「結局、彼女たち帰ってこなかったわね」
あれから数時間ほどセックスして、気付くと外は若干だが明るくなっていた。
癒蘭はベッドでぐったりと横になりながら俺の腕にしがみつく。
「いや、一度だけ帰ってきてたぞ」
「えっ、そうなの?」
「ああ、扉は開けなかったけどな。それにすぐどっか行っちまった」
「そうなのね、まったく気付かなかったわ」
「盛り上がってたからな」
「ふふっ、そうね」
豊満な胸の谷間に俺の腕を挟みながら、癒蘭はくすくすと笑う。
だが不意に真剣な表情を浮かべる。
「……ねえ、あの二人は七人の魔女と代行者たちの面倒事に巻き込まれること納得しているの?」
その問いに、俺は天井を見つめながら答える。
「納得、納得か……さあ、どうだろうな。内心では不安や恐怖を感じているかもしれない。だが二人は俺と一緒にいたいって言ってくれた」
まだ他の魔女にも代行者にも会っていないから、これからどうなるのかは俺も二人もわからない。
もしかするとこの先、二人は俺と一緒にいたことを後悔するかもしれない。
それは仕方ない。仕方ないけど、そう思わせたくはない。
「俺は二人を守る為に命を賭けるさ」
癒蘭は俺の顔をジッと見つめて、ニコリと微笑む。
「そうですか。まあ、あなたに子供を孕まされて簡単にお別れなんてできないわよね」
「そうだな。それと」
俺は癒蘭の頬に手を触れる。
「お前のことも、これからは俺が守るから安心しろ」
そう伝えると、癒蘭は目を大きく開いて驚き、すぐに目をパチッと閉じて笑顔を浮かべる。
「ふふっ、ええ、安心。だけどわたくし、黙って守られるだけのか弱い女じゃないのよ?」
「それは頼もしいな」
「ええ。それにわたくしだけでなく、十年前に一緒にいた他の子たちにも手紙を送ったから。きっと彼女たちも、あなたの助けになってくれると思うわ」
癒蘭は俺の胸に顔を埋めて目を閉じる。
「こうしてあなたに抱かれて眠るの、久しぶり……」
癒蘭は触れ合わせた肌面積をもっと多くさせようと力強く俺を抱きしめる。俺も応えるように抱きしめると、彼女は小さな声で言う。
「もう、何も言わずにいなくなったりしないでね。おやすみなさい」
そのまま彼女は眠りについた。
何も言わずにいなくなったりしないで、か……。
記憶が無くなってしまったから、当時の俺がどうして一人で暴食の魔女のもとへ行ったのかはわからない。
ただ自分自身のことだから予想はできる。
一人で来いと言われたから──というのもあっただろうが、愛する者たちを危険にさらしたくなかったからでもあったのだろう。
もしもエリザやアリス、それに癒蘭の誰かが人質に取られたとして、同じ場面に同じ展開が起きたなら、俺はまた何も言わずに一人で行くのだろう。
彼女たちを巻き込みたくない、彼女たちを危険な目に遭わせたくない。
「ああ、おやすみ」
俺は心の中で考えていた返事とは違う短い返事をして、同じく目を閉じた。
♦
「あら、あらあらあら……おはようございます、旦那様!」
「……俺はついさっき寝たつもりなんだがな」
暗転して、意識が戻ったのは一面真っ白な幻の世界。
なぜか地面で横になった俺を、紺色のドレスを着た少女──色欲の魔女アスリアは、楽し気に笑みを浮かべながら顔を覗きこんでいた。
クリーム色の長髪が頬を撫でむず痒い。
「はい、現実の旦那様はぐっすりとおやすみしていますよ」
「そうだろうな」
俺は大きくため息をついて体を起こす。
寝る=幻の世界へ、というわけではない。
眠ると同時に幻の世界に呼ばれるのは一週間のうちの半分ほどで、アスリアが俺と話したくなったらここで目覚めさせられる。
おそらくは彼女の意志で俺を呼んだり呼ばなかったりしているのだろう。
やっと寝れたと思ったら叩き起こされたみたいな気分になるが、現実世界での俺の体はちゃんと休んでいるらしいから疲労が溜まることはないらしい。
ただ幻の世界でのことは目を覚ましてもはっきりと覚えているから、寝ていた気がしない。
「ささっ、どうぞお座りください!」
「ん、ああ……って、今日はやけにテンション高いな」
アスリアお得意の器用に動かせる無数の影の手にイスに座らされると、正面に座る彼女は見た目相応の可愛らしい笑顔を浮かべる。
「だって、十年前に契りを交わした女性と再会できたんですよ? 嬉しいに決まってますよ!」
「アスリアは癒蘭のこと覚えていたのか?」
「いいえ。憎たらしいことに、そこの記憶もどっかの魔女と代行者に奪われたみたいなのでありません」
「じゃあ、なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
「なぜって、それは癒蘭様の旦那様の側にいるときの反応や、旦那様を追う視線の動き、それに話しているときのあの幸せそうな明るい声……はぁ、今日一日ずっとドキドキしてました!」
現実での様子も見られているのか。
というより、色欲の魔女なのに意外と乙女っぽい部分もあるんだな。
「……何か、変なこと考えていません?」
「いいや別に」
「そうですか、ならいいですけど」
「で、わざわざその話をしに俺を呼んだのか?」
「はい! と、言いたいところですが、それだけではありません」
アスリアはマグカップに口を付けて一息ついてから、ニコニコ顔で俺に言う。
「行くんですよね、メア・アトレナさんのところ」