※この作品はR-18です。

あるおとこのこの転落人生   作:坂井かおる

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 最近ちょっと疲れてると思う。朝起きるのも一苦労だ。身体が思うように動かない。よいしょっと勢いをつけないと、ベッドから起き上がれない。出かける前、お化粧するために鏡の前に座ると、以前よりずいぶんやつれた感じの自分が、ボクを見返してくる。だから、お化粧してごまかす。

 ちょっと身体を酷使しすぎてると思う。デリの仕事がきついんだ。店長は、ボクを手放そうとしない。本心ではもっと入って欲しいみたいだけど、疲れたボクの顔を見て、言い出せないみたい。最近では、ボクがしてあげようとしても、いいからそれより休めって言ってくれる。

 新しい部屋は、大学のそばの部屋に比べればずっと家賃も高いしきれいで立派だけど、都会の真ん中でつまんないし、いまいち馴染めない。駅からもすぐの商店街の中だけど、全然緑がないんだ。駅前にわずかばかりの街路樹があるけど、小さくて、ひねこびて、生きていくのが辛そう。とても見てられない。

 たまに休みの日に、体に鞭打って大学のそばの部屋に行く。このあたりは緑が多くて、ボクは少しだけ元気を取り戻す。でも、部屋は必要な荷物を運び出してしまったから、ちょっとがらんとしてる。

 

 カフェでの仕事は、今では週1くらいになってきた。本当はもっと行きたいのに。

 ヨウカちゃんにも心配そうに言われちゃった。

「ねえ、カオルちゃん、最近疲れ切ってるように見える。大丈夫?」

「うん、平気」

「大学が忙しいの?」

「うん…」

 リョウはまだ彼氏との仲は続いてるみたいだ。元気いっぱいで楽しそう。もう嫉妬したりはしないけど、その明るい様子がちょっと恨めしい。もちろん、あれ以来リョウとホテルに行くことはない。心配そうにこっちを見るリョウがちょっと煩わしく感じちゃう。こんなふうに思っちゃだめなのに。

 みんなとの間に、目に見えない透明な壁を感じちゃう。ボクもそっち側にいたいのに。

 何かに引きずられるように、ボクはカフェの子たちから引き離され、薄暗い宵闇の中に引っ張られていく。

 マヒルさんのボクを見る目は心配そうだけど、どこか冷静だ。

「ちょっとやつれたんじゃない?」

「そうですか?」

「ちゃんと食べてる?」

「はい」

 ふふふ、何だか世話好きのお姉さんか、若いお母さんみたい。ボクには姉はいないけど。優しいお姉さんって、憧れたなあ。

「なんか変なことに巻き込まれたりしてない?」

「そんなこと全然ないですよ? えへへ」

「本当に?」

「心配しすぎですよ」

「…それならいいけど。何かあったら、相談してね、約束して」

「はい! でもなんにもないから大丈夫です」

 この子たちまで巻き込むわけにはいかないんだ。

 ボクはこのカフェと、ここの子たちが大好きだ。いつまでも一緒にいたいなぁ。でも、そろそろ限界かもしれない。

 

 竜野さんと会うのも、間隔が開いてきた。週2で会っていたのが、週1になり、10日に1回になりと、だんだん減ってきた。時には、とても疲れて面倒くさいと思うことすらあった。

 うん、本当は分かってるんだ。竜野さんは、ボクを喰いものにしてる。ボクはいいように使われて、搾取されてるだけなんだ。でも、断れない。ボクにはまだ竜野さんが必要だ。竜野さんに抱いてもらえないと、ボクの身体はひどい渇きを訴えてくる。別に騙されててもいいから、すがりついてろってボクに命令してくる。ボクの身体は、すっかり竜野さんに調教され、作り変えられてしまった。竜野さんなしではいられない。

 でも、一度生じた不信感は、消えることはない。

 竜野さんの腕の中にいても、以前のような安堵感はあまり感じない。でも、ボクの身体は竜野さんを強く求める。

 この身体と心が引き裂かれたような感覚に、ぼくはすりきれてしまいそう。まるで蜘蛛の巣に捕らえられた蝶みたいだ。

 

 そんなある日、初めてのお客さんからの指名があった。

 ホテルで待ってるという。指定された部屋に向かい、ノックする。

「失礼します」

「どうぞ」

「お待たせしました、いおりです、初めまして」

 にっこりと笑って、こちらを振り返ったお客さんの顔を見た。見覚えがある。確か、男の娘カフェで何度か見たことがある顔だ。40歳くらいの、色黒の会社員の人。確かリョウがオキニじゃなかったっけ。何度かデートに誘われて、丁寧に断ったって言ってた。

 やばい。でも、十分あり得ることだ。というより、今までなかったのが不思議なくらいかも。

 お店のHPの写真は、手で目元を隠してるから、絶対わからないはず。だから、これは偶然だろう。たまたま、引き当てられちゃった。

 ボクは、うつむいて部屋に入る。どうしようどうしよう、いくら名前を変えて、ウィッグをつけ、化粧を変えてたって、そんなの焼け石に水だよね…声だってそのまんまだし。

「あれ?」

 ボクの顔をじっと見つめる。ボクは身体を固くした。

「ねえ、キミ…アリーズのカオルちゃんじゃないの…だよね?」

 今さら誤魔化しても意味ないか。これからすることを考えたら、もっと近くで顔を見られるんだから。バレないわけがない。

「はい…」

「うーん、まさかキミがこんなところで? こんなことしてるなんて」

「…」

「副業ってとこかい?」

「いえ、ちょっと訳があって」

「お金に困ってるの?」

「そういうわけじゃないですけど」

 ずけずけと聞いてくる。なんか悪い人に見つかっちゃったか…

「いやあ、びっくりだねぇ」

「あの!」

「ん?」

「…カフェでは、ここのこと、秘密にしててもらえませんか?」

「内緒でやってるんだ」

「はい…」

「だよねぇ」

「バレたら、クビになります、だから」

「もちろん秘密にしとくよ。安心して。っていうか、なんか興奮するね、内緒で逢引してるみたいでさ。カオルちゃんが相手してくれるなんて、信じられない」

 楽しそうに笑うお客さん。

 ボクの手をとって、浴室に向かった。

 

 その後、さんざんボクを好きに弄んだあと、隣に座らせた。ボクは行為に疲れ果て、ぐったりしてた。バレたショックで、全然集中なんてできなかった。ただ、いいようにされただけだ。

「まさかカオルちゃんがこんなエッチな子だなんて、思いもしなかったよ」

「ここではいおりって呼んでください」

「いいじゃん、そんなのどっちでも」

「そういうのはきちんとしたいんです」

「ふーん、そう? それよりさ」

 ボクの肩に腕をまわしてきた。

「どうかな、これからたまに外で会えないかな」

「え、そういうのはちょっと」

「そしたらさ、秘密にしといてあげるからさ、ね?」

「…」

「たまにでいいんだよ。カオルちゃんだって、こういうの嫌いじゃないんでしょ。もしかしてカフェのお客さんとも結構しちゃったりしてんのかな?」

 要するに、秘密にしとくから、そのかわりこれからいつでも好きにやらせろってこと?

 ああ、まただ。面倒だからって後回しにしたり、なかったことにして、後でそのつけを何倍も払わされるパターン。最悪。

 そんなの嫌に決まってるじゃん、ボクは抱かれて、お金もらってんだよ。何でタダであんたなんかに抱かれなきゃいけないんだよ。ボクとエッチしたいなら、ちゃんとお金払ってよ! そうすればいくらだってしていいからさ!

 それにそんなことしてバレたら、カフェもデリもどっちも放り出される。店長の好意にすがればクビにならなくてすむかもしれないけど、絶対なにかペナルティは課されちゃうに違いない…怖い。

 有無を言わさず、連絡先を交換させられた。断ったら、何されるか分からなくて。後でブロックしてやる。

 店長には、今の客はNGにしてもらおう。店外デートにしつこく誘われたっていえば、出禁にしてもらえるはず。

 でも、こうなった以上、もう仕方なかった。ボクはカフェを辞めることにした。辞めるしかなかった。辞めた後にばらされるかもしれないけど、その時はその時。もう構うもんか、とボクは投げやりに思った。

 どうせ、そのうちそうせざるをえなかったんだ。ボクはそう自分に言い聞かせて、納得しようとした。実際、その通りだと思うし。

 でも、くやしかった。

 カフェはほんとに楽しかった。カフェの子たちは、今のボクにとって、わずかに残った光だったんだ。

 いくらエッチが好きだと言っても、やっぱりお金のために身体を売ってるというのは、心が少し痛かった。だって、そういう価値観のなかで育ってきたんだもん、仕方ない。いくら普通の労働と大して変わりはないと頭では考えていても、やっぱり後ろめたい気分は少しあって、少しずつではあってもそれは心を蝕んでくる。気づくと、すっかり食い荒らされてる。もうボクの心は、虫食いのあとだらけだ。

 カフェは、そんなボクの心を満たし、癒してくれる唯一の場所だった。

 ボクの居場所って、もうどこにもないのかなって思った。男の娘デリが自分の居場所だとは、到底思えなかった。他の子たちには蛇蝎のごとく嫌われてるから、居心地悪いし。

 

 カフェを辞める時のことは、あんまり思い出したくない。辛かった。知らないうちに、涙が零れてきた。

 大学が忙しくなってと嘘をついた。嘘ばっか。嘘は増殖する。一度、なんとはなしについた嘘でも、断ち切ることができないと、次の嘘、また次の嘘と際限なく増え続け、やがて自分がその嘘に呑み込まれてしまうもんなんだね。

 みんな、また来れるようになったら絶対戻ってきてって言って、ぎゅっとしてくれた。ボクも来たいよ、帰って来たいよ。でも、復帰できる日が来るのかどうか、ボクにはそんな未来が到底想像できない。

 ヨウカちゃん、ごめんね、せっかく紹介してくれたのに。ボクはもうみんなと違って、ひどく薄汚れちゃったんだ。だから、ここにいたらみんなに迷惑をかけちゃう。

 でもまた会えるよね? このままもう会えなくなるなんてことはないよね?

 ボクの世界はどんどん狭くなる。押し潰されそうだ。誰か助けて。

 

 デリの仕事の帰り、ボクは注意深く周囲を確認して、こそこそ帰るようになった。ナツキに見つからないようにするためだ。ありがたいことに、あれからしばらく見てない。

 あの子、とんでもないSだ。次に会ったら、また弄ばれるかもしれない。ボクと相性がよすぎる。

 屋上で脱がされた時の屈辱感とくやしさを思い出した。頭の後ろがつーんと痺れたようなあの感覚を思い出すと、体の奥から猛々しい情欲がじわじわと湧き上がって来て、ボクをすっぽりと包み込んで放さない。

 羞恥と屈辱で打ちのめされてるボクを見てる時の、あの悪魔めいたにやにや笑い。自分の立場の強さをそれとなく強調する有無を言わさない口ぶり。すべての要素が、ボクを形作るピースとぴったり符号し、ぱちぱちと音を立てて嵌っていく。

 そいて多分、向こうも気づいてる。ボクが打ちのめされながらも、それを心の中では求め、被虐欲を満たしてることに。

 だめだ、これに溺れたら、もうボクは再び普通の世界に戻れなくなる。泥沼の中に嵌り、呑み込まれ、もう二度と戻れなくなってしまう。

 ボクは小走りに、暗い街なかを逃げ回る。ナツキはボクをつけ狙うこの街の妖精だ。弱々しくかわいらしい妖精じゃない。ぱっと見はそう見えるかもしれないけど、どこにでも現われ、人をかどわかし喰い尽くす、サディスティックで可憐な妖精。絶対捕まらないようにしなきゃ!

 そんなボクの腕を、思いもよらない横の暗がりからぬっと現れた細い手が掴む。

 心臓が抜かれそうな衝撃。

 振り返る。ちっちゃくてスリムな人影から伸びた腕が、ボクを絡めとっている。暗くて顔はよく見えない。ナツキの粘っこい声がした。

「なんで逃げてんのぉ?」

 声にならない声が漏れた。くすくす笑う影。

「ねえ、また遊ぼうよ、そんなこそこそしてても、ぜーんぜんだめ。あたし、ここらへんのこと全部知ってるって言ったでしょー?」

 腕を振り払おうと力を込めて引っ張ったけど、全然離れなかった。

 ボクの心が絶望と期待で黒く塗りつぶされていく。ボクはぜーぜーと荒い息をした。

 暗い影の中に引っ張り込まれる。その力は思ったよりも強い。ううん、ボクが弱いだけかも。いつの間に、こんなに弱くなっちゃったんだ?

「最近は景気良くないから、空き室が多いんだよね。人に見つかんないようにしないといけないのはタルいけどぉ、そんなとこいっぱいあるんだ」

 すっかり存在を忘れ去られたような裏口から、ビルの中に入る。ナツキは自由自在だ。どこでも自分の思ったところに行けるみたいだ。ボクには暗くて何もよく見えない。

 ぎぃーと鈍い音をたててドアが開く。高い窓の部屋に入った。間接的に差し込んでくる街灯の光で、ぼんやりと、ソファや机、椅子が乱雑に置かれてるのが見える。紙切れやなぜか木材なども散乱してる。

「ねえ、もうやめてよ…ボクは見つかったら、きっとただじゃすまないよ」

「そうねぇ、もしかして、殺されちゃうかも?」

「…」

「でも、そんなのあたしの知ったこっちゃない。だってあんたはあたしのおもちゃなんだから」

「いい加減にしてよ!」

 ボクは声を大きくした。冗談じゃないんだ、ほんとに何されるかわかんないんだ。

「人をなんだと思ってるの? ボクはきみのおもちゃじゃない!」

「おもちゃだよぉ。だって、きみ自身、そう願ってるじゃない」

「願ってなんかない!」

「うそ。あははは、この前あんな目にあったくせに、あんなおっ立てちゃってたくせにさぁ、それで願ってないとか言われても、ぜーんぜん説得力ないんですけどぉ?」

 ナツキが、ボクの下半身をぎゅっと握った。それはもうとっくに元気になってた。ボクはうっとうめいて、ナツキの手を握り引き剥がそうとしたけど、力が入らなかった。

 ナツキはぷっと吹き出す。

「ほーら、もうこんなになってるじゃない? あたしに…逆らうな!」

 ナツキはボクを蹴り飛ばした。ソファに倒れ込むボク。

「あんたは黙ってあたしの言うとおりにして、びくびく従ってればいいの。ただ泣きながら言いなりになってればいいの。あんたもそれで気持ちいいでしょ? そうすれば、あたしは、カオルちゃん、あんたを愛してあげられる。心も身体も、ぜぇんぶ愛してあげる。もしバレて、あんたがぼろぼろに壊れていなくなったら、あたしはあんたをずっと忘れずにいられる。きっと、あんたの思い出が、ずっとあたしを責め続けて、あたしは人間のままでいられる。だぁかぁらぁ」

 倒れて座り込んだボクに近づいて、顔を寄せてきた。目が淡く光ってた。

「あたしのために死んで?」

 ボクは怖くて動けなかった。スカートをまくり上げられ、下着が剥ぎ取られるのを感じた。ボクのものは、痛いくらい大きく硬くなってた。

 自分の下着を脱ぎ捨てると、ナツキはボクの上にまたがってきた。すごく狭くてきつい。根元まで挿入すると、ゆっくり動き出した。

 熱い息が顔にかかる。ボクの唇がナツキのそれでふさがれた。ぬめぬめした不定形の生き物が、ボクの口の中に侵入してきた。それはボクを残らず喰いつくそうとして動き回る異物だ。その「生命感」は、ボクをひどく恐怖させ、嫌悪させた。

 でも、自分にも同じものがついてるのだ。こんな不気味なもの、いらないのに。ナツキのそれとボクのそれが出会い、お互いに求め合って絡み合う。気持ち悪い! ふたりの唾液が混ざり合って、口元から流れ出て襟元を濡らす。

 首を絞められると、気持ちよくなるなんて知らなかった。気持ちよくて、気が遠くなる。ボクはナツキの手首を掴んでぎゅっと握った。引き離そうとしたのか、離すまいとしたのか、ボクにはもう分からない。

 むっと息がつまりそうな匂いと、ナツキの押し殺した喘ぎ声と、交合のいやらしい音が暗い部屋の中に充満する。

 ここでこのまま、ナツキに縊り殺されるのかなってふと思った。

 もういいか。何だかもう、どうでもいっか。

 こんなに気持ちいいなら、もういいんじゃないかな…ナツキの中は、とろとろで溶けてしまいそうだった。このまま溶けてなくなっちゃっても、いいかも…

 動きを止めて、背筋を伸ばし身体を震わせるナツキ。ひとりで勝手にイったナツキは、一息つくと自分の手を掴んだボクの手を乱暴に振り放して腰を上げ、ボクのものを抜いてすっと身体を離した。

 え? え?

「あ、まだ…」

「何言ってんの。あたしの中に出せるとでも思ったの?」

「え、そんな…待って」

「あたしの中でイこうなんて、百年早いよ?」

 いきなり欲情を向ける先を失い、ボクは気が狂いそうだった。もうちょっとだったのに。もうちょっとですべて出せたのに。ボクの直線的にナツキに向けられてた情欲は、行き場を失ってうねり、部屋中を埋め尽くす。ナツキはさっさと脱ぎ捨てた下着を拾い上げ履いていた。

「ねえ、お願い、最後までイかせて、ねえ?」

「そんなにイきたいの」

「イきたい! こんなのひどいよ、お願い、お願いします、イかせてください!」

「うるさいっての! あんたにはこれがお似合いよ」

 靴で踏みつけられた。ボクは身体をよじらせて、逃げようとする。痛いいたい! ひどいよ!

「靴が汚れるのもやだなぁ。ああそうだ、自分で出すとこ、見せてよ。見ててあげるからさぁ?」

「やだ…やだよ」

「やれよ」

 ボクの様子を嘲るように見下ろすナツキ。ボクはこれ以上はないみっともない姿を晒しながら、ナツキの愛液で濡れた自分のものをそろそろと掴んだ。自分の意に反して、手が勝手に動いてしまう。

「どう? 気持ちいい?」

「うう…」

「ほら、もっと真面目にやりなよぉ。早くしないと、もう行っちゃうよ?」

「待って…行かないで…」

 あんまり出なかった。当然だ。今日は仕事で何度も出してるんだから。でも飛んだ一滴が、ナツキの顔にかかったみたいだ。

「うわかかっちゃったじゃない! きもいよ、もぅ。ああ、罰としてこれはもらってくから。そんじゃね」

 手で頬を拭い、その指をぺろっと舐めると、何かを拾い上げ、さっさとドアを開けて出て行ってしまった。

 あとに残されたボクは、ソファにもたれてひどい恰好をしたまま、呆然としてた。

 ひどい屈辱感と快楽に打ちのめされ、ボクは涙ぐみながら暗い天井を見上げた。

 じっとりとした部屋の闇が、今のボクにはひどく快い。

 

 最後にナツキが持って行ってしまったのは、ボクの下着だった。

 ボクはふらふらと外に出ると、ずっと背負ったままだったリュックを手で持って、前を押さえつつ駅に向かった。薬のせいもあるけど、全然おさまらない。皆がこっちを見てるように感じられる。ひどく頼りなく、落ち着かない気分。

 星もない空は、街の明るい光に照らされて、蒼鉛の色に染まってる。歩く人はみな顔がなかった。

 

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