」
「聞き取れない……?」
白衣の袖で俺の額の汗を拭ってくれる癒蘭。
「それも、暴食の代行者に敗れたのが原因かしら。……いいえ、ここで考えても仕方ないわね。話を戻すわ。さっき話したように、あなたは暴食の代行者の誘いに乗って一人で向かった……そしてそれ以降、わたくしたちのもとに帰ってこなかった。おそらくそこで暴食の代行者に敗れたんだと思うわ」
「そうなのか」
「それと敗れた相手が暴食の代行者だと思う理由はもう一つあるの」
「もう一つ?」
「暴食の魔女の代行者、それと仲間になった者は”若返らせてもらえる”と聞いたことがあるわ」
「若返らせてもらえる……?」
これはあくまでも、わたくしたちが導き出した仮説であって、暴食の魔女から聞き出したことではないから正確ではないのだけど。
癒蘭はそう前置きする。
「暴食の魔女は、何らかの方法で対象の年齢を若返らせることができるそうなの。八十歳の老婆を十歳満たない幼女に変えたり、五十歳の男性を青年に変えたり。色欲の魔女の力が”眷属召喚”だとして、暴食の魔女の力は”輪廻転生”といったところね」
「じゃあ、俺の年齢は奪われたというよりも……」
「若返らせられた、といった方が正しいかもしれないわね。ちなみに、あなたがいなくなる前に接触してきた老婆は世界中を探し回っても見つからなかったわ。あなたを誘き出すのに成功した報酬で若返らせてもらったとわたくしたちは考えているわ」
「ね、ねえ、だけどさ」
ラビーの毛並みを撫でて黙っていたアリスは疑問があるらしい。
「クレスを若返らせたのはその暴食の魔女の力だってのは、まあ、頑張って理解できたんだけどさ……そもそも、なんでクレスを若返らせたかったの? それにその暴食の魔女の力って、記憶まで一緒に消すことも可能なの?」
確かにその疑問は生まれる。
だが癒蘭はアリスの疑問に答えられなかった。
「それはわたくしにもわからないわ。記憶を消せる……なんて話し、聞いたことなかったから。ただわかることは、彼がいなくなる前に暴食の連中が接触してきたことと、暴食の魔女は若返らせる力を持っていることだけ」
「んー、じゃあやっぱり暴食の代行者を探し出すしかないってことかー」
お手上げといった感じで空を見上げるアリス。
エリザは難しい顔をしながら深く考え込んだ。
「だけど癒蘭の言った通りなら、暴食の魔女に繋がる者は年齢と見た目を変えるんでしょ? それなら探すのは難しいんじゃない?」
「ええ、そうよ。だけど、いくら本人が若返っても変わらない部分はいくつかあるわ。例えば顔の作りや性別なんかね」
「……もしかして、誰か心当たりがあるのか?」
そう問いかけると、癒蘭はコクリと頷いた。
「──ウェルダー・ウォーレスト。彼は暴食の魔女に若返らせてもらった人間よ」