「そう、あれが彼女の本質ということなのね……」
癒蘭は空を見上げながら言った。
「記憶が無くなれば考えが変わるかもしれない。なんて、さっきみんなと話してたのだけど無理そうね」
「根本的な考え方が俺たちとは違うということだろうな」
「ええ。暴食の代行者さんのお陰で今はなんとかなっているけど、このままずっと封じこめられるとは限らわないわよね」
「アスリアは俺が現実に戻るとき、含みのある言い方をしていた……。たぶん俺に話していない、何か方法があるのかもしれない」
でなければ最後のあの言葉がただの悪あがきになってしまう。そんな無駄なこと、あのアスリアが言うとは思えない。
俺の知らない、色欲の魔女であるアスリアだけが知っている何か抜け道があるに違いない。
「でも、今すぐに何もしてこないってことはその方法にも、場所であったり時間であったり、何か条件があるのかもしれないわね」
「だからそれまでに、なんとしてもアトレアが言っていた過去に干渉するっていう古代遺物を探す必要がある」
「ええ、そうね。だけどそんなもの──」
「──こら、クレス! 何を癒蘭と逢引してるんだ、まったくまったく!」
背中から抱き着かれた。
振り返ると、顔を真っ赤にしたエリザが目を細めながら頬擦りしてくる。
「エリザ、起きたのか」
「私が起きたら駄目なのか、このこの」
「そうじゃない」
「アトレアの次は癒蘭とエッチする気だな! そうはさせないぞ、私だってクレスとエッチしたかったんだからな!」
「わかったわかった、ほら座れ」
「むう、私は……ここがいい!」
俺の前に座ったエリザは幸せそうな表情をしながら、俺の両手を持ち抱きしめさせる。
「で、逢引してなかったなら、なんの話をしていたんだ?」
「過去に干渉できる古代遺物をどうやって見つけるかについてだ」
「ああ、あのむっつりが言ってたのか」
「むっつりって、まあ、確かにそうね」
アトレアのことになると乗ってくる癒蘭が笑うと、エリザは「それよりも、まず最初にやることは決まってるだろ」と頷く。
「クレスの持つ”13”と刻まれたカギで開けられる扉を探す!」
ああ、と俺と癒蘭が一緒に思いだしたかのように声を漏らす。
「アトレアが言っていた、クレスの持つカギのことは知らないと。で、あの性悪魔女も知らないと言った。であればそのカギはいつから所持していたか? そう、アトレアが子供の姿になったクレスを置いていってから、クレスの育ての親である傭兵団長に声をかけられて目を覚ますまでの間に、誰かから持たされたことになる。木に横たわって寝ている子供の首に、何も言わずカギの付いた首掛けをする奴なんて普通はいない──であれば、何か理由があるのではないか」
人差し指を突き立てたエリザはドヤ顔で言い切った。
「七人の魔女のこともあの映像で見た光景のことも、その全てを知った何者かがクレスに持たせた。これを使ってどうにかしろと願いを込めて……と、私は考えた! どうだ、私の推理!」
「……まあ、可能性としてはあるかもしれない」
「推理どうこうよりも、確かに誰がこれを持たせ、どんな目的があったのかは気になるわね」
俺と癒蘭が考えこんでいる最中も、エリザは「私の推理はどうだ!」と感想を求めてくる。
もしも酔っぱらいエリザの推理が正しければ、このカギを俺に持たせた者は何か知っているのかもしれない。というより知らなくても、どうして子供の姿の俺に渡したか聞きたい。
そいつは何か、俺の知らないことを知っている。そんな気がした。
「考えても仕方ない。明日からまた地下迷宮に行って、セーフエリアで準備を整えたら下層に行ってみよう」
「ええ、そうね。それじゃあ、はい、もう一杯どうぞ」
「あっ、私も呑む!」
「エリザはもう止めておきなさい」
♦
「──エリザ、援護を頼む!」
「黒き雷よ、無法者に裁きを下せ、ライトニングボルトッ!」
『グヌ、グヌヌヌゥ……ッ!』
下層、一階層。
大太刀を構えて駆け出した俺の両横を二本の雷撃が突き抜ける。
エリザとモーナの放ったライトニングボルトは、速度や太さは違うが、それでも強力な魔術だ。
上層の魔物であればこれで倒せる。だが、
『フンヌウッ!』
一つ目の巨人の魔物は片手を振り払うだけで二発の雷撃を防ぐ。
手の甲から煙が出ているが、それもすぐに収まり、駆け出す俺目掛けて巨大な脚を前に出す。
「こいつも厳しいか」
足を止め、一歩後退する。
中層の魔物は苦戦するものの勝てないことはなかった。だが下層に脚を踏み入れた瞬間、魔物の質が桁違いに変わった。
地上にはいない凶悪な魔物。
初陣とはいえ、俺たちはまだ一度として接敵した魔物を倒すことができないでいた。
「退くぞ」
短く全員に伝えると、アリスが先頭を、その次に癒蘭とアトレア、そしてエリザの順にセーフエリアへと続く道を走る。
──迷宮都市ウォレスイトの下層を踏破できた者はいない。
前にドーゴンが言っていた。
その時は他の奴にはできなくても自分にならできると話半分で聞いていた。
だが、まさか魔物を倒すこともできず、セーフエリアを出て十数分ほどで引き返すことになるとは。
「クレス、なんだか楽しそうだな」
走って逃げる最中、モーナを抱えて走るエリザに言われた。
「楽しそう? 散々魔物に力の差を見せつけられたのにか?」
「気付いていないのか、さっきから自分が笑っていることに」
エリザに言われてやっと気付いた。
「そうか、そうだな。これはたぶん、強敵と戦えて嬉しいんだろうな」
「まだ戦えてもいない、逃げるばかりなのにか?」
「ああ、だがいつかは打開策を見つける。それを想像しただけで少しは楽しくなってこないか?」
「ふふ、そうだな。私はお前と共に戦えるだけで楽しい」
エリザはそう言うと、少し速度を上げて前方の仲間たちへと駆け寄った。
たぶん笑っていたのには他にも理由がある。
こんな強敵が闊歩する下層なら、ここにあるかもしれないと思ったからだ。
アトレアが言った過去に干渉できる古代遺物が、そして、俺の持つカギで開けられる扉が。