「アスリアは元から知っていたのか?」
「知っていたとは? 旦那様が見せられた過去の記憶に関してであれば知りませんでしたよ、わたくしもその部分の記憶はないので」
「いや、違う。過去のお前が言っていた、色欲の魔女の力の第二段階のことだ」
「ああ、そのことですか。いいえ、覚えてませんでした。ですが、記憶はなくてもそういう使い道もあるかなとは考えていました。そして、もし体と記憶が元に戻れたらそうしようと考えていました」
「お前──」
「──ですが、そのことは旦那様には秘密にしようと思いました。旦那様はきっと、今のようにわたくしの考えを拒絶すると思いましたから」
アスリアの言葉に嘘偽りはないと、なんとなくだがそう思った。
「もう一度だけ聞きますが、旦那様は本当にこの力をお望みにはなりませんか?」
「何度聞かれても考えは変わらない。彼女たちを軍隊を作る道具にしようなんて思わない。これから先も、何があってもこの考えは変わらない」
「そう、ですか……」
はあ、と大きくため息をついたアスリア。
マグカップを一口。そしてカチャと音を鳴らしてテーブルに置くと、にっこりと微笑む。
「仕方ありませんね。では、わたくしも別の方法を考えましょう」
「別の?」
「はい、別の。だって旦那様はもう、色欲の魔女であるわたくしを、七人の魔女の頂点へ導いてくれるという、わたくしの理想を叶えてくれないということですよね?」
「……」
「であれば、わたくしは別の考えをしなくてはいけません」
「俺との契約も破棄ということだな?」
「いいえ、残念ながらそれはできません。一度した契約を破棄すれば、その時点で他の魔女に敗北したことになりますから」
「じゃあ……」
考えた。
考えて考えて考えて。
だが、答えはでない。
ただアスリアは、このまま泣き寝入りしてくれないということだけはわかった。
「いずれ答えがわかるでしょう。その時はぜひ、共に激しい夜を過ごしましょう」
意識が遠のく。
いつもの幻の世界から現実に戻るときとはどこか違った感じ。
アスリアは俺を追い出そうとしてるのか?
「ま、だ……はな、しは……終わ」
「それでは旦那様、次は幻の世界なんかではなく──現実の世界でお会いしましょう」
その言葉に返事することなく、俺の意識は途絶え現実に戻された。
♦
「──待て、アスリアッ!」
そう口に出した俺は体を起こす。
起こしたということは、寝ていた俺は起きたということになる。
全身に嫌なほどべっとりとした汗が溢れ、隣にはアトレアが寝ていた。
「はあ、はあ、はあ……クソッ」
荒くなった呼吸を整え、ベッドから起き上がる。
まだ空が真っ暗な迷宮都市ウォレスイトは、外を歩いていても人と会うことはなく静かだった。
目的地もなく、ただ歩き続ける。
北へ、東へ、都市内を徘徊していると、明るさのある建物を見つけた。
風の吹く音しかしなかった建物の中に入ると、彼女は俺を見て目を丸くさせた。
「ヴァイズ、どうしてここに?」
カトレアの営むギルド協会。
夜の時間は酒場になっているこの店で、椅子に座った癒蘭は不思議そうに俺を見つめる。
その周りにはエリザとアリス、それにカトレアもいるが、どうやら酔っぱらってそのまま寝てしまったようだ。
「潰れるまで呑んだのか?」
「人聞きの悪い言い方しないで、そこまで呑んだつもりはないわ。ただ三人が途中で寝ちゃっただけよ」
「ははっ、そうか」
「それで、どうしたの?」
いいや。
短く返事するが、癒蘭は何か察したのか音をたてず店の外へ出る。
両手には満杯のエール酒が二つ。
「はい」
「まだ呑むのか」
「もう、だからそんなに呑んでないって言ってるでしょ?」
「そうだったな。乾杯」
「乾杯」
ギルド協会の外、三段しかない階段に座って酒を呑む。
昼間はギルド協会に人が多くて入れないときなんかに探索者の集合場所に使われるこの場所で呑むのも、少し新鮮でいい。
それに静かな空気に満点の星空だ、酒を呑むには絶好の光景だろう。
「それで、あの子とのセックスはどうだったの、楽しかった?」
「まあな。そういえば癒蘭の言ったとおり、次第に雰囲気が変わっていった」
「ふふ、でしょ。でもそのこと、後になって言わない方がいいわよ。あの子、エッチの最中は気持ち良くてハメ外すけど、その時の記憶はあんまり覚えてないんだって。で、冷静になってからそのことを言われると、顔を真っ赤にさせてすっごく機嫌悪くするの」
「そうなのか。忠告ありがたいが、俺にはその記憶も無いからな。一度は拝んでおくとするさ」
「そう言うと思った。それならわたくしがいる時にお願いね、あの子の膨れた顔を見るの好きなのよ」
「悪い性格してるな」
「いい性格でしょ。それで、最高の夜を堪能したのにそんな顔しているのは……幻の世界で、アスリアと話したのが理由?」
まさか言い当てられるとは思わなかった。
確かに暗い表情だったという自覚はあったけど、悪い夢を見た後のような、そんな感じだった。
「よくわかったな」
「わかるわよ、普通に。……だって十年前、あなたがわたくしたちに何も言わず暴食の魔女の代行者に会いに行った夜と同じ顔してるんだもの」
「それは」
「何か隠しているときの顔。話して、今回はね」
ジッと見つめられ、俺はアスリアと話したことを説明した。