『同盟……?』
過去の俺は怪訝な顔をする。
『はい! 私、考えたんです。どうしたらお互いが幸せになれるのか。悩んで悩んで、それで思いついたんです──暴食の魔女の代行者である私と、色欲の魔女の代行者である※※※※が同盟を結べばいいんだって』
過去の俺とは対照的にヘレッサは笑顔だった。
一切の曇りもない、まるでそうすれば明るい未来が訪れると確信しているかのような笑顔。
『他の連中はそのことについてなんて言っているんだ?』
『えっと、その……まだ話していません。別の魔女を崇める存在としてお互いに仲悪かったですから。で、でも必ず、必ず説得します、だから!』
手をギュッと握り、ヘレッサは懇願した。
もしもこれが過去の俺を貶める罠だったら、本当に嘘が上手いと、お手上げだなと思った。
そして過去の俺も同じことを思っただろう。
『……そうまで言ってくれた女を殺すなんて、俺には無理だな』
そう言うと思った、なにせあれは過去の俺だから。
『いい女にそこまで情熱的に求められたら断れないな』
『※※※※……』
『お前と戦っているとき何度も思った、お前と戦うなら剣でじゃなくベッドの上がいいなと』
『もう、※※※※は変態なんですから』
エリザ、アリス、癒蘭に横目で見られるが、俺は首を左右に振って「あれは過去の俺であって俺じゃない。まあ、いい女だから同じこと言うだろうがな」と、最後に余計な言葉を付け足してしまった。
『それに、同盟を組めばアトレアも戻ってくるんだろ?』
過去の俺がメアをジッと見つめる。
『いいのですか……裏切ったわたしが、あなたの側にいても』
『当たり前だ。お前は俺の女だ、嫌だと言っても離してやったりしないさ』
『※※※※さん……はい、はい! ……これからも、あなたの側にいさせてください!』
涙を流す過去のメアに、過去の俺は笑みを浮かべ『そうか、帰ったら二人まとめてってのもいいな』と、また余計なことを言い出した。
というか、過去の俺って今より変態だな。
そんなことを思った。
たぶんこれを見ていた三人も同じ感想を持ったはずだ。
それほどまでに、目の前の光景は眩しかったんだ。
見ていて負の感情はなく、裏切りというワードが出ても綺麗な景色だった。
だから見ていて自然と笑えた。
じゃあ、どうしてあんな結末になったんだ?
その疑問は──すぐに回答が出た。
『──旦那様、それはいけません』
綺麗な声がした。
透き通った濁りのない綺麗ではっきりとした声。
なのになぜ、こんなに怖いと思ったのか。
ここまで対象に恐怖を感じさせる綺麗な声を聞いたことがなかった。
そして、過去の俺の足下に影が広がる。
幻の世界でもはっきりとわかる。それは真っ黒ではなく、微かに濁った影。
いや、影と思っていたものは違った。
無数の黒い腕が絡み合って影のような暗さを作っていた。
その腕は伸び、過去の俺の脚を、胴体を、腕を首を顎を口を耳を鼻を──眼だけを残して飲み込んだ。
唾を飲む。
その音がはっきりと聞こえるほど静かな空間で、その不気味な女は過去の俺の背後に浮き上がる。
『ダメですよ、勝手に他の魔女の代行者と同盟なんて結んでは……』
『アス、リア……ッ!?』
アスリア?
あれがアスリアなのか?
俺の知っているアスリアはもう少し小さく、少女のような見た目だった。だが目の前の女は別人だ。
「あれが、アスリアの元の姿……?」
アスリアは前に暴食の魔女に敗れて子供にさせられたと言っていた。であればあれが、元のアスリアなのか。
雪のように白い肌にクリーム色の長髪、エメラルド色の瞳。
普通に綺麗だ。
だけど彼女を見ていると、異様なほど欲望を駆り立てられる。まるで魅了の魔法にでもかかったような。
そうだ、幻の世界で初めてあいつに会ったとき、別れ際にキスされたときもこんな感じだった。
ただのキスなのに、異常なほど俺を興奮させ、もっとしたいと思わせる。
『アスリア、止めろ……ッ!』
『本当は旦那様を縛るつもりはなかったんです。縛られる側が良かった。でも仕方ないんです、旦那様がいけないことをしようとするから……』
『な、にッ!?』
『他の魔女の代行者と同盟……? わたくしたち魔女の目的、忘れてしまいましたか?』
アスリアは過去の俺を後ろから抱きしめると、頬を優しく撫で笑みを浮かべる。不気味なほど、邪悪な笑みを。
『全ての魔女と代行者を殺す。それなのにどうして、その殺す対象と同盟なんて組もうとするのですか?』
『ぐ、あ……あ、あ、ああッ!』
『※※※※さん!』
過去の俺が苦痛の声を上げ、口を大きく開けて苦しみだす。
何が起きているのかわからない、ただあの体中に巻き付く腕が何かしているのだけはわかった。
『※※※※さんを……※※※※さんを、離せッ! ──メア!』
過去のメアが眷属を召喚すると、スライムの眷属がアスリアへと向かう。
主の意志を感じ取ったかのように、スライムはアスリアへ向かってはっきりとした殺意を持っていた。
だが、
『……ねえ、あなたたち眷属の主はわたくしでしょ?』
アスリアがそう問いかけた瞬間──スライムが、眷属が、動きを止めた。
『メア……? メア、どうしたの、行きなさい! ※※※※さんを助けて!』
過去のメアの言葉に見向きもせず、スライムは振り返り、過去のメアへと猛進する。
まるで混乱したかのようにスライムは過去のメアとヘレッサの体を飲み込む。
飲み込むだけでなく圧迫させるほどの力が込められているのは、二人の苦しそうな表情を見てすぐにわかった。
『どう、して……メア』
『どうしてもなにも、それは眷属──色欲の魔女の力で生んだ眷属ですよ? それなのに、どうしてわたくしよりもただの”器”の指示を聞くと思ったのですか?』
『うつわ……?』
にっこりと微笑むと、アスリアは過去の俺から離れる。
『まあいいです。一度は裏切った女、あなたはもう不要なので……ここで儀式を始めましょうか』
『儀式? 儀式って……?』
『ふふ、見ていてくださいね、旦那様。わたくしの──本当の力を見せてあげますから』