「道はこっちでいいんだな?」
「おそらく、だが……」
自慢じゃないが一度通った道を覚えられるほど記憶力に自信はない。彼女を抱えながら走っている俺に地図を見る余裕もない。
だから彼女に道案内を頼みながら走り続ける。
「次、右の通路だ!」
彼女の持つ地図も最新のものではないという。
なのでこの案内も完璧ではない。道が正しいかどうかは運次第だ。
「随分と呪いの効果は高いんだな。何処まででも追いかけてくる」
どんなに走って逃げようとも、デスマッドの気配は感じる。
後ろから追いかけ、別の通路を通り、そして前方から先回りしたかのように現れる。
攻撃は単調で遅い。
だが全て避けられたわけじゃない。
何度か泥を体に付けられてしまった。ほんの少しだ。それでも泥が付着した肌に違和感を覚える。
付着した泥は筋肉を圧迫して動きを止める、ということだったが、少しならそこまでではない。とはいえ一部が麻痺したような、そんな感じがする。
走り続け体力が失われたことによってデスマッドの攻撃を避けるのも難しくなり、泥の数も増えていく。
時間が経てば泥の効力も薄れるらしいが、次から次へと付着する泥が増えればいずれは走ることができなくなるだろう。
なんとか早く地上への階段を見つけないと。
「無理、しなくていいからな……」
「なに?」
俺の状況を理解してか、彼女は小さな声で漏らす。
「元はと言えば私がミスをしたから、こんなことになったんだ。自業自得だ。だからここで私を置いて行っても文句は言わない」
そう言われて「はい、そうですか」と置いて逃げられる男がこの世にどれだけいるというのか。
俺は大きくため息をつき言葉を返す。
「安心しろ、俺もお前もここで死なない」
「そんなの──」
「──わかるんだよ、俺には。声が聞こえないからな」
「声……?」
はっきりとそう答えるが、彼女は納得してはくれない。
まあ、当然といえば当然か。
「それより、そろそろ名前を教えてくれないか?」
「名前……。そういえば、まだ名乗っていなかったな」
「俺はクレスだ」
「クレス。私はエリザ。エリザ・ヘルスレア」
「エリザか。いい名だ」
そう伝えると彼女──エリザは頬を赤くして「ありがとう」と言葉を漏らした。
最初に見せた敵対心の抱く表情や強気な口調は、おそらく他者に向ける偽りの彼女なのだろう。
そうやって自分を強く見せて今まで生きてきたのか。裏を返せば、そうしないと他種族から下に見られてしまうということだろうか。
「クレス、前!」
前方から待ち受けていたかのようにデスマッドの群れが。それも数は今までより多く、十体を越えていた。
「どうやら、ゴールは向こうのようだな」
記憶力に自信のない俺でも見覚えのある道だ。
おそらく真っ直ぐ進めば地上へと続く階段に到着する。
つまりあのデスマッドの群れを飛び越えれば、晴れて脱出というわけだが。
「数が多い。飛び越えるのは無理だな」
一列に並べば飛び越えるのも容易だ。
だが縦にもぞろぞろといやがる。それに何十分も走り続けて体力も限界に近い。
「ここで少し待っていろ」
エリザを下ろし、大太刀を構える。
俺の身長ほどに長く魔物由来の素材でできた大太刀。
ゆったりと近づいてくるデスマッドの群れ。一体一体を相手にしていれば、死角から泥が飛んできて終わりだ。
「一撃で仕留める」
今の残っている僅かな体力を振り絞り、大技をお見舞いする。
「──
巨大な爪の残像を生み出し、前方のデスマッドを一気に粉砕する。
泥は飛び散り、核は粉々に砕ける。
一瞬にして前方の視界が綺麗になったが、体力が底を尽きる勢いに枯れてしまった。
「一撃であの数を……」
エリザの驚く声が聞こえた。
そんな彼女を再び抱きかかえる。
「このまま駆け抜けるぞ」
俺は彼女を抱え走り出す。
さっきまで軽く感じた彼女の体も少し重く感じる。そんなことは口が裂けても言えないが、限界なのが顔に出そうだ。
「帰ったらまずは飯だな。酒も呑みたい」
「え……?」
中央エリアの入口へと続く地獄のような螺旋階段を駆け上りながら、苦しさを誤魔化すように口に出した言葉。
「エリザは酒、呑めるか?」
「少し、だけど……」
「じゃあ付き合ってくれ。俺は今日、初めてこの迷宮都市に来たんだ」
「そうだったのか」
「ああ、だからオススメの店を教えてくれ。頼むぞ? 今の俺は、これから味わう美味しい飯と酒が頼りで走っているからな」
何か楽しいことを考えていないとこのまま倒れそうだ。
そんな俺の言葉を聞いて、エリザは初めて笑った。
「ふっ、あはは……ほんと変わり者だな、クレスは」
「こういう人間だからな」
「本当に、変わった人間だ……。ああ、任せてくれ。私のオススメのお店を紹介する。もちろんご馳走する。少し高めのお酒でも文句は言わない」
「おお、それは有難いな。それじゃあ、さっさと帰って呪いを解いて、楽しむとするか」
階段を駆け上がり、俺たちは中央エリアの入口に到着した。
久しぶりの明るい景色。
数時間前にいた白い壁と床の道を歩き、受付のメアに声をかける。
「クレスさん、どうしたんですか!?」
「ああ、ちょっとな」
慌てて駆け寄ってくるメアに事情を説明すると、彼女は驚きつつも、的確な対応をしてくれた。
「デスマッド王の呪い……解くことは可能です。医療所に行って治療を受ければ──」
「──デスマッド王の呪いだって!? おいおい、そんな奴、地上に連れてくんじゃねえよ!」
メアの言葉を遮るように、一人の男の声がした。
人間の男は明らかに周りに聞こえるような大きさの声を発すると、人が次から次へと集まってくる。
「デスマッド王の呪いっていえば、あれだよな、デスマッドが死んでも追いかけてくるってやつ」
「じゃあこの女が地上に来たことでデスマッドたちがここに来るんじゃねえのか!? 何やってんだよお前!」
「皆さん、落ち着いてください!」
声を荒げる連中を制止しようとするメア。
「皆さんの言う通り、デスマッドは呪いを持った者を永遠に追います。ですがその呪いさえ解けば───」
「そうだよ、解くまでだよ! じゃあ今も、奴らはこの地上目掛けて進軍してるってことだよな!?」
「それは……」
魔物の考えなんてわからない。
ただ魔物たちは、あの螺旋階段を日常的に上ってくるということはないのだろう。
そうしているのは魔物の生まれ持った本能か、俺達にはわからない何かの意思か、それはわからない。
だがデスマッドは違う。
地下迷宮でも呪いに吸い寄せられるように動いていた。それは意思を持たない操り人形のように。ということは、呪いの対象であるエリザが地上にいるかぎり、デスマッドは永遠に地下迷宮から地上へと迫ってくる。
「おいお前、とっととそのダークエルフを地下迷宮に捨ててこいよ!」
一人の声に、多くの者が同調する。
おそらくエリザが人間であれば「みんなで協力して立ち向かおう!」という空気になっていただろう。
これがこの世界の他種族──それも数の少ないダークエルフへの仕打ちか。