『ご主人様には言っていませんでしたが、色欲の魔女の力には二段階あるんです。まず第一段階目が、代行者である旦那様と交わった女性に眷属を生ませること。生まれたばかりの眷属はまだ子供の姿ですが、時を重ねると大人になります。──そうなれば、第二段階へ進みます』
『第二段階? おい、何を言っているんだ……?』
第一段階というのは知っている。
俺が力に目覚めてから、初めてエリザとアリスと交わったときに発動した。
俺はそれが色欲の魔女の代行者としての”全て”の力だと思っていた。その先があるなんて知らないし、子供の姿のアスリアも知らないと言っていた。
『第二段階は……ふふ、色欲の魔女の代行者と交わった女性──言うなれば眷属を生む”器”に、その大人になった眷属と交わらせて無数の新たな眷属を生ませることです』
『──ッ!?』
その言葉を聞いただけで何をさせようとしたのかわかった。
俺はスライムの眷属に身体を封じられている二人を見る。
スライムの液状の体が、ゆっくりと、這うように、二人の身体に這い寄る。
『何を、する気だ……おいっ……止めろッ!』
状況を飲み込み過去の俺が叫ぶ。
けれどあの腕が全身に絡みつき身動きが取れない。
手を伸ばそうにも、足を前に出そうにも、目の前の惨劇に干渉することができない。
『※※※※、さん……※※※※さん、助けてっ!』
『止めて、止め……て』
『アトレア、ヘレッサッ!』
エリザが顔を背ける、アリスが口を開けたまま固まり、癒蘭がありえないと目を見開く。
メアは、ジッと過去の惨劇を見つめた。
『色欲の魔女の代行者と交わっても一体しか生むことのできない眷属も、その器と眷属が交われば数分で新しい眷属を生むことができます。一体、二体、三体……どんどん数が増え、強大な力を持った眷属の群れができるんです。どうです、凄いでしょ?』
アスリアは笑った。
悪意のない、心の底からそれが正しいと言わんばかりの笑顔だった。
『まあ、何百体もの眷属を生んだ器はすぐ使い物にならなくなってしまいますが……大丈夫、心配しないでください』
『……やめろ』
『目の前の光景を見ても、あなたはこれからも女性を抱くの止めません。嫌だと言っても、わたくしと契約したあなたはそうするしかないのです。身も心が、既に色欲に飲まれてしまっていますから』
『騙した、のか……?』
『もう、人聞きが悪いですねえ。それに、女性なんて別にこの世にいくらでもいるんですからいいじゃないですか。力を得る為の少しばかりの代償……そう考えてください』
『この、クソ女……ッ!』
過去の俺がそう叫んだ瞬間、笑みを浮かべていたアスリアの表情が固まる。
『……ご主人様。女性にクソはないんじゃないですか?』
『ぐっ、あ、はあ……ッ!』
『この段階で旦那様に嫌われる予定はなかったのですが……はあ、仕方ないですね。では人質を使いましょう』
『な、に……ッ!?』
『わたくしはどんなに離れていても、器の体内に眠っていても眷属を操れます。操るというよりも、生き物の中にある欲を膨大化させるが近いですね。今回の場合は性欲を増大させる……ああ、媚薬をたらふく飲ませたのに似た状態です。あのメアと名付けた眷属のように、目の前の女を孕ませることしか考えられないようにすることができるんです。……それと同じ症状を、旦那様の帰りを待っている彼女たちの眷属にも引き起こすことができるのです』
『お前、まさか……ッ!』
笑顔で、悪気も無く、そんな言葉を吐ける者を見たことがない。
そして最もたちが悪いのは、アスリアはずっとこのことを黙っていたことだ。
実がなり、花が咲き、絶好のタイピングで摘むのを笑顔を浮かべながらジッと待っていた。
──色欲の魔女。
どうして魔女と名乗る奴を良い奴だと誤解した?
『まあ、まだ彼女たちには手を出さないでおきましょう。人質は生きていてこそ人質。ですが、見せしめは必要ですから』
『止めろ、止めてくれッ! アスリア、おいアスリアッ!』
『ダメです♡ これは勝手に同盟を組もうとする旦那様への罰なのですから。なので──』
『──させません』
ふと、声がした。
過去の俺でも、過去のメアでもなく、暴食の魔女の代行者──ヘレッサだった。
彼女はスライムに全身を支配された状態で手を伸ばし、力を使った。
『全て奪う。暴食の力を使って、あなたの、全てを奪う!』
『もしかして……』
過去の俺の体から何かを吸い込む。
まるで無数の砂──砂時計の中の砂がヘレッサの伸ばした手に吸い込まれるようだった。
『わたくしの力と記憶が喰われる……? ですが、人間の年齢を喰らうのとはまったく別のこと。そんなことをすればあなたも、あなたの中にいる暴食の魔女デネブもそれ相応の代償を支払うことになりますよ?』
『それ、でも……それでも、私は彼を救う! なにより彼に愛し合ったことを後悔させない為にも──あなたの力と記憶を奪う!』
アスリアは全てを悟ったように目を伏せる。
色欲の魔女の体は過去の俺の中へ消える。そして魔女を宿した俺の体は小さく、俺が目覚めたときと同じ姿まで幼くなっていた。
『──お母様!』
過去のメアの声が響く。
眷属であるスライムの暴走は解け、介抱されたヘレッサの肉体は──首から下までを砂に変えた。
『……アト、レア』
『お母様! どうしてこんな!』
『色欲の魔女の力と、記憶は……奪いました。これでもう、眷属が操られることはありません。彼を……彼を、頼みましたよ』