「25歳でお互いフリーだったら結婚しよう」なんて他愛もない約束を覚えていたダウナー系絵描きの幼馴染に筆おろししてもらって「約束通り」になる童貞の話 作:夜の機動戦士
<プロローグ>
アブラゼミが騒ぎ始める、ある夏の午後。ランドセルを担いだ二人の小学生が、日陰を求めて帰路を行く。少年は丸首Tシャツの襟を摘まんでなけなしの風を送り、少女は小さな団扇をひっきりなしに扇いでいた。
「ショー君さ、将来の夢、何て書いたの?」
「何も書いてない」
「まだ決まってないの? もう二分の一成人式も終わったじゃん」
「俺たち、たかだか10歳だろ。よく分かんないって。そういう美春はどうなんだよ」
「漫画家って書いたよ」
美春と呼ばれた少女はあっけらかんと答えた。肩まで伸ばした黒髪が、ひゅうと吹いた夏風になびく。厚い教科書の隅に最後のページまで描かれたパラパラ漫画が、翔真の脳裏をよぎった。
――美春は本気なんだ。手が空いたら、ずっとマンガ描いてるもんな。
こめかみを汗が伝う感覚に、翔真は溜息をついた。
「やりたいこと、見つけておいたほうがいいよ」
「〝目標が決まっていれば、お勉強も楽しくなりますよ〟だっけ。まぁ、その通りだとは思うけどさ」
「勉強は嫌い?」
「あんまり好きじゃない。難しいじゃん」
「できたら楽しいよ」
「できたら、だろ」
翔真はランドセルの背負い紐をぎゅっと握った。喉の奥から溢れかかった一言を飲み込んだ。八つ当たりみたいで、情けないと思ったからだ。翔真は再び溜息をついた。
会話の空白を、蝉時雨が埋め尽くしていく。二人は意味もなく、横断歩道の白線を選んで踏み進めていた。ふと、美春が身を乗り出し、翔真を覗き込んだ。
「結婚って何歳ぐらいにするものだと思う?」
「はぁ、結婚?」
「18歳じゃ早すぎるよね。何歳ぐらいがいいのかな?」
「お前、そんなことまでもう考えてるの?」
「考えないの? ねぇ、ショー君は何歳で結婚したい?」
「えぇ……? うーん、25歳、とか?」
何となく出てきた数字だった。だが、その直後に、翔真は思い出す。確か、結婚した時にそれぐらいの年齢だったと、母親が言っていたのだ。両親が険悪になっているところを、翔真は見たことがなかった。
今から15年後、自分は何をしているのだろう。こんがり日焼けした肌に、汗の雫が浮かぶ。この気温で真面目なことを考えるのが面倒くさくなって、翔真は夏の熱気に思考を放り投げた。
「25になって、結婚相手が見つからなかったら?」
「知らないよ、そんなの」
「まぁ、分かんないよね。アタシも分かんないもん。見つからなかったらどうしよう」
「気が早くないか? 今から心配することじゃないだろ」
横断歩道を渡り切って、二人は街路樹の下に身を寄せた。あと数分も歩けば上條家――美春の家に辿り着く。青々した並木道が前方に続く。木々の間を風が通り抜けるたびに、常緑樹の葉が音を立ててざわめいた。
「ねぇ、ショー君。約束しない?」
翔真の鼻先に、美春が団扇を突き付けてきた。花の蕾みたいな唇をきゅっと結んで一呼吸。それからゆっくりと、美春は口を開いた。
「もし、25になって、お互い誰も相手がいなかったらさ――」
<1>に続く
<1>に続きます