「すまない、クレス……」
申し訳なさそうに俯くエリザ。
「お前は何も悪くない。こいつらが臆病で性根が腐っているだけだ」
立ち上がりそう伝えると、連中は「何か言ったか!?」と俺に圧をかけてくる。
どうしてここまで他種族を毛嫌いするのか俺にはわからない。
だがこれは世界中の何処でも起きていること。今さら驚きもしないし、それを正そうともしない。
だが、彼女を助ける邪魔はさせない。
「メア、その医療所っていうのは何処にあるんだ?」
「都市の北にあります!」
「そうか、ありがとう。正確な場所はわかるか、エリザ?」
「え、ええ……」
俺はエリザを抱え歩き出す。
だがその道を連中が塞ぐように立つ。
その全員が、俺と同じ人間だった。
「おいお前、俺たちはそいつを地下迷宮に捨ててこいって言ったんだ。聞こえなかったのか?」
「ああ、聞こえないな。お前ら雑魚の戯言なんてな」
「なに!?」
「まあ、聞こえても従う気はないが。そこをどいてくれるか?」
「どかないと言ったら?」
こいつら本気でここで俺とやり合うつもりか?
別に構わないが、メアに申し訳ない。それに今は時間が惜しい。
エリザの右足に付着したデスマッド王の呪いである泥は少しずつ太股から右足の先まで浸食の幅を広げている。
どんな病気や怪我だって、治療が遅れれば遅れるほど後遺症の危険性が上がる。デスマッド王の呪いだって、その危険がないわけではないだろう。
「もう一度だけ忠告する。そこをどいてくれないか?」
「ああ、だったらこっちももう一度だけ言ってやる。その女を地下迷宮に捨ててこい」
「会話にならないな」
大きくため息をつき「じゃあ」と彼らに提案する。
「エリザが治療を受ける間、俺が地下迷宮の入口でデスマッドの侵攻を抑える」
「な、なに?」
「これだったら地上に影響はない。それなら、お前らも文句は無いよな?」
その提案に、連中は顔を見合わせ返事に戸惑っていた。
「俺たちは、手伝わねえぞ……」
「ああ、俺一人で十分だ」
「一人でだと!? 馬鹿が、デスマッドがこの上層に何体いると思っているんだ! 奴らは得物を捕らえるまで永遠に生まれ、追ってくるんだ。たった一人で何とかできる数じゃねえ!」
「そんなのやってみないとわからないだろ」
正直なところ、俺の全身にもデスマッドの泥が付着していて全身が思うように動かなかった。けれどそのことを顔に出すわけにはいかない。
もし弱気な態度を見せれば、連中のガキみたいな考えを勢いづかせる。
だから余裕の笑みを男に向けた。
「お、お前の言うことなんて──」
「──では、儂らも手を貸そう!」
反撃の言葉を漏らした瞬間、突如として低い男の声が建物内に響く。
声がした方に全員の視線が向く。
そこには地下迷宮で知り合ったドワーフ族のドーゴンがいた。その後ろには他のドワーフ族の者もいる。全員が全員、ドワーフ族の特徴でもある小さく丸い体型で、男には長い髭が生えている。
「お、お前は、ドーゴンか!? なぜドワーフ族のお前がダークエルフを助ける、もしかしてお前ら裏で繋がっていたのか?」
人間の男の言葉を受け、ドーゴンはゆっくりと首を左右に振る。
「そういうわけではないが、その人間の男は儂の友人だ。友人が困っているのであれば、手を貸しても何ら問題はなかろう」
ドーゴンの言葉を受け、人間の男の額から汗が流れる。
少しの沈黙。
そんな中、メアの声が響く。
「皆さん! 緊急の依頼を貼ります! 数時間限定、地下迷宮へと続く階段をデスマッドから守ってください! 報酬はこちらになります!」
依頼表に貼られた緊急の依頼を見て、俺たちの道を塞いでいた人間たちから歓声が上がる。
「クレスさん、今のうちに彼女を医療所へ」
「すまない」
「いえいえ、でも……」
俺の耳元に手を添え、顔を寄せる。
「貸しですよ?」
メアにウインクされた。
貸しか。なんだか高くつきそうだ。
だがこの助け船は有難い。
俺はエリザを抱え走り出す。
そして人間たちの中心になって、最初に突っかかってきた一人の男とすれ違うとき、
「人間のくせに、他種族に肩入れしやがって」
と言われた。
俺は無視して医療所があるという北地区へと向かった。
♦
「ふう、数時間で治療は終わるそうだぞ」
「そうか。すまないな、ドーゴン」
ドーゴンの助けもあって医療所へと無事に到着できた。
医療所の担当は人間だったが、一切の小言もなく受け入れてくれた。当然といえば当然だが、それでもさっきのことがあった後だ、少しだけ感心する自分がいた。
そして待機所。隣に座るドーゴンに礼を言うと、彼は大きな口を開けて笑う。
「がはははっ、なに気にするな。それよりまさか、お前さんが救おうとしていた女がダークエルフだとはな」
「ドーゴンもエリザを、ダークエルフだと蔑むのか?」
「いいや、そんなことはせん。ただ人間がダークエルフを救う、それが少し嬉しかっただけだ」
そう言うと、笑みを封じ、ドーゴンは難しい表情をする。
「クレスよ、驚いただろう。連中の反応」
「ああ、まあな。他の王国や街に行ったこともあるが、ここまで他種族を嫌悪しているのは初めて見た」
「ここは特にだな。少し愚痴を話す……嫌なら言ってくれ」
気にするなと伝えると、ドーゴンは愚痴を吐いてくれた。
ずっと前までは、ここまで他種族を嫌う風潮は無かったのだという。その理由として、この地で探索者をする者たちの絶対的な王的な存在がいたからだった。
とはいえ、迷宮都市に王様という称号を持つ者はいない。ここは王国ではなく都市なのだから当たり前だ。
それでも、都市全体の統制を取る為にも統べる者がいることが多い。
それは都市によって異なるが、貴族が統べる場合もあるが、その多くは
おそらくゴードンのいう王的存在というのは、後者の者を指すのだろう。
そしてその者は人間で、ここで探索者をする全種族に争わないようにさせたのだという。
お陰で種族というものに縛られることはなく
だがその人間が亡くなったことを機会に変わった。新たに王的存在になった者は宣言した。
──迷宮都市ウォレスイトは人間の迷宮都市だ、と。
「その日から、迷宮都市ウォレスイトは他種族の受け入れを拒むようになった」
「拒む……? そんなこと可能なのか?」
「うむ、人間たちが口裏を合わせてな。お前さんも今日ここへ来たときに見ただろ、一切の検問をしない衛兵の姿を」
「そういえばいたな」
「人間には何も言わないが、他種族には難癖を付けて入るのを拒否する。そうして迷宮都市ウォレスイトを行き来する人間が増え、他の種族が減っていく。今この都市にいる他種族も、あくまでずっと前からいた者や仕事をしに来ている者だけ。そしてどうなったと思う?」
「数を得た人間が我が者顔で都市を歩き、他種族は肩身が狭い思いをしているか」
「そうだ。この都市は人間の都市といっても間違いではなくなってしまった。そして人間が優遇され、他種族は冷遇される。それは地上でも地下迷宮でもだ」
ドーゴンが簡単な例を挙げてくれた。
地上では酷いお店だと、人間と他種族で相場が違うのだという。
地下迷宮では人間は朝の七時から行けるが、他種族は九時からでないと行けない。そして目的の魔物や鉱石が被ったとき、人間が優先されるという暗黙の了解が存在するのだという。
そして胸糞悪いことに、これらは一例に過ぎないのだとか。
「そこまで酷いのに、ここを離れようとは思わないのか?」
「……尤もな感想だな。だがここは我々にとって故郷なんだ。ここで生まれ、ここで育ち、ここで死ぬ。それなのに人間からの圧力に屈して、逃げるように出ていきたくはない」
「故郷か……。そうか」
「だから儂らはここを離れない。人間の数が怖くて逃げたら、男らしくないだろ?」
見慣れた大笑いとは違い、小さな苦笑い。
「おっと、治療が終わったらしいぞ」
そんな話をしていると、どうやらエリザの治療が終わったらしい。
「クレスよ。これからもあのダークエルフと共にいるのであれば、おそらく人間たちは、同じ人間であるお前にも難癖を付けてくるだろう。残念ながらそれがここでの……
「──逃げろって?」
ドーゴンの気遣いだろう。
だがそんな気遣いは不要だと、俺は鼻で笑って返す。
「逃げるように出ていくなんて、そんなの男らしくないだろ?」
同じ言葉を返すと、ゴードンは顔をポカンとさせ、すぐに大口を開けた。
「ガハハハッ! ああ、そうだな! お前は男だ、変なことを言ってすまんすまん! ガハハハッ!」
バンバンッ! と背中を力一杯に叩かれる。
まだ体力が回復していないんだが。そう言っても止まらず叩かれ続けた。