ーーーここは、どこ...?
なにをしてたんだっけ。
......おなかがすいた...
*
ある冬の日の放課後。
と言っても、もう暗くなってきていて、ほとんど夜と言えるだろう時間帯。
何となくまだ帰りたくなかったのであてもなく散歩していた。
ふと、ある路地裏が気になった。
路地裏なんて何もないはずで、むしろ危険で、だけど何かがある様な気がした。
あるいは思春期特有の非日常への期待があったのかもしれない。
どうであれ、それが人生を大きく左右する選択だったことに変わりはない。
*
薄暗い路地裏。
別に無法者がたむろしている訳でもないが、やはり少し不気味。
入ったことを少し後悔しつつも、心の赴くまま足を進めていく。
ふと、人影が近づいて来るのが見えた。それも高速で。
あからさまにチンピラですという見た目。
どうやら焦っている様でこちらを気にも止めずに走り去っていく。
..."何か"から逃げている。
この奥にいる何者かから。
ここまできて、漸く何かマズいことが起きてるのではないかと思い始めた。
しかし、同時に。
好奇心の首を絞める手も強くなってしまう。
「...ここだ。」
さっきのチンピラは、この曲がり角から出てきた。
勘違いかもしれない。
だが、強い予感がする。
気づけば辺りは闇に包まれている。
角を、覗き込んだ。
そこには、ポツンと人が1人。
黒い服は闇に紛れ、月明かりを反射している。
そして赤い目が妖しく浮かび上がる。
それ以上は見えなかった。
それが見えてしまった。
目に吸い込まれるような錯覚を覚える。
自然と足が近づいていく。
徐々に目が慣れ、その姿が見える様になる。
そこに居たのは、小さな女の子。
怯えた顔で震えていた。
「...!」
同時に、その異常さにも気づく。
頭に生えた小さな三角に、細長い尻尾。その先端はスペード型になっている。
淫魔。
本で見たソレと同じだ。
しかし、目の前の少女は、とても男を騙し精を搾り取るような存在には見えなかった。
「大丈夫?」
「っ‼︎」
「わわ、ごめんね、びっくりしちゃった?怪しい人じゃ無い...って、自分で言っても信用できないよね。」
彼女はひどく警戒している様だった。何か緊張をほぐせるもの...
「あ、チョコレート食べる?」
「!!!」
差し出すと、逡巡した後に恐る恐る手に取って匂いを嗅ぐ。
なんか、野良猫に餌をあげてるみたい。実際しっぽブンブンしてるし。
「おいしい...」
一度口にした後は、目を輝かせながらあっという間に平らげてしまった。おなかが空いていたのだろうか。
「ねえ。あなた、何でこんなところにいるの?」
餌付けというと聞こえが悪いが、これで多少は話しやすいだろう。
「...わからないです。気づいたらここに...」
「行くあては?」
「...無いです。」
「そっか...」
いわゆる訳アリというやつだろう。ふむふむ...
「ねえ、うちにこない?」
「!?」
まずい、一気に警戒されてしまった。
「いや、ここだと怖い人がきちゃうでしょ?落ち着けられる場所の方が良いかなーっ、て。」
いや、無理がある。いきなり家に連れ込もうとする様な人間を信用なんて
「......いいんですか?」
されちゃった。これは尚更保護しないとマズイかもしれない。
「よし、決まりだね!じゃあ、案内するからついてきて!」
そう言いながら羽織ってるローブを着せてあげる。そのままではあまりにも寒々しい。
「あ、ありがとうございます。」
彼女の表情が少し和らいだ気がした。
*
「ただいまー。って、誰もいないんだけどね。」
「お、お邪魔します。」
「ほら、座って座って。今お茶出すからね。」
「いや、流石にそこまでして頂くのも悪いです。」
「いーのいーの。いただきものがあるんだけど私はあんま飲まないから余ってるんだよね。」
「...ありがとうございます、頂きます。」
そう言って彼女は微笑んだ。その艶かしい服装と裏腹に、穏やかな笑みだ。
というか、すごい服だな。大事な部分しか隠せておらず、妙にテカテカしている真っ黒な服だ。淫魔は皆これを常に着ているのかな?着替えたりするのかな。
などど考えているとお湯が沸いたので、紅茶を淹れて自分も腰を落ち着ける。
「それで、何があったの?」
「...
そうしてたら、不良が来たんです。それで、触ろうとしてきた時に、腕を振り払おうとして、そしたら...その...う、腕が、折れたんです。そんなつもりじゃなかった。なのに、簡単に、骨が砕けて、そ、そんなつもりは、どうして」
「大丈夫、落ち着いて深呼吸して。だいじょーぶ、だいじょーぶ。」
そう言いながら背中をさすってやる。
「あ...スゥー...ハァー...ありがとうございます。落ち着きました。えっと、それでその後お姉さんが来たんです。」
「うーん...」
俺、と確かに言った。淫魔と言うのは魔力の吸収効率的には男を襲うことがほとんどだ。オレっ娘サキュバスなんてそうそういない。しかも、男を拒絶した?そんな訳ない。だが、事実逃げるチンピラを見ている。
まさかとは思うが...
「ねえ、見覚えがない場所って言ったよね。前はどこに住んでたの?国名は?」
「えっと、日本です。」
「...
「魔法?」
彼女は怪訝な顔をする。
「...本で読んだことがあるんだけどね、ごく稀に、別の世界からやってきたと言う人がいるんだって。その人は魔法がない世界から来て、突然何もないところに現れる。いわく..."転生者"って言うんだとか。」
「転生...って、ファンタジーとかでよくある...」
「それで、その人たちは性別も変わってしまうことがあるんだって。あなた、元男だったりする?」
彼女は気まずそうに答える。
「...それは、その...はい。でもこれ、性別どころか種族が違いませんか?魔法があるって、もしかして人型の別種族がいたり...」
「大変言いにくいんだけど、あなた多分、淫魔...サキュバスだよ。」
「.........???」
「男の姓を絞って生きる種族なんだって。」
「え?男の...?俺が?」
「うん。でも、良い話があって...って倒れちゃった!?」
*
「ーーーはっ!」
「あ、起きた?」
「...夢じゃなかったか...」
「残念ながら。」
「...俺、これからどうしよう。」
「ふふふ...そんなあなたに良いお知らせがあるんだよ。さっきは倒れちゃって言えなかったけど。
実はね、人間と魔族は"従魔契約"ができるの。そして、主と使い魔は魔力の受け渡しができる。サキュバスはね、魔力を得る最も効率の良い方法が男の精を絞ること。それには劣るけど、私と契約をすれば代わりに魔力を上げることもできるの。それに、あなたの力の制御もしやすくなる。だから、私と契約してくれない?
ーーこの、魔導学院でもトップの魔力量をもつアイリス・スターティアと!」
「魔導学院トップ...なんかすごそうですね!」
「そうだよ、すごいんだよ!まあ、技術はまだそこまでなんだけど...」
「でも、良いんですか?俺、まだこの世界のことすらよく知らないのに。」
「正直に言うとね、私は使い魔召喚が上手くいってなくて。だがら、召喚しないで契約できるあなたが最適なの。だから、必要なのはあなたの同意だけ。」
というか、正直な話その為に助けたのと心配だったのと半々だ。
彼女はしばらく下を向いて考えていたが、やがて顔を上げてこう言った。
「...わかりました。他に行くあてもないし、恩人ですから。お姉さんに恩返しできるなら、契約したいです。」
「よしっ契約成立!早速儀式しよ!」
「儀式...どうやってやるんですか?やっぱり魔法陣の上で...?」
「ううん、魔法陣は手に描くの。直接体に魔力を通せるからね。ほら、手出して。」
「はい。...んっ...ちょっとくすぐったいです。」
「そしたら、魔力を流し込むだけ。簡単でしょ?」
「詠唱とかもないんですね。」
なんか残念そうにしてる気がする。
「でも、瞬間的な大量の魔力移動には気をつけてね。きもちわるくなっちゃうかもしれないから。」
「そんなのもあるんですね、分かりました。」
「じゃあ...始めるよ。」
「...っ!ふっ、んぅ...」
儀式を始めると、彼女は苦しそうな声を出す。
だが、何と言うか...色っぽい。顔を上気させ悩ましげな声を出す彼女に少しドキッとしてしまう。
魔力を注ぎ続ける。
彼女と繋がっていくのを感じる。
手をぎゅっと握る。
彼女の体温を感じる。
そうしているだけで、なんだか満たされていくのを感じる。
...あなたも、そう思ってくれてるのかな。
今日会ったばかりだけど愛おしく感じるのは、きっとサキュバスの力のせいだ。でも、きっとそれだけでもない。
「はぁーっ、はぁーっ...♡」
「...」
儀式が終わっても、しばらくお互い見つめ合う。彼女となら、これからも上手くやっていける。そんな気がした。
「ねぇ、そう言えばあなたの名前、私が新しく決めても良い?」
彼女は顔を赤らめたままこくりと頷く。
「じゃあ...アリスちゃん!あなたは今からアリスちゃんだよ!」
「アリス...うん、よろしく。」
「ふふ、アリスちゃんかわいいー!」
「わぷっ」
抱きしめたらまた顔を赤くしていた。かわいい♡