一度、昨日のことを振り返ってみよう。
いや、振り返るまでもない。いつものように出社して、退社して、飯食って風呂入って寝た。それだけだ。それだけだったんだが...
「ここはどこだ?」
目が覚めたらやけに床が硬い、目を開ければ知らない路地裏。その上体の調子がおかしい。ていうかスースーする...
「...ん?」
そこで初めて自分の体を見る。
やけに肌面積の狭い服の下には、綺麗な白い肌。全体的に細く、筋肉も無い。男らしさなど微塵も感じない体つきだ。
自分が男らしい体だったと言うつもりもないが、少なくとも初対面の人に男と認識される程度にはそうだったはずだ。
髪の毛は黒いままだが、なんかすごい綺麗になってるし、すごい伸びてる。腰あたりまである。
しかも、腰あたりに違和感を感じて見てみると黒い何かが付いていた。取れそうにはない。というか引っ張ると痛い。
何より、男としてあるべきものが無い。何とは言わないが、ナニが。
慣れ親しんだ体とは何もかもが違う上、知らない場所に放り出された。
詰みですありがとうございました。
情報を集めようにも食料を集めようにもこの格好で出歩きたくは無いし...
古着とか落ちてないかな...
*
気づけば日が傾き始めている。
結局着る物は見つからず、食べるものもない。
お腹が空いた。喉も乾いた。それに...
強い渇き。何かはわからないが、体が何かを求めていて、気力も出ない。
「君、どしたん?こんな所にいたら怖い人が来ちゃうよ〜w」
「そうそう、君みたいな可愛い子は襲われちゃうよ〜w」
うわ何だこいつら。きしょ。
「あなた達は誰ですか?」
「うわ、めっちゃ警戒してんじゃんwそんな怖がんないでよw」
「君、家出?俺たちが保護しようか?」
て言うかこいつら、ローブとかマジ?ローブ陽キャとか初めて聞いたけど。
「え?無視?w」
「別に変な事しないってw」
こいつら...隙がない!なんて完璧なコンビネーション!
なんてことを考えてると、チンピラAがこちらに手を伸ばしてくる。
自分が性的な目を向けられていることが、異常に気持ち悪い。
「ッ触れんなっ!」
チンピラの手を振り払う。つもりだった。
ボキッ。
「...はっ?」
「え?」
はたいた音。いや、違う。そんな音ではなかった。
何が起きた?なぜ目の前の男はこんなに怯えた顔をしている?
「...いや、違う、そんな、これは俺じゃ」
だって、人間にはそんなことできない。
「あ、あ」
体から何かが抜け出て、いや、放出されてる感覚。
体の制御ができない。
体。知らない身体。
これは何だ?
自分は何になったんだ?
怖い。
たすけて。
「大丈夫?」
「っ‼︎」
「わわ、ごめんね、びっくりしちゃった?怪しい人じゃ無い...って、自分で言っても信用できないよね。」
先ほどのチンピラと同じローブを着た女の子。いや、今の自分からしたらお姉さんか。
橙の髪で、魔法使いのような帽子をかぶっている。いかにも元気っ子と言う見た目だが、陽キャの中ではローブが流行ってるのか?
「あ、チョコレート食べる?」
「!!!」
チョコ...!?
空腹を満たすだけでなく糖分まで...!?
もらって良いのか!?ほんとに!?
...信用して良いのか?
いや、信用するしかないのか?
ここを逃したら、頼れる人もいない。
野垂れ死ぬくらいなら、騙された方が...
「...」
壊さないように受け取る。
甘い空気が広がる。
口に入れると、久々の舌への刺激で脳が痺れる。
気がつけば食べ尽くしてしまった。
「ねえ。あなた、何でこんなところにいるの?」
「...わからないです。気づいたらここに...」
「行くあては?」
「...無いです。」
「そっか...」
「ねえ、うちにこない?」
「!?」
こいつ、正気か!?
いきなり素性もわからない明らかに訳ありなやつを家に連れ込むのか!?
「いや、ここだと怖い人がきちゃうでしょ?落ち着けられる場所の方が良いかなーっ、て。」
聖人にも程がある。いや、騙されてるかもしれんが、いずれにせよ信じるしかないし。
「......いいんですか?」
「よし、決まりだね!じゃあ、案内するからついてきて!」
そう言いながらお姉さんは着ているローブを被せてくれた。
あったかい...落ち着く...
「あ、ありがとうございます。」
そのあたたかみが、今はひどく落ち着いた。
*
「ただいまー。って、誰もいないんだけどね。」
「お、お邪魔します。」
「ほら、座って座って。今お茶出すからね。」
「いや、流石にそこまでして頂くのも悪いです。」
「いーのいーの。いただきものがあるんだけど私はあんま飲まないから余ってるんだよね。」
「...ありがとうございます、頂きます。」
一口飲めば、体の芯から温まる感覚がする。
服が服なので、とてもありがたい。
「それで、何があったの?」
「...俺は、気づいたらこの姿であそこにいたんです。いつも通り寝て起きただけの筈なのに。街並みすら見覚えのない場所で、こんな格好で人に会うこともできないので、あそこで隠れてたんです。最も、寒いしお腹空くしでいずれはどうにかしなきゃいけなかったんですけど...
そうしてたら、不良が来たんです。それで、触ろうとしてきた時に、腕を振り払おうとして、そしたら...その...う、腕が、折れたんです。そんなつもりじゃなかった。なのに、簡単に、骨が砕けて、そ、そんなつもりは、どうして」
「大丈夫、落ち着いて深呼吸して。だいじょーぶ、だいじょーぶ。」
お姉さんは背中をさすってくれる。
「あ...スゥー...ハァー...ありがとうございます。落ち着きました。えっと、それでその後お姉さんが来たんです。」
「うーん...」
なんて、言ったところでどうしようも...
「ねえ、見覚えがない場所って言ったよね。前はどこに住んでたの?国名は?」
「えっと、日本です。」
「...魔法ってあった?」
「魔法?」
急に何の話だ?
「...本で読んだことがあるんだけどね、ごく稀に、別の世界からやってきたと言う人がいるんだって。その人は魔法がない世界から来て、突然何もないところに現れる。いわく..."転生者"って言うんだとか。」
「転生...って、ファンタジーとかでよくある...」
「それで、その人たちは性別も変わってしまうことがあるんだって。あなた、元男だったりする?」
それは...言ってもいいものだろうか。
「...それは、その...はい。でもこれ、性別どころか種族が違いませんか?魔法があるって、もしかして人型の別種族がいたり...」
信じ難いが、本当ならこの尻尾のこともわかるのかも。
「大変言いにくいんだけど、あなた多分、淫魔...サキュバスだよ。」
「.........???」
さきゅ、ばす?
「男の性を絞って生きる種族なんだって。」
「え?男の...?俺が?」
「うん。でも、良い話があって...って倒れちゃった!?」
*
「ーーーはっ!」
「あ、起きた?」
ここは...?ああ、そうか、そう言えばお姉さんに拾われたんだった。
「...夢じゃなかったか...」
「残念ながら。」
「...俺、これからどうしよう。」
「ふふふ...そんなあなたに良いお知らせがあるんだよ。さっきは倒れちゃって言えなかったけど。
実はね、人間と魔族は"従魔契約"ができるの。そして、主と使い魔は魔力の受け渡しができる。サキュバスはね、魔力を得る最も効率の良い方法が男の精を絞ること。それには劣るけど、私と契約をすれば代わりに魔力を上げることもできるの。それに、あなたの力の制御もしやすくなる。だから、私と契約してくれない?
ーーこの、魔導学院でもトップの魔力量をもつアイリス・スターティアと!」
すごい!何を言ってるのかよくわかんない!
「魔導学院トップ...なんかすごそうですね!」
「そうだよ、すごいんだよ!まあ、技術はまだそこまでなんだけど...」
「でも、良いんですか?俺、まだこの世界のことすらよく知らないのに。」
「正直に言うとね、私は使い魔召喚が上手くいってなくて。だがら、召喚しないで契約できるあなたが最適なの。だから、必要なのはあなたの同意だけ。」
正直予想外の展開すぎるが、腹は決めてる。お姉さんを信用するしか道はないのだから。それに...たくさん優しくしてもらったし。
「...わかりました。他に行くあてもないし、恩人ですから。お姉さんに恩返しできるなら、契約したいです。」
「よしっ契約成立!早速儀式しよ!」
「儀式...どうやってやるんですか?やっぱり魔法陣の上で...?」
浮かび上がる魔法陣の上で盟約とかするんだろうか。男心がくすぐられる。
「ううん、魔法陣は手に描くの。直接体に魔力を通せるからね。ほら、手出して。」
「はい。...んっ...ちょっとくすぐったいです。」
「そしたら、魔力を流し込むだけ。簡単でしょ?」
「詠唱とかもないんですね。」
ちょっと残念。
「でも、瞬間的な大量の魔力移動には気をつけてね。きもちわるくなっちゃうかもしれないから。」
「そんなのもあるんですね、分かりました。」
「じゃあ...始めるよ。」
流し込まれる。
あたたかい何かが流れ込んでくるのを感じる。
「...っ!ふっ、んぅ...」
ずっと続いていた渇きが満たされていくのを感じる。これが魔力...
「はぁっ、んっ」
ここちいい。きもちいい。
求めていたものがもらえて、もっと欲しくて、お姉さんの手に縋り付くように両手を絡める。
「ふぅっ♡ふぅっ♡」
もっと、もっと、ほしい...
「あっ..」
お姉さんの手が離れてしまう。
やだ。やめないで。もっとほしいのに。
「はぁーっ、はぁーっ...♡」
だんだん思考がはっきりとしてくる。それと同時に、羞恥心も襲う。自分は何をしてたんだ...
「ねぇ、そう言えばあなたの名前、私が新しく決めても良い?」
...未練がないと言えば嘘になる。でも、このまま過去にしがみつきたくもない。
どうせ人生を預けてしまったんだ。お姉さん...いや、ご主人の従魔として生まれ変わろう。俺は頷く。
「じゃあ...アリスちゃん!あなたは今からアリスちゃんだよ!」
「アリス...うん、よろしく。」
良い名前...だと思う。自分はこれからアリスとして生きていくのだ。
悪い気はしなかった。むしろ、何だか嬉しくなってくる。
「ふふ、アリスちゃんかわいいー!」
「わぷっ」
ちょ、胸が当たってます!‼︎困ります!ご主人様!あー!困ります!あー!