「過去に……」
言われてすぐには理解できなかった。
それほど突拍子もない内容だからだ。
エリザもアリスも顔を見合わせ難しい顔をして、癒蘭もどう捉えるかは俺に任せると言いたげに無言のままこちらを見る。
「過去に戻ることができる古代遺物というのは、本当にこの世に実在するのか?」
「過去に一度だけ、これと同じ古代遺物が使用された事例があります」
「……知っているか?」
エリザと癒蘭はすぐに首を左右に振ったが、アリスは少し考え、ポンと手を叩く。
「ああ、あれか! たしか数年ぐらい前に、アドラーダ王国の国王が古代遺物を使って過去に干渉したって噂を聞いたことあったよ。胡散臭くて忘れてたけど」
アドラーダ王国というのは俺でも知っているぐらい領土も広く、住民の数も多い。
「ええ、そうです。アドラーダ王国は、元はそこまで大きくなかった国でした。領土も現在の三割ほどしかありません。そんな王国を自国の領土にする為、アドラーダ王国に隣接したヴィレイン王国が戦争を起こしました」
「その戦争なら私も知っている」
エリザが思いだすように話す。
「たしか一週間も経たずにアドラーダ王国が敗北して終戦すると言われていたが、逆にアドラーダ王国が一週間経たずにヴィレイン王国に勝利して領土を増やしたと」
「その戦争に参加したヴィレイン王国側の者は”全ての策が見破られ、逆に全ての罠にかけられた”と口々に言っていました」
「それが、アリスが言っていた古代遺物を使って過去に干渉した噂話に繋がるわけか」
「この古代遺物を使って過去に干渉したアドラーダ王国は、戦争が起きる前の過去の国王に『敵の戦力はどれぐらいか、敵の食料はどれぐらいか、どんな策を持ち、どこが穴か』を全て知らせ、歴史を改変したと言われています」
「もしもそんな非現実的なことが本当にできるのであれば、圧倒的な戦力差をひっくり返すことができなくても、これから何が起きるかわかっている側が優位に立ち回ることは可能ね」
癒蘭の発言に各々が頷く。
「そして勝利した後、国王は国民や世界中に向けてこう言ったそうです。『我々にはこの、過去に干渉することのできる古代遺物がある。どんな策でも見破る我々はどれほど強大な敵にも負けはしない』と」
「圧倒的不利な状況から勝利したことで狂言じみた演説にも真実味を増す。国民は力を得て安心して、他国は奇妙な力を持っていると手を出さなくなるわけか」
「それもあってこれ以降、アドラーダ王国に攻める国はなくなりました」
「過去に干渉できる古代遺物……信じがたいが、アトレアはアドラーダ王国からそれを盗もうということか?」
「盗む!? 王国相手からそんなの無理だって!」
アリスが否定するが、話しの流れからするとそれしかないと思った。
だが、
「いえ、もう盗みには成功しています」
「ええ!?」
「もう盗んでいたのか。じゃあお願いっていうのは」
アトレアはボロボロに砕けた小さな砂時計を俺たちに見せる。
「この古代遺物は一回限りの力でした。アドラーダ王国の国王はそれを知っていて、あえて隠していたのです」
「他国に過去へ干渉する力がないと知られれば足下を見られるからか」
「はい。なので現在、過去に干渉できる古代遺物はありません。ですが一つあったということは、他にもある可能性があります」
力強い眼差しで、アトレアは俺たちに話す。
「暴食の魔女の代行者であるお母様に遣えていたわたしたちの目的は、ここにあるかもしれない──この過去に干渉できる古代遺物を見つけることです。過去に行けるのか、過去に言伝を送れるのか、それはわからないけど……もしも過去に干渉できるなら、ヴァイズさんとお母様があの日、橋の上で接触する前に戻ってお母様を救うことができるんです!」
そういうことか。
人間の探索者たちが地下迷宮のセーフエリアより下を閉鎖して、古代遺物を血眼になって探していた理由は、その過去に干渉する古代遺物を他の者の手に渡る前に自分たちで見つけるためだったということか。
アトレアの言うように過去に干渉して、俺とヘレッサが会う前に戻れたら彼女の死を回避できる。
「……わたしたちの見つけるのが遅かったばっかりに、お母様は亡くなってしまいました。だから代わりに、亡くなる前にお母様にヴァイズさんともう一度だけ会えるようにあなたたちに接触しました。だけど、その願いも叶えられなかった。だから……だから……」
「過去に戻れればどっちの願いも叶えられるということか」
アトレアの願いはわかった。
一緒に探してほしい。この古代遺物にあるかもしれない、過去に干渉できるという砂時計の古代遺物を。
俺はエリザ、アリス、癒蘭を見た。
彼女たちは俺の答えを理解して、小さく頷いてくれた。
「今の俺には彼女と話した記憶がない。だけど彼女に救われた事実を見た。彼女の優しい笑顔も。だから俺も、もしも過去に干渉できるなら彼女を救いたい」
「ヴァイズさん……」
「そうだな。自らを犠牲にして二人を救った心優しい彼女には、あんな形で終わってほしくない」
「それに元から目的は地下迷宮の深層に行くことだったし、きっとあるよ! うん、たぶんある!」
「そうね、何よりあのお堅いアトレアの頼みだもの。倍にして返してくれるんでしょうね」
それぞれの答えを聞いて、アトレアは大きく頭を下げて感謝した。