「これはデスマッドの中に一体しかいないデスマッドの王の呪いといわれている。デスマッド王と呼ばれる存在が放つこの泥が付着した者は永遠に狙われ、時間が経てばその姿をデスマッドに変えられるそうだ」
マーキングと同じか。
だが、彼女の右足に付着した泥から匂いはしない。
何か匂いの類で嗅ぎ分けて襲ってくるのかと思ったが違うらしい。
「なるほど。だからあの連中は無事に地上に帰ってこられたということか」
「デスマッドの興味は私にしか向かないからな」
「その右足、動かせるのか?」
そう聞くと、彼女は首を左右に振った。
「いや、もう私の意志では動かせない。まるで凍ってしまったようにピクリとも」
「時間が経てばこの泥に浸食され、体の自由が奪われるだったか?」
「この泥、最初は小指ほどの大きさだったのだが、一時間でこの大きさだ……おそらくタイムリミットは半日も無いだろうな」
全てを諦めたような渇いた笑い。
そんなときだった。
「どうやら、また来たようだ」
彼女は左足一本で立ち上がり細剣を構える。
そして視界の先には、全身を波打たせた奇妙な魔物が現れた。
「これがデスマッドか」
黄土色の泥状の魔物。
大きさは人間の子供ほどで、姿は地上で目にしたはにわという作り物に似ている。
「こいつらの狙いは私だ。お前は早く逃げ──ッ!?」
片足立ちで長く保つのは相当な体力がいる。
彼女の全身がふらつく。俺は彼女の体を抱きしめる。
「なッ!」
「もう立っているのも難しいんだろ? だったら座っていろ」
わーわー騒ぐ彼女を座らせる。
口調は強気だが、意外と純真なのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は大太刀を手に駆け出す。
魔物の多くは近い存在を敵対視する。
普通の魔物なら標的を彼女から近付いて来る俺に変えるのだが、デスマッドは俺に見向きもせず、その泥状の体をのそりのそりとさせ彼女に近づいていく。
「呪いか」
俺に敵対心を持たない奴を倒すなんて造作もない。
全身をねじり、大太刀を勢いよく横に振り払う。
グシャ! という音と共に勢いよく泥が飛び散る。
だが飛び散った泥はすぐに元に戻ろうとしていた。
「デスマッドを倒すには核を破壊しないとダメだ!」
背中から彼女の声がして、俺が攻撃したデスマッドを見る。
すると、人間でいうところの心臓部分に白く丸い核を見つけた。
これか。大太刀で核を斬りつけると、パリンと音を鳴らして壊れた。
その瞬間、元に戻ろうとしていた泥は力無く地面に落ち、ベトッと地面に広がる。
これが道中、地面に落ちていた泥の塊の正体か。
デスマッドは動きも遅く、敵対心も感じない。
これだったら苦戦するわけがない。
そう思ったときだった。
「来たか……」
今度は一か所からだけじゃなく全方位から、デスマッドが地面を這って近づいてきていた。
「まるでここへ吸い寄せられるような感じだな」
「ここ、というよりも、私にだな。デスマッドの泥は付着した者の筋肉を圧迫して動きを止める……。このままだとお前も、奴らに全方位から囲まれることになるぞ」
彼女の言う通り、このままここで応戦していれば囲まれて終わる。
ここで応戦して俺がやられる可能性はないが、もしも本当に呪いとやらで半日経たずに彼女の全身が泥に包まれ、デスマッドの仲間入りしてしまうというのなら、ここで時間を奪われるわけにはいかない。
「これを持て」
「えっ? って、重ッ!」
俺は大太刀を彼女に預け、彼女の体を抱える。
「ちょ、ちょっと!?」
「歩けないんだろ? だったらこのまま地上まで走るぞ」
言うよりも先に駆け出していた。
前方からもデスマッドが迫っている。だが俺は構わず走り続ける。
「地上に戻ればこの呪いを解ける者がいるかもしれない」
「だからって」
前方から現れるデスマッド。
彼女を抱えているから、今度ははっきりとした敵対心がこちらに向いているのがわかる。
泥状の両手を伸ばし、勢いよく泥が飛んでくる。
「走り抜けるぞ!」
泥を避け、土壁を蹴りデスマッドを飛び越える。
デスマッドの動きは遅い。飛び越えた俺を、ゆっくりと見上げるデスマッドの姿には笑えてくる。
「もしも地上に戻れたとしても、ダークエルフの私を助けようなんて……」
他種族への差別は何処の地でも起きている。
この街を歩いていて多種多様な種族が生活していたから、ここではないのかと思ったが、やはり他と一緒であるようだ。
彼女の言ったようにダークエルフだからと手を差し伸べるような奴はいないかもしれない。もしかしたら呪いのことを話せば、地下迷宮に捨ててこいと言われるかもしれない。
「かもな。だが、俺が必ず助けてやる」
「……」
「言っただろ、いい女は放っておかないって」
抱えた彼女は俯いたまま。
「……すまない」
「気にするな」
「もし無事に帰れたら、お礼はする……。私にできることなら、なんでも言ってくれ」
義理堅い性格なのか、それとも、他種族の俺には借りを作りたくないのか、それはわからない。
「なんでも、か……」
これまで男に誘われたことはないのだろうか?
そう思ってしまうほど、見過ごせない言葉が飛び出した。