──あれから数日。
俺たちは一度、セーフエリアを後にした。
移住することは決めたが、地上の者たちでいろいろと世話になった奴らがいるから挨拶をするために。
「ふむ、移住するということは、これからあまり会えなくなるということか。少し寂しくなるが、おぬしらがセーフエリアで暮らしてくれるのは我々ドワーフ、というより他種族にとっても有難いことだ。これで人間たちに嫌な顔せず、セーフエリアまで行くことが可能になった」
まずはドワーフの探索者であるドーゴンたちに知らせた。
「もちろんずっと地下に潜っているわけじゃない。回数は多くはないが、月に何度かは地上に戻ってくるつもりだ」
「であれば、戻ってきたときには寄ってくれ。酒でも奢るぞ」
「それは有難い」
「……クソウサギ娘も、どうしてもというなら人参ぐらいなら食わせてやるぞ?」
「誰が短足デブドワーフに奢ってもらうか! あっ、そういうことー。もしかしてボクに媚びを売って、貴重な古代遺物を見つけたら恵んでもらおうとか考えてるわけー?」
「んなわけあるか!」
「えー、本当? 本当に本当に本当?」
「このクソウサギ娘が! 儂が優しくしていればつけあがりやがってッ!」
「ああんッ!? 誰も短足デブクソドワーフに優しくされたくないから!」
このままだとドーゴンとアリスの喧嘩で一日を無駄にしそうなので、耳をツーンと立てたアリスを抱えて次の目的地へ。
「そう、セーフエリアに移住するのね」
ギルド協会にいたカトレアに伝えると、彼女は少し寂しそうにした。
「月に何度もというわけにはいかないが、地上に戻ってきたら会いに来る」
「ふふ、わざわざ私に?」
「ああ。その時は抱かせてくれ」
そう伝えると、カトレアは「大勢の女を連れて行くくせに地上にもまだ女が必要なの?」と、後ろでムスッとした表情の彼女たちを見ながら言った。
「お前はいい女だからな。もしもここでの仕事が嫌だったり、ここでの生活を望んでいなかったら連れて行きたいぐらいだ。だけどここで幸せなお前にそれを強いるわけにはいかない」
「ふふっ、そうね。それに私は愛人みたいな……地上に戻ってきたときに会って楽しむ関係が合っていると思うの。毎回、新鮮で楽しめるわよ?」
「そうだな。地上に戻ってきたときは期待してくれ」
「ええ、楽しみにしてる。みんなも、地上に戻ってきたら顔は出してよ」
ギルド協会を出るとき、カトレアは俺たちの中にアトレアがいることについて触れなかった。
何かあったのか、どうして彼女が一緒にいるのか、そういったことは聞かれなかった。
ただ何かを察したように、彼女はにこりと微笑んで見送った。
♦
「また明日から地下暮らしか。そう聞くと犯罪を犯したみたいで嫌だな」
「そうやって悪い言い方するからダメなんです。それに地下暮らしも悪くないですよ、セーフエリアにはこれぐらいの湖もあって、魔物じゃない動物だっていますから」
エリザとアリスはカトレアの営む酒場で朝まで酒を呑みに行った。
癒蘭は俺たちが迷宮都市ウォレスイトにいることを昔の仲間たちに知らせるため手紙を書いている。もちろんアトレアが一緒にいることも。
その手紙に過去に起きた真実を書いたかはわからない。そこは癒蘭に任せるし、どっちにしろ良い方向にいくと思っている。
ただ居場所を知らせたことでこれから元仲間たちであり愛し合った彼女たちが来るだろう。記憶の無い俺がいったいどんな顔をしたらいいのか、そこが少し不安だ。
「ヴァイズさん、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
俺はというと、アトレアと二人で迷宮都市ウォレスイトから少し離れた湖が見える場所に来ていた。
月明かりに反射した水面が幻想的な湖。
夜だというのに静かで、地上に生息している魔物なんかもいない。
あまり知られていない名所だ。
そんな場所に、俺はアトレアを誘った。
目的は二人で話すため。そして──。
「そういえば、アトレアは元々は暴食の魔女の代行者に遣えていた側だったのか?」
「……はい。お母様は、元は貧しい孤児院を営むシスターだったんです。そこで親のいない子供たちを引き取り育ててくれていました。わたしはそこの孤児として育ち、お母様が暴食の魔女の代行者に選ばれたことを偶然聞いてしまいました」
「それで手を貸すことに?」
「自分たちが人並みに食べて暮らせるだけのお金もない修道院なのに、お母様は辛さも貧しさも顔に出さずわたしたちを育ててくれました。そんなお母様の力になれたらいいなと思って。ですが、お母様は駄目だと言ってわたしを遠ざけました」
月を見つめながら思いだすように、けれど悲しい過去というよりも明るい過去を思い出すようで表情には少し笑顔があった。
「危ないからわたしを遠ざけたんだと思います。けれどどうしても力になりたくて。そんなときでした、色欲の魔女の代行者であるあなたに出会い──声をかけられました。周りに何人も女性を連れているくせに『一目惚れだ、お前を抱きたい』って初対面で言われて、正直……当時のヴァイズさんは大嫌いでした」
「……」
「だけど同時にチャンスだと思いました。もしもこのままあなたたちの側にいたら、お母様の力になれると」
「スパイのような感じだったのか」
「はい。あなたたちの味方のフリをしたまま側にいて、弱みを握れたらお母様に報告しよう。そう、思ったんです……でも、でも……」
膝を曲げた足を抱え、アトレアは顔を埋める。
「まさかあんなに大嫌いだったヴァイズさんを、本気で好きになっちゃうなんて思いもしませんでした……」