「失敗した、ウルフ相手ならモーナに戦闘訓練をさせるべきだった……」
エリザはモーナを、アリスはラビーを、まだ手の平ほどと小さい体の眷属を召喚できる。
エリザはモーナに戦い方を教え、雷の魔法を使えるようになった。体同様の小さい雷だったが、それでも魔法は魔法、強力だ。
おそらくは親の持つ力を継承した、ということなのだろう。
「うわっ、出た。スパルタママ!」
アリスはラビーに戦いを教えようとは考えていない。
眷属召喚を行った日から一週間ほど経ったが、ラビーが何かしたところをまだ見ていない。
していたことといえば、アリスと一緒に昼寝したり、アリスと仰向けになりながら何か食べたり、アリスと日向ぼっこしたり。
一緒にいるのがお互いに幸せそうで、何をするのもよく一緒にいる。
なので二人の考え方は違う。
こうして意見が分かれるのも初めてではない。
「スパルタママって、別に私はそんなんじゃないぞ。そもそも中層でいきなり戦うよりも、こういう上層で楽な魔物と戦って実戦経験を積ませておくべきだろう」
「そうだけど、本当にモーナにも戦わせるつもり? あんな小さな体、怪我したらどうすんのさ?」
「それは……」
エルフの里から追い出されてたった一人で生きてきたから、もしも自分と離れ離れになっても生きていけるように戦う経験を積ませたいエリザ。
母親として子が平和で幸せに生きてほしい、戦いなんてしなくていいと考えるアリス。
どちらも間違っていない。
なにせどちらも子に幸せになってほしいと願っているからの考え方の相違なのだから。
「そうね」
二人の先輩である癒蘭は、視線を二人に向けずに伝えた。
「二人がそれぞれ子供たちにどういう想いを持っているのかはわかっているわ。エリザのように戦いを教えるのも、アリスのように心配するのも、どちらも間違っていないと思う」
ただ、と言葉を付け足す。
「もしも子供と平和で幸せに生きたいなら、今すぐに彼とは離れるべきね」
「え……?」
驚いて反応したのはアリスだった。
エリザは癒蘭の伝えた言葉の意味がすぐにわかったのか、何も言わず黙っていた。
「メアって女性が誰なのかは知らないけど、これから向かう先には十中八九、暴食の魔女か代行者、もしくはその仲間たちが待っているはず。色欲の魔女の力が眷属召喚なのに対して、暴食の魔女の力がただ若返らせるだけとは思えない。であればきっと、戦闘になったら魔物以上に苦戦する。……怪我どころじゃすまないかもしれない。親も、子も……大切な人も」
「……」
その言葉に、アリスは俯いたまま小さな声を漏らす。
感情を表す耳が、悲しそうに垂れている。
「ボクは、その、クレスたちと……」
「安心しろ」
「……え?」
俺は足を止め、アリスに伝える。
「俺が守る。お前たちも、俺たちの子も」
「クレス……」
再び歩き出す。
こんな言葉、ただの気休めにしかならない。
癒蘭の言った通り、これから魔女と代行者たちの争いに巻き込まれる。そいつらがどんな相手なのか、どれだけ脅威なのかはわからない。
ただ十年前、俺は一度敗北している。
どういう状況だったのかわからないが、これから俺が歩く道は険しい道になるだろう。
当然、俺と一緒にいる彼女たちも……。
平和で幸せに生きたいなら俺とは離れるべきかもしれない。だが、それを望んでいるなら別だが望んでいないのなら、彼女たちに俺から離れる選択をさせたくない。
だから気休めだろうと何度だって俺は言う──俺がお前たちを守る、俺の側にずっといろと。
「だから何も心配するな。アリスは幸せそうに笑って、ラビーと一緒に横になってぐでーっとしていろ」
「ぐでーって、ボクたちいつもそうしているわけじゃないんだけど!?」
「そうか? 私が部屋に戻ったら、いつもベッドを占領してラビーと一緒に寝ている気がするが」
「もう、エリザまで!」
二人が後ろで言い合いをしている。
ただその表情にはさっきまでの暗さはなく、笑顔が戻っているような気がした。
「癒蘭は、眷属の力は使った方がいいと思うか?」
隣を歩く癒蘭に聞くと、少し迷いながら、
「どうかしらね」
と、小さく答えた。
「感情の部分ではわたくしも大切な子を戦わせたくないって思っているわ。それはたぶん、エリザも同じ。だけどわたくしは、それと同じくらい、あなたの力になりたいと思っているの。だからコン助と相談して、一緒に戦うことを決めたの」
「相談?」
「ええ。いつからかわからないけど、言葉が通じなくても自然と意思が通じるようになったの。それでコン助に『あなたはどうしたい?』って聞いたら『ぼくもいっしょにたたかう!』って言ってくれたのよ」
お腹を撫でた彼女は、母親のような優しい笑顔を浮かべた。
「子供と眷属は同じ。だから感覚がおかしくなっちゃうのよ。誰だって子を危険な目に遭わせたくないもの。だけど……だけどね。大切な人を、大切な仲間を守れなかったとき、一番後悔するのは──覚悟を決められなかった自分なのよ」
癒蘭は後ろを振り返る。
その視線の先には、笑顔で話す二人の姿があった。
「だから、もし考えが変わったときの為に先輩として色々アドバイスしてこようかしらね」
そう言って癒蘭は二人に話しかけに行った。