『……本当に一人で行くつもりなの?』
『ああ。一人で来いって言われてるからな』
目的地だった王都までもう少し。
ただ夜遅いから、わたくしたちは魔物の比較的に少ない場所で野営することにした。
夕食を済ませた後。
焚火を囲いながら、彼は迷いなくそう言った。
『駄目、行かせない……これは罠だよ、お兄ちゃん』
仲間の少女が自分の眷属を抱きしめ言う。
『ええ、そうですわ! これは連中の罠に決まってます。どうしても行くというのなら、わたしたち全員でです!』
仲間のエルフがはっきりとした口調で言う。
『そうにゃ。アトレアはにゃあたちの仲間にゃ。行くなら主様だけじゃにゃく、にゃあたち全員でにゃあ!』
仲間の猫人族がふんすふんすと鼻息を荒くしながら言う。
そんな仲間たちの意見を聞き、わたくしは小さな声でみんなに伝える。
『……もう止めましょう。彼が一度決めたことを曲げない男だって……みんなも知っているでしょ?』
『癒蘭……いくらお兄ちゃんでも、一人でなんて無茶。行かせちゃ、駄目……』
『そうですわ! わたしたちは彼の妻! そして人質にされたアトレアさんはわたしたちの仲間! 行くならみんなで行くべきですわ!』
『だけど連中は彼一人で来いと言ったのよ。もし約束を破ったことが連中に知られれば、彼女を殺されるかもしれない』
『でも、でもにゃあ~。魔物相手ならまだしも、同じ魔女の眷属がいるとこに主様一人で行かせるのは危険にゃ』
『それでも──』
『俺は大丈夫だ』
彼はそう言うと立ち上がった。
愛用の大太刀を抱え、わたくしたちに笑顔を向ける。
『俺は何があっても帰ってくる。もちろん、アトレアを助けてだ。だから少し待っていてくれ』
『ですが!』
『大丈夫。暴食の魔女の代行者は少しだか面識がある。あの女と何度も戦ったが、話し合いができないような奴じゃなかった』
彼の一切の動揺の無いはっきりとした言葉に、わたくしたちは顔を見合わせて──笑った。
『はあ……こうなったお兄ちゃん、頑固。何を言っても無駄』
『ええ、そうですわね。わたしたち妻は、夫の帰りを待つのみ……ですわ』
『じゃあじゃあ、にゃあたちは主様とアトレアが帰ってきたときの為にご飯を作って待ってるにゃあ! 寝ずにお鍋をコトコトさせて待ってるにゃん!』
『そう言って、いつも最初に寝るのあなたでしょ……はあ。それじゃあ、わたくしたちはあなたの帰りを待っているわね』
わたくしたちがそう言うと、彼は頷き『帰ったら久しぶりに、全員まとめて抱いてやるからな!』とふざけて笑った。
各々が顔を赤面させながら、それでも、笑顔で見送った。
──これが、彼の聞く最後の言葉になるとも知らずに。
「……過去の記憶を見せて、わたくしに自責の念に押し潰されろとでも?」
過去の記憶、過去の映像。
十数年前、わたくしたちが彼と最後に話した場所で、一文字も違えずした会話を聞かされた。
これは幻。
わたくしの中にある過去の記憶。
「残念ね。わたくしたちの中に彼を送り出したことを後悔した者なんて誰一人としていない。もしやり直せたとしても、どうせあの人を止められないのだから。罠だとわかっていても大切な女を見捨てたりしない彼に、罠だから女を見捨てろなんて言えるわけないでしょ」
クスッと笑って、コン助を召喚する。
いつもより悲しそうな顔で、悲しそうな声で鳴いている。
コン助にとっては、嫌な過去よね。
そして、幻は消えて黒い化け物が周囲から現れる。
これが彼らが言っていた異形の怪物という化け物か。
ということはこれをしたのも暴食の魔女の仲間。
「アトレア、バカね……」
エリザやアリスなら後悔や動揺もしたかもしれない。だけどこんなことでわたくしを止められるわけない。
そんなこと、アトレアだってわかっていたはずよ。
短い付き合いじゃない。一緒に旅をして、一緒に苦難を乗り越えてきた仲間なんだから。
「どうせ、彼と二人で話したかったとか、そんなところでしょ」
大きくため息をつく。
扇子を取り出し、コン助の背中を撫でる。
「彼と結ばれ、一夫多妻に慣れて、いつからか嫉妬なんて感情なくなっちゃったけど……少しだけ、あの子に独占されるのは気に食わないわね」
クスッと笑い、コン助に命令を出す。
「さあ、彼を取り返しにいきましょうか、コン助」
「コンコン! ──グルルルゥ、グルウアッ!」
♦
「ごめんなさい、あなたのことを裏切りました」
メアはそう言って頭を下げた。
記憶の無い俺には、彼女の言葉の意味がはっきりとはわからなかった。
もしも過去の俺が彼女の言葉を聞いたら、憤っていたのだろうか?
いや、それはないな。
「気にするな。俺には当時の記憶は無いが、過去に愛し合ったんだろ? だったら何があってもメアを怒ることはない。当時の俺も、きっとそう言うはずだ」
「……」
「だが、記憶は戻してくれないか? 癒蘭と約束したんだ。過去を思い出したらちゃんと名前で呼んでもらうって。それに──」
「──それはできません」
メアは迷うことなく、はっきりと断った。
「どうしてだ?」
「あなたの記憶だけは、戻せません。絶対に……」