ドーゴンと別れてから数十分が経った。
その道中、探索者と数人すれ違ったが誰も女のことは知らなかった。
魔物の種類も巨大ムカデばかりで、ドーゴンから聞いたデスマッドという魔物とは遭遇しない。
だが、
「この辺りか」
微かにだが涼しく感じる風。
地面を見ると泥が落ちている。
おそらく、ドーゴンが言っていたのはこの辺りだろう。
そして遠くから剣で鉄を斬るような摩擦音が聞こえてきた。
通路を抜け、空洞地帯へ。広々とした場所に出て音のする方へ走るとすぐに音は消え、目の前に一人の女が倒れていた。
「お前、は……?」
「息はあるな」
先程の音はここからだろう。
愛用していたであろう細剣《レイピア》が地面に転がり、辺り一面には泥でできた水たまりが。
その中心で倒れている彼女は俺を見る。いや、睨みつけていた。
近づくと、彼女はレイピアを手に持ち立ち上がった。
「残念だったな、人間の男……。金目のモノなら、ないぞ……」
「そんなのに興味はない。ただお前を助けに来ただけだ」
「助けに? 私を? ふっ……人間がか」
鼻で笑うと、俺に敵意が無いのがわかったのか、彼女──ダークエルフの女性は地面に倒れるように座った。
全身を守る為ではなく俊敏性に特化した布面積の少ない衣服では隠せない、焼き焦げたような褐色の肌。
まるでわざとその褐色肌を見せつけるような、そんな大胆な格好だ。
そしてあの三人組が言うように、大きく実った双丘に、肉付きのいい尻。もしも彼女が踊り子として現れたなら、多くの男たちが大金を払うであろう。それほどまでに恵まれた体付きと美貌を持っていた。
「俺が助けるのは、そんなに変か?」
「人間に、助けられる覚えはない……」
こちらを睨み付ける彼女。
エメラルドの輝きを持つ瞳に、長いまつ毛。鼻立ちは良く、微かにピンクがかった唇。
銀色に輝く長髪は、肌の色と相対して綺麗に映る。
おそらくこの世では滅多にお目にかかれないほど美しい女性なのだろう──明らかな敵意を向けられず、笑った顔も見てみたいものだ。
「お前を見捨てた三人組と地上で会ってな。随分と探したんだ」
「あの人間の男たちか……」
鼻で笑った彼女の隣に座ると、彼女は警戒するように細剣を構える。
「待て、敵対する意志はない」
「信じられるか。どうせ、あの人間の男たちの仲間なのだろ」
「違う。ただ困っている奴がいるから助けに来ただけだ」
いつ魔物が現れるかわからないこの場で立ち話は遠慮したい。できることなら早いとこ一緒に地上へ戻りたかったが、こうも警戒されては一緒に帰るなんて無理だ。
俺は慎重に言葉を選びながら、彼女と会話をする。
「怪我をしているのか?」
「お前には関係ない」
「助けに来たのは本当だ。それは信じてくれてもいいんじゃないのか?」
「お前ら人間の言うことなど信じられるか」
「だが、さっきまで人間と共に行動していたんだろ?」
「……」
悔しそうに俯く彼女。
ダークエルフ。
元は純白の肌をしていたエルフだった者が、エルフだけに伝わる禁忌を犯したとき、落雷に撃たれ、その肌が焼かれてダークエルフに身を堕とすと言われている。
ダークエルフとなったエルフはその瞬間、エルフだけが住むエルフの里を追放される。
その禁忌とやらが何なのか、それを知る者はエルフの他にいない。
だからなのか、エルフの里を追放されたダークエルフは禁忌を犯したというレッテルを張られ気味悪がられて、エルフからだけでなく他種族の多くからも蔑まれた存在だった。
彼女の敵対心も、これまでの経験からの反応だろう。
「……人間を信じた私がバカだった。それだけのことだ」
「ダークエルフであるお前がこれまで、どんな生き方をしてきたかは知らない。だが俺はお前の敵じゃない」
「そんなの──」
「ただ単純に、お前がいい女だと聞いたからここへ来た。それだけだ」
「いい、女……?」
言葉の意味がわからず、キョトンとする彼女。
だがすぐに理解したのか、彼女の眉間に寄った皺が解け、みるみるうちに頬が赤く染まっていく。
「い、いいい、いい女とは、な、ななな、なんだ!?」
「言葉通りの意味だが?」
彼女の体を目で追うと、何かを察したのか体を隠そうと丸くなる。
「み、見るな!」
「見てくれと言わんばかりの服装をしているが?」
「こ、これは……私がダークエルフであることを──ダークエルフになったことを、後悔したくない、隠したくないからだ!」
その褐色肌を見れば、誰でも一目でダークエルフと気づく。
彼女の露出度の高い大胆な格好は、そういう意志表示でもあったということか。
そう思うと、つい笑ってしまった。
「何がおかしい!?」
「いや、すまない。だがそんな恰好をされると、男としては意識するもんだ」
「そ、それは……」
「無理に信じろとは言わないが、俺にお前への敵意はない」
目の前でしゃがみ、目を見てはっきりと伝える。
すると、考えるように俯いて見せる彼女。
「あの人間の男たちとは、地上で話したと言っていたな?」
「ああ」
「つまりお前は、地上からここまで一人で来たということか?」
「そうなるな」
「わざわざ、私を助けにか……?」
頷くと、彼女は大きくため息をつく。
「なんてバカな人間だ」
「いい女が困っていると言われて助けに来ない男なんて、この世にいないだろ?」
「いい女が困っていると言われて危険な場所に一人で飛びこむ男の方がいない。それにその女は、この世の種族の中で最も嫌われたダークエルフだ」
「俺はダークエルフを、というよりも他種族を嫌ったことは一度もない。それに知り合いにもダークエルフはいたからな。そいつも、お前に負けず劣らずいい女だったぞ」
笑いながら伝えると、また大きなため息をつかれた。
それもさっきよりも馬鹿にするような、だが俺への敵意や警戒心は薄れた気がした。
「お前がバカで、他の人間と違うことはわかった」
「だったら──」
「──だからこそ、私から離れろ」
真面目な表情で、彼女は俺の目を見る。
「私の側にいるとお前も、永遠に連中に狙われることになる」
そう言って、彼女は右足の太股を俺に見せた。
握りこぶしほどの大きさの固まった泥。それも少しだけ紫色に染まっていて、奇妙な感じがした。
「これはなんだ?」
「デスマッド王の呪いだ。これが付いているかぎり私は奴らに狙われ続ける。そしてこの泥が私の全身を覆ったとき──私もデスマッドにされる」