メアがはっきりとした口調で言い切った。
けれどその瞳は俺を見ない、まるで申し訳なさから俺と目を合わせるのを避けているようだった。
「そうか。じゃあ俺は、メアとの思い出も取り戻せないんだな」
「……」
「過去にここで何があったのか。それも話せないのか?」
彼女とどうやって出会い、どう親密になっていき、どんな物語を築いてきたのか。
そしてなぜ、そんな彼女が俺たちを裏切ったのか。それに俺を若返らせ、記憶を奪ったのはどうしてなのか。
ただ知りたい。
今さら怒る気持ちなんてない、ただ知りたいだけだ。
だが、
「……」
メアは俯いたまま話してくれなかった。
何を思って黙っているのか、それはわからない。
ただ聞かないといけない。そんな気がして口を開いた。
そんなときだった。
「クレス!」
この幻の世界が、まるで壁紙が歪むように渦を巻き、その奥からエリザが駆け寄ってくる。
彼女だけじゃない。
アリスも癒蘭も一緒だった。
「三人とも無事だったか」
「あれぐらいのこと、なんてことない」
「えー、ボクはすっごく疲れたよ」
「でも無事だった。眷属と一緒に戦ったのよね?」
癒蘭がアリスに微笑むと、アリスが何度も頷く。
どうやら各々で何かあったらしいが、無事に乗り越えてくれたらしい。
「……それで、わたくしたちを彼から引き離してまでしたかった話しは終わったの、アトレア?」
癒蘭がそう問いかけると、メアは首を左右に振った。
「いいえ、まだ何も。予想よりも出てくるのが早かったので」
「そう。まだ時間が欲しい?」
「結構です。わたしの目的はもう……叶えられそうもないですから」
アトレアは悲し気に橋の中心を見る。
「メア、ここで何があったんだ? 記憶を戻すのはいいとして、何があったかも教えられないのか?」
「ええ、そうね。あなたがなんの理由もなくわたくしたちを裏切るとは思えない。何か理由があったのでしょ?」
癒蘭からは、さっきまでの怒りは消え、言い方もどこか優しさが出ていた。
引き離された先で何かあったのか、それとも冷静になったのか、それはわからない。
ただ二人を見ていると、本当に仲間だったのだと思えた。
「……申し訳ありません、お母様」
メアは小さな声で謝ると、この灰色の世界の端へ寄る。
そして──誰も知らない物語が始まった。
「あれは、クレスか……?」
さっきまで止まっていた灰色の世界が不意に命を宿す。
地面を力強く叩く雨が降り注ぐ音が聞こえ、空に広がる雨雲は動き、橋の下に見える川が動く。
そして左から男が歩いてきた。
大太刀を背負った男は、服装や髪型が少し違うが俺そのままだった。
「彼は十年前のあなたです」
メアは補足した。
ということはこれから見せられるのは、十数年前の過去の映像ということだろう。
アリスが端で「今のクレスと変わんない!」と騒いでも、過去の灰色に染まった俺は見向きもしない。
あくまで過去。干渉できないということか。
『……アトレア』
過去の俺が言葉を発する。
それは橋の反対側から来た過去のメアに呼びかけた言葉だったが、すぐ近くで俺たちと共に見つめるメアは懐かしむように瞳を潤ませていた。
『ごめんなさい、あなたのことを裏切っていました』
過去のメアは大きく頭を下げる。
『そうか』
過去の俺は、怒ることなく安堵した表情を浮かべる。
『お前が無事で良かった』
『──ッ! ごめん、なさい……ごめんなさい』
『いいんだ。だが、裏切っていました、ということは今は少し違うんだろ?』
『……会わせたい方がいるんです』
過去のメアがそう言うと、一人の女性を呼んだ。
色はわからないが、シスターの服を着た女性。
本来は綺麗な色をしていたであろう長髪に、大人っぽい、聖母のような笑顔が特徴的な女性。
そんな彼女はメアの前に立つ。
『お久しぶりです、※※※※』
「っ!」
耳鳴りがする。
前に俺の本当の名前を呼ばれたときに味わった痛みだが、前のよりも痛みはなく堪えられないほどではない。
心配そうにする三人に大丈夫だと目配せして、俺は記憶の無い物語を見守った。
『ヘレッサか。ああ、久しぶりだな』
『最後にお会いしたのはウェーリッサの港町でしたね』
『そうだな』
ヘレッサという女性は誰か、と気になっている俺たちにメアが「暴食の魔女の代行者です」と補足してくれた。
そうか、彼女が。
『あの時は大変でした。まさかあの場所でみなさんとお会いするとは思ってもみなくて』
『一歩間違えば一触即発って感じだったな』
『そうですそうです。※※※※が退く判断をしてくださって助かりました。さすが※※※※です。私も同じリーダーとしてあなたを見習わなくてはいけませんね。あの後、みんなを宥めるのが大変でした……そう、それにあの時の向こう側にいたアトレアの表情も面白かったです』
異様な光景だ。
過去の俺もメアもそこまではっきりとした笑顔はない。どちらかというと場違いな気分に困っている感じだ。
けれどヘレッサという女性は、過去の俺と話すのが心の底から楽しいといった感じの笑顔を浮かべている。
敵同士のはずの色欲の魔女の代行者と暴食の魔女の代行者が相対しているというのにだ。
『ヘレッサ、すまないが思い出話をしている時間はないんだ。俺は今日中にアトレアを連れ戻さないといけない。仲間が、待ってるんだ』
『……』
『そうですよね、申し訳ありません。お時間は取らせないように早速、本題を話しますね』
ヘレッサはにっこりと微笑むと、手を真っ直ぐ、過去の俺へと差し伸ばした。
『同盟を組んでほしいのです』