「休みか……」
俺がここに来てから初めてだろう、彼女が休むなんて。
まあ、生きていたら急用や急病だってあるだろうからおかしくはないが。
「タイミングとしては、嫌に勘繰ってしまうわね」
癒蘭がボソッと呟く。
狐人族の女性が都市内にある店で暴れた。
何も無いところから大狼であるコン助を召喚した”奇妙な力”を使う彼女は、俺たちと行動している。
という噂は、ある程度は都市内に流れたはずだ。
──魔女と眷属。
もしもメアが何か知っているとしたら、俺たちと接触する前に姿を消してもおかしくはない。
「メアが暮らしている家とかって知っているか?」
「家? あの娘の? そんなのさすがに知らんぞ」
ドーゴンは苦笑いを浮かべながら言うと「じゃあ儂らはもう行くからな」と、仲間たちと地下迷宮へと向かった。
「まあ、知っていたら逆に怖いか」
「……あの、メアちゃんを探してるんですか?」
すると後ろから声をかけられた。
振り返るとメアの代役で来たという受付の女性がこちらを見て首を傾げる。
「ああ」
「メアちゃんなら一週間ほどおやすみするって言ってましたよ?」
「一週間? そんなに長い間なのか?」
「あれ、聞いてませんでした?」
「いやなにも」
「へえ、そうなんですね。あっ、もしかしたら」
そう言って彼女は俺に手紙を渡した。
「はい、どうぞ」
「これは?」
「メアちゃんが、クレスさんが来たら渡してって言ってました。もしかしたらおやすみの理由もそれに書いてあるかもしれないですね!」
彼女はメアから預かった手紙を俺に渡すと颯爽と業務に戻っていった。
その表情はまるで、女性が男性の恋人に宛てたラブレターを預かり、それを当人に渡したときみたいな、そんな晴れやかな笑顔だった。
俺は中身を確認する。
「……」
「クレス、なんて書いてあったんだ?」
「……中層のセーフエリアでお待ちします、だそうだ」
「えっ、それだけ!?」
アリスが俺から手紙を受け取ると「うわ、ほんとにそれだけじゃん。これなら伝言でも良かったじゃん」と言ったが、伝言で残せなかった理由を俺たち三人は理解している。
「わたくしはそこまで地下迷宮について詳しくないのだけど、ただの受付の女性が中層のセーフエリアまで行くことは常識的に考えて可能なの?」
「いや、難しい」
癒蘭の言葉にエリザが答える。
「上層でも苦戦する探索者は多いのに、中層……それも中層のセーフエリアということは下層に近い場所だ。そこまで深く潜るとなるとその難易度は大きく跳ね上がる。実力者でかつ大勢で行ったとなれば可能かもしれないが」
「そんな大勢で行ったら受付で誰かしらに見られてもおかしくはないな」
「ああ、クレスの言う通りだ。だが誰一人として一週間の休暇を取っただけと思っているということは、誰にも見られず、一人で行った可能性があるだろう」
一介の受付の女性が地下迷宮に一人で。
「どちらにしろ、常識的に考えて普通というわけではない、ということね」
「ああ。そして彼女は俺たちをそこで待っている。行くしかないだろう」
各々が頷く。
何が待っているのかわからないが、手掛かりがこの地下深くで待っているというのなら。
「それじゃあ私は受付を済ませてくる。受付に報告する期間はどうする?」
「そうだな」
もしも受付で伝えた期日を過ぎれば、自動的に捜索隊を派遣されることになる。
前にドーゴンから、中層へ行くにはおよそ一週間はかかると言われた。それは往復ではなく片道でだ。
であれば、
「三週間だ」
移住も考えていたが、今は中層のセーフエリアへ行くことだけ考えるべきだ。
エリザにそう伝えると、彼女はコクリと頷いて受付へ向かった。
「でもさ、なんでメアは一週間しか休みとらなかったんだろ」
アリスが独り言のようにぼやく。
「さあな。一週間で往復することができる裏技でもあるのか、それとも、地上に戻ることは考えていないのか」
中層のセーフエリアにはウェルダーが所有していた古代遺物がある。もしかしたらそんな奇跡的な力を持ったモノもあるかもしれない。
まあ、ここで考えても仕方ない。会えばわかる、全てな。
「アリス、前に中層まで行ったときは食料や飲み水はどれぐらい持っていったんだ?」
「食料や飲み水自体は一週間とちょっとあれば大丈夫だったかな。中層まで行けたら飲み水は確保できる場所あったから。セーフエリアまで行ければ食料の確保もできるはず」
「じゃあ必要な分の食料や飲み水なんかを買い込んでおこう」
それから俺たちは急いでお店を歩きまわった。
とはいえそこまで資金があったわけではないので、実際に買えたのは一週間分ぴったりといったところ。
モーナとラビー、それにコン助の分もと考えると一週間分には足りない。
後は現地調達するしかないだろう。
荷物なんかは
食料や飲み水がパンパンに入った大きくて丸い頑丈なバッグを背負った彼女に「重くないのか?」と聞くと「全然!」と返ってきた。
どういう脚の作りをしているのかわからないが、ぴょんぴょんとその場で跳ねたり駆けまわったりしているから、兎人族ならではの特性だろう。
「でも、地下迷宮に行ったらコン助を召喚するから、荷物なんかはコン助が持ってくれるわよ?」
確かにアリスの体ほどの大きさのバッグなら、余裕でコン助が持てるだろう。だがアリスはぶんぶん首を横に振る。
「ダメ! ボクの仕事を取らないで!」
「でも」
「ダメなものはダメ! 運送屋の誇りを奪わないで!」
「そ、そうね……ごめんなさい」
「癒蘭、気にしなくていい。誇りとか言って、どうせ仕事を取られると自分の役割がなくなって気まずいだけなのだろう」
「あ……」
「うるさい、エリザ!」
まあ、俺もそんな気はした。
少しだけ緊張が解れたところで、俺は三人を見る。
「準備はいいか、三人とも」
三人は頷き、俺たちは中層のセーフエリア──メアに会いに、地下迷宮へと続く扉を開けた。