百鬼夜行の商店街では、街路樹でツクツクボウシが切なげな鳴き声をあげていた。スーツケースを引き摺る音に、カラコロと下駄の足音が重なる。
「今日はいい天気だね」
「ええ。入道雲がうず高く積もっております」
しきりに汗を拭う私を見て、ワカモが夏空に微笑んだ。
「あそこが、私の住む寮です」
「うん……そっか」
いよいよ、別れの時だ。
シャーレの当番にワカモも加わることになり、今後も顔を合わせる機会が設けられた。だけど、あと数歩で、とんだ始まり方をした二人暮らしが終わってしまう。
私はこれ以上歩くのが苦しかった。
「あなた様……もしかして、お寂しいのですか?」
「うん」
「あら……」
ワカモはからかい半分で言ったようだったが、言い当てられた内心を私は素直に吐露した。きっと、顔に出ていたのだろう。
「寂しいよ。今日からは、家でワカモに会えないんだ」
「くすっ……大丈夫ですよ、あなた様。……これを」
拳を握る私に、ワカモは日傘を差し出してきた。何か取り出すのかなと思って受け取ると、紙袋から白狐の面を取り出して、おもむろに私へ被せてきた。咄嗟にめくって、持ち上げてしまう。
「わ……何、ワカモっ」
「離れていても、心は繋がっております。会いたければ、いつだって会えるではありませんか」
いつの間にか、ワカモは随分と大人になっていたみたいだ。先生である私の方が、慰められ、諭されている。それでも、慈しむような彼女の言葉が、嬉しくないはずがなかった。
ワカモが差し出した手を取って、ぎゅっと握り締める。私が大人でなくなってどうする。
「ワカモが無事に卒業できたら」
「……ええ」
「一緒に暮らさない?」
ワカモは、大きな目を更に大きく見開いた。
「ふふ……うふふ……そのようなことを言われてしまったら、学業を怠けるわけにはいきませんね」
「うん。だからそれまで、お泊りは禁止ね。寮の門限もちゃんと守るんだよ」
「はい。あなた様のお言いつけは、しっかり守ります」
制服の裏で、尻尾がバタバタとはためいている。
「……ですが、お互いが休日であれば、愛し合う甘い時間も……?」
「それは……まぁ、うん……」
頬を染めながら、上目遣いで尋ねてくるワカモに、私も釣られて顔が熱くなる。
「では、先生――愛しいあなた様――また、近い内に」
「うん。またね。愛してるよ」
握った手を離し、狐坂ワカモは木造の橋を渡っていった。
横断歩道の向こうへ迷わず歩を進め、立ち並ぶシダレヤナギの向こうへ、小さな背中が消えていく。
ワカモが視界から消えていくのを見届けて、私も踵を返した。
白狐の仮面を小脇に抱え、貰った日傘で涼みながら、駅までの道を歩き始めた。
赤トンボが、私を先導するように前へ飛んでいく。
夏の終わりと、秋の始まりが、同時に近づいていた。
終わり
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