上層へと降りて三時間ほど経過しただろう。
アリス曰く中層へと降りる階段まであと半分──ここからまだ三時間ほど歩くらしい。
地下迷宮に降りてきた当初はすれ違う探索者も多くいたが、奥へ進めば進むほど会わなくなり、気付けば魔物としか顔を合わさなくなった。
「またか」
目に見える疲労感はないが、何度も戦闘をこなせば少なからず目に見えない部分での疲れはあるだろう。
またか、という自分の声も自分でわかるほど声量がない。
「ここは任せていいわよ」
すると、癒蘭が一歩前に出る。
前方からゆっくりと迫ってくる数体のウルフ。
先程の皮装備よりも質の良い銀装備をしている。
おそらくは探索者を殺して手に入れた装備品を身に付けているのだろう。
「任せるって、コン助を使う気か?」
「ええ──おいで、コン助」
『コンッ!』
癒蘭の腹部が微かに光ると、真横に彼女よりも数倍は大きい大狼が姿を現す。
その姿を見た瞬間、コン助の腕の長さよりも背の短いウルフたちが足を止めた。
「いっておいで、コン助」
『コンコンッ!』
右へ、左へ。
飛ぶように駆け出すと一瞬にしてウルフたちとの距離を縮め、腕を振り下ろす。
『グブウッ!?』
一瞬にして一体がやられると他のウルフたちは背を向け逃亡を始めた。
だがコン助は駆け出し先回りすると、一体、また一体とあっという間にウルフの群れを壊滅させた。
「これは……凄いな」
握りしめた細剣を鞘に納めたエリザが言葉を漏らす。
「ごくろうさま、コン助。おいで!」
両手を伸ばした癒蘭へと、一仕事を終えたコン助が駆け出す。
はっはっと息を荒くさせ、コン助は癒蘭へ──ではなく、俺に飛び付く。
『コーンッ! コンコーンッ!』
べろべろ、べちゃべちゃ、むしゃむしゃ。
巨大な壁にぶつかられて押し倒されると、舐められ舐められ何度も舐められ、たまに甘噛みされる。
顔面が一瞬にしてべちゃべちゃに唾液で濡れていく。
『コンコンッ!』
褒めてと言わんばかりに大狼が見つめてくる。
俺は頭を撫で、びちゃびちゃの顔で笑顔を浮かべる。
「ごくろうさま、コン助」
『コンッ!』
「……はあ。ママじゃなくってパパに褒められたいみたいね。まったく」
腕を組んでため息をつく癒蘭だが、その表情はどこか嬉しそうだった。
「こうしてコン助……眷属を召喚して彼らに戦ってもらえば強力な戦力になる。だけどできるかぎり控えるようにした方がいいわ」
コン助に舐められている俺を無視して癒蘭がエリザとアリスにアドバイスをする。
癒蘭がコン助ではなく眷属と呼び直したのは、きっとエリザとアリスに子供と眷属を別に考えてもらおうと思ったからだろう。
「二人も何度か眷属召喚したからわかると思うけど、召喚すること自体に体力は使わない。だけど戦闘に参加させるってなると体力が二倍消耗することになるの」
「二倍?」
「そう、自分と眷属とで二倍。眷属はただ立っているだけだと体力は消耗しない。だけど歩いたり走ったり飛び跳ねたり、体を動かして消費した体力は主が代わりに消費することになるのよ」
「あー、確かに! ラビーが部屋の中をぐるぐると何十分も駆け回ってたら、ベッドで寝てただけなのに体がどんどん重く感じたんだよね……あれってそういうことだったんだ」
「例えるなら眷属は”もう一人の自分”のような存在なのよ」
ふむふむと唸って納得する二人。
「コン助は魔法の類は使えないからわからないけど、モーナはエリザの眷属だから魔法を使えるのでしょ? だったら体力だけでなく魔力の消耗もエリザが肩代わりしているはずよ」
「うむ、やはりそうだったのか。モーナが魔法を使うたびに私自身が魔力を消費している感覚があった。その時は微々たる程度にしか感じなかったから気のせいだと思ったのだが。もしかして、モーナの使用する魔法がまだ小さいからということなのか?」
「ええ、そうよ。モーナも成長していけば使用する魔法の威力も上がっていく。そうなったら主にくる負担も増えていくわ。それと、体力と魔力の負担量はその時の状況……例えば魔物に囲まれたときに眷属が感じた恐怖や不安なんかも影響するわ。ピンチになればなるほどきつくなる。覚えておいて」
こくこくと頷く二人。
エリザとアリス、それと記憶の無い俺にとっても眷属召喚について詳しく知っている癒蘭の存在はかなり大きい。
知らないことばかりだから、こうして魔物がいない間に教えてもらえるのは有難い。
「今回は手本としてコン助にお願いしたけど、眷属召喚は”出し惜しみできない状況”で使う方がいいわ」
「なるほど。でも、戦い方とかを覚えさせるのは上層の方がいいんだよね?」
アリスの問いに、癒蘭が頷く。
するとアリスは少し考えてから、ラビーを召喚した。
「おいで、ラビー」
『きゅるるん?』
アリスの足下に召喚された白ウサギは眠たそうにしながら足で頭を掻く。
どうして呼ばれたのかわからない感じだ。そんな子に、アリスはしゃがんで話しかける。
「働かざる者食うべからず!」
『きゅる!?』
「おいで」
アリスとラビーがウルフの亡骸へと向かった。
そこにはまだアリスが回収していない戦利品が落ちていた。
「これを手で拾って、このバックに入れる。こう! はいやってみて」
『きゅる……るんっ!』
見よう見まねでラビーは戦利品を小さな手で拾うと、アリスの背負うバックに放り投げた。
「そうそう、偉いぞラビー!」
『きゅるん!』
「よし、じゃんじゃん拾っていくよー」
アリスとラビーは楽しそうに戦利品を拾っていく。
おそらく戦闘には適していないアリスなりに考えた、