生まれた頃からボクはそこにいた。
父親はいない。
母親はボクを産んですぐに死んだ。
毎日の食べるご飯もなく、お金もない。
飢えをしのごうと明るくて騒がしい世界に階段を上って行こうとしても「お前は駄目だ」とか「貧民街から出るな」とか言われて追い返される。
それなりに生きて、知識を学んで初めて知った。
ああ、ボクの住んでる所は貧民街で、貧民街の子は階段の上った先にある城下町に行ったら駄目なんだって。
だけどさ。
やっぱ行きたいじゃん。
あの明るくて騒がしい場所に。
だからボクは抜け出した。貧民街を。
そしていろんな場所を旅した。
幸いなことにボクは兎人族というらしくて、脚力は人間よりも強いらしい。
どんなに歩いても疲れず、どんなに重い物でも持てる。
迷宮都市ウォレスイトに着くと、同じ兎人族から運送屋という仕事を教わった。
何人かで地下迷宮に行って、魔物を倒して落とした戦利品を持ち帰ってくるだけの簡単な仕事。
楽だった。
たったこれだけの仕事を一日しただけで、貧民街で一ヵ月は暮らせるだけのお金を貰った。
楽ちんだった。
──だけど幸せにはなれなかった。一人ぼっちなのは変わらなかった。
探索者になっても兎人族だと、人間じゃないと見下された。
小さい頃の城下町から貧民街の住人を見下した兵士と同じ目をしていた。
それに気付くと、自然と会話も無くなった。
ただ戦利品を拾って、仕事が終わったら報酬だけ貰って宿に帰る。
毎日毎日、それの繰り返し。
そんな日々が嫌で、ボクは探索者の人間たちがよく遊ぶって言っていたカジノに来た。
耳が痛くなるほど騒がしい音に目が痛くなるぐらいの眩い装飾品に光。
最初は苦痛だったけど、段々と騒がしい音も眩しい光にも慣れた。
そしてここは、ボクが子供の頃から憧れていた城下町の賑わいに似ていた。
憧れていたのかもしれない。
ここで暮らし、ここの住人になることを。
だからボクはカジノに通い始めた。
一人ぼっちでも、ディーラーはにこにこと笑顔で声をかけてくれる。
一人じゃないって。騒がしい音と眩しい光の世界に貧民街出身のボクもいれるんだって。
いつか大金持ちになって、いつか誰もが羨む生活を送って──。
「──ボクに過去の映像を見せてなにさ、お前の望んでいたのはこっちの世界だって言いたいの?」
色の無い白黒の世界。
家も地面も、空も雲も何もかも色の無い世界。
これはまぎれもなく幻の世界──ボクの過去の映像だ。
貧民街で生まれ、城下町に憧れ、カジノの騒音と眩さに偽りの安心感を求めたボクの過去。
「ボクはもう一人じゃない! クレスとエリザと癒蘭、それにラビーがいるからね!」
ボクの気持ちに呼応するように、ラビーは召喚され、頭の上の特等席に座る。
耳と耳の間から顔を出して、いつもと変わらない「きゅるるん」って可愛く鳴く。
人間の男を好きになるとか。
その人との子供を授かるとか。
他の誰かと、みんなで一緒に暮らすとか。
そんなこと予想もしてなかった。
だけどこれが今のボクの日常。失いたくないこれからの人生。
十年前に何があったとか、メアだったのがメアじゃなくてアトレアだったとか、彼女もクレスと愛し合っていたのに裏切っていたとか。
ボクとエリザは何も知らない蚊帳の外だけど、それでも、今すべきこと──今したいことはわかる。
「ボクたちをここから出せ! ボクはクレスの側にいるんだからッ!」
ボクがずっと憧れていたのは、大切なみんなと一緒に笑って過ごせる夢に見ていた世界だから。
『ぐぎぎぎぎぃ、ぐがががが……!』
白黒の世界から、変なのがいきなり現れた。
「クレスが戦った奴」
ウェルダーが死んで、あいつの体から出てきた黒くて気持ち悪い異形の怪物。
一体だけじゃない。建物の陰から一体、また一体って何体も出てくる。
これも幻?と思ったけど、幻だろうが無かろうが、ここから出るにはこいつらをどうにかしないといけないと思う。
「嫌なこと思いだすんだよ、君ら見るとさ……」
異形の怪物を見ると、クレスを置いて逃げたときのことを思いだす。
あの時は自分が戦えないから、あの場に残ってもクレスの邪魔になるから、クレスの「逃げろ」という言葉を都合良く解釈してエリザを連れて逃げようとした。
そんなボクにクレスは「すまないな、嫌な役割させて」と言った。
逃げる選択をしたボクへの皮肉じゃなく、心の底からエリザを救ってくれてありがとうって。
死に直面した瞬間で、そんなこと言える人は他にいない。
ボクがクレスを好きになったのは、たぶんそのときだ。
『もしも子供と平和で幸せに生きたいなら、今すぐに彼とは離れるべきね』
『──戦闘になったら魔物以上に苦戦する。……怪我どころじゃすまないかもしれない。親も、子も……大切な人も』
癒蘭はそう言った。
魔物と戦かったことなんてないから、めちゃくちゃ怖い。
全身が震えてる。だけど、もう逃げたくない。
「ラビー、ぶっつけ本番だけど……手を貸してくれる?」
目線を上げて頭に乗る
その顔が少し逞しくて、笑えた。
「パパに似て男らしいね、ラビー」
オスなのかメスなのかわからないけど。
ボクは持っていたバックを置き、これまでコツコツ貯めてきた古代遺物を取り出す。
「いくよ、ラビー!」
『きゅーん!』