「ウェルダーが……?」
ウェルダー・ウォーレスト。
カトレアの元夫であり人間の探索者のボス的存在だった男。
まさかウェルダーの名前を癒蘭から聞かされるとは思わなかった。
「どうしてそう思ったんだ?」
「まったく異なる年齢の彼を知っているからよ」
癒蘭はそう言って説明を始めた。
「ウォーレストという家名は、北東にあった小国に仕えていた由緒ある騎士の家系の名で、当時、その辺りではそこそこ名の知れた家名だったそうよ」
「当時、ということは」
「ええ。十数年前に起きた戦争に敗れ、ウォーレスト家の仕えていた祖国は敗戦国となった。騎士として仕えていたウォーレスト家は主を守ることもできず、騎士としての名誉を剥奪された」
そして、と癒蘭は少しだけ声のトーンを下げて言葉を続けた。
「それ以降、ウォーレスト家の血を継いだ者や弟子たちは去り、ウォーレストという家名を誰も名乗らなかったそうよ」
「敗戦国の騎士であり、主を守ることができなかった不名誉な騎士の家名だからか?」
「おそらくそうでしょうね。だからウォーレストという家名の人間はこの大陸にはそこまで多くはいないというわけ。もちろん、世界中を見渡せばいるかもしれないけどね」
「それで、どうしてウェルダーが若返った存在だとわかったんだ?」
「最後のウォーレスト家の当主が、当時五十代後半だったウェルダー・ウォーレストただ一人だけだからよ。彼の子孫は既に戦争で亡くなっている。そしてウェルダー本人も行方知れず……だったのだけど」
「ウェルダー・ウォーレストという名の男がここで生きてるという噂を聞いたのか?」
「ええ」
要するにだ。
癒蘭が話してくれた情報が正しければ、そのウォーレストという家名の騎士の家があったが、国が敗れ敗戦の騎士となった。
子孫は亡くなり、弟子もウォーレストという名を名乗らなくなった。
そしてウォーレスト家の最後の当主がウェルダー・ウォーレスト。当時は五十代後半の初老だった。
同じ名前だから、年齢や見た目以外は同一人物と考えたわけか。
「あのさ」
そこで、ずっと黙って聞いていたアリスが癒蘭に問いかける。
「もし仮に若返りに成功したんだとして、なんで名前とか隠さないの? いや、もちろんさ、魔女だとかそういう話って知らない人がほとんどだけど……他の魔女の代行者から狙われるリスクとか、多少でもあるよね?」
「でしょうね。そのことについては彼だって理解していたでしょう。けれど家名を捨てなかった……というより、捨てられなかったんじゃないかしら」
「捨てられなかった?」
「若返って、ウォーレストという家名を復権したかったのかしらね」
「あー、なるほど。だからカトレアと結婚したのか。子供を作って、また騎士の家系にって」
「でも待って」
今度はエリザが疑問を浮かべる。
「騎士の家系と言っていたけど、彼が扱っていた武器は魔銃じゃなかった?」
ウェルダーは自信満々に武器を手にしていた。
それは主を護る剣ではなく、古代遺物として力を持った魔銃だ。
その理由は、なんとなくだが予想できた。
「……エリザ、これは俺の考えだが、ウェルダーは古代遺物の力に魅入られたんだろう」
「古代遺物の力に?」
「あいつの体は鍛え抜かれた感じがあった。これまで数えきれないほど剣を振るって戦闘経験を重ねてきたんだろう。だが奴と会話してみて、古代遺物の虜になっているんだろうなって感じた。おそらくだが、剣で戦うよりも強力な古代遺物を集めて戦う方が今の時代では強いと思ったんだろ」
「……年齢が若返ったとはいえ、騎士としての志は既に枯れていた、ということ?」
「カトレアと結婚したが子作りもせず地下迷宮にこもっていたのも、子孫を残してウォーレスト家を復権させようという考えが失せ、強力な古代遺物を手にしたいという欲からだろう」
「そう考えるのが妥当か」
「ねえ、もしかしてあなたたち……ウェルダーと戦ったの?」
癒蘭に聞かれ、俺たちは地下迷宮で起きた出来事を説明した。
終始呆れ顔だった癒蘭は、説明を終えると首を大きく左右に振った。
「……あなたが色欲の代行者として目覚めるきっかけとなって良かったと喜ぶべきか、情報源が無くなったと悲しむべきか。ただその、息の根を止めたウェルダーから生まれた黒い異形の怪物、それが暴食の魔女の力で若返った者という確証になるかもしれないわね」
「そのことについてだが、機会があったから幻の世界で色欲の魔女──アスリアに聞いてみた。あいつは暴食の魔女の力と断言はしなかったが、何らかの魔女の力の可能性が高いとは言っていたな」
「若返りの副作用……ってことは、クレスももしかして死んだら!?」
「えっ!?」
アリスが目を見開いて驚き、エリザが俺のお腹を前と後ろから挟んで黒い異形の怪物を吐き出させようと押し込む。
うげっ、と声を漏らし、されるがままの俺を見て、癒蘭が口元に手を当てクスクスと笑う。
「まあ、今のところ何の問題もないのならいいでしょ。それにもし副作用だとして、発動条件が死んだ後なら、あなたは絶対に死なせない。だから大丈夫よ」
大人っぽい表情でウインクされ、俺の両隣で心配そうにしていたエリザとアリスが「おお」と感心したような声を漏らした。
♦
「あの二人も来れば良かったのにね」
「気を使ってくれたのだろう」
──その日の夜。
四人で夕食を楽しんだ後、俺と癒蘭は宿屋へと戻って来た。
エリザとアリスは今もカトレアのお店でお酒を呑んでいて、まだまだ帰ってくる感じはなかった。
理由としては俺と癒蘭を二人っきりにさせるためだろう。
俺には彼女との記憶はないが、彼女はおよそ十年ほど前の俺を知っていて──愛し合った関係だ。
十年ぶりの再会。
二人っきりにさせようという彼女たちの考えなのだろう。
「隣、いいかしら?」
「ああ」
ベッドに腰掛けた俺の横にぴったりと座った癒蘭は肩に頭を乗せた。