バンド活動は、出来上がってきたシンジの歌詞にボクが曲をつけ、練習と曲の練り上げに入ってた。
作曲といっても、1音1音すべてをかっちりと決めるわけじゃない。全体の流れは、ざっとパソコンで打ち込みで作った音と、ごく簡単な譜面で教えておく。
ドラムであれば、アクセントだけ決めて、基本のパターンはパソコンで打ち込んだものをベースに、リエさんに作ってもらう。一部他の楽器と合わせたいところだけ、詳細に決める。ボクはドラムを叩けないからね。
こんな感じでとゆるく説明すれば、リエさんは「こう?」とか言って、実際に叩いてくれる。
キーボードは、打ち込みではほんとにざっとコードを流しているだけだ。
曲のコードと、やはりキメて欲しいところのパターンだけ決めて、細かいところは御園さんにまかせる。ここはエレピでちょっと動いて、とか、ここはぼわーっとしたシンセのパッドで、とか、そんな感じで伝えるんだ。御園さんはエレピであればウーリッツァーの音色が好みなので、思ったよりソウルフルな演奏になったりする。ちょっとびっくり。面白い。
ギターについても大体同じ。でも、シンジの好きなパターンは分かっていて、そういう感じでざっと打ち込んでるから、シンジにまかせても、その雰囲気をそのまま引き継ぐ感じでやってくれる。
シンジが気持ちよく弾けるようにしてあげればいいんだ。
ただそれだけでなく、シンジにとって新しい要素、練習しないとできないような部分を入れるのも大事。それがないと、手癖だけで全部できちゃうから、弾いてる本人にとってもつまらないし、発展もない。
これは他のパートについても言えることだけど、演奏してる人にとっても、演奏しながら自分たちの想像を超える部分が欲しいんだ。
全体で練習しながら、細かいところを決め、リズムやコードを全員で合わせて調整していく。
ボクは、このみんなで練り上げて作り上げていく感じが好き。最初の自分のイメージから段々離れて、まるで別のものになってしまうこともあるけど、むしろそれが楽しい。
メンバー4人の、それぞれ違う感性が寄り集まって、徐々にひとつの形になっていく。
多分これを突き詰めていくと、さらに前衛的になっていくんだろうけど、やっぱりある程度ポップじゃないと、楽しんで聞ける人がどんどん少なくなってしまうのだと思う。そういう突き詰めたものも面白そうだけど、今のボクとしてはたくさんの人に聞いてもらいたいからね。ある程度の枷は必要だ。
幸い、男の娘カフェのバイトのおかげで、経済的にも時間的にも結構ゆとりができてきた。まあ授業は若干しわ寄せがきてるかもだけど…
ボクはリエさんのドラムが好きだ。
けっしてハデじゃないけど、きちんとリズムをキープしてくれるし、ポイントも堅実におさえてくれる。だから、ベースも結構自由に動ける。自分が自分がってタイプとは逆。
でもひとつひとつの音のアクセントが効いてるので、とても気持ちいい。
口調はちょっと荒いけど、性格は言葉のイメージとはちょっと違うのかな。
きれいな髪を汗で濡らしながら、叩く姿を見るのが好きだ。汗まみれの引き締まったスレンダーな身体は、ボクの心をがっちりつかんで離さない。胸はそんなにないけど、ミウちゃんみたいに発展途上ってわけじゃない。その姿は、なんて魅力的なんだろう。
練習をはじめて数週間たつころには、ボクはすっかりリエさんに恋してしまってた。
男の娘カフェで知った、ボリス・ヴィアンの『うたかたの日々』。最初、ボクは御園さんって本好きそうだし気に入ってくれるかなと思って、貸してみたんだ。数日して、「うーん、これはちょっと…」といって半笑いで突っ返された。
あれえ、気に入ってくれそうだと思ったんだけどな。まあアクが強い小説からね…
次に、リエさんにも貸してみた。あんまり趣味あわないかなと勝手に思ってたんだけど、リエさんはすごく気に入ってくれた。ちょっとおどろいた。2日で全部読んでしまったリエさんはこう言う。
「こういうの、弱いんだよ」
こういって、少し恥ずかしそうに笑った。
これで、ボクのリエさん好き度が、一気にメーターを振り切ってしまったわけだ。
こうなると、ボクはもうわき目もふらない。他の人が苦笑いするほど、リエさんに突撃しちゃうのだ。
リエさん、リエさんと、ことあるごとに、話しかけるボク。ドラムとベースだから、コミュニケーションが多くてもおかしくないよね。
昨日街に行ったらかわいいのみつけました! とかいって、ねこのキーホルダーを買って、プレゼントしたり。それもみんなの前で。実は自分の分も買ってあって、隠しおそろいグッズになってるんだ。
好き好き光線を出しまくってまとわりついてくるボクに対して、リエさんは、困ったように笑って、ボクの攻勢を受け流そうとする。
「バンドがダメになるのってさ、9割恋愛だから…」
「あたしはかわいくないからさ、カオルくんはもっとかわいい子、いくらでも捕まえられるでしょ」
「今は恋愛とかより、バンドが面白いかな」
「好みはどっちかというと年上かなぁ」
何度もボクをやんわりとかわそうとする。でも、はっきりとは拒絶しないんだね、リエさんは。多分バンドのことを優先して考えてるんだと思う。
それはわかる。でも、ボクの心はわがままだ。リエさんが欲しい。リエさんをボクだけのものにしたい、他の人にとられたくない。リエさんだけのものになりたい。
いくら抑えようとしても抑えきれないんだ。…まだ、はっきりと告白したわけじゃないんだけどさ。
リエさんは多分彼氏とかはいないと思う。ほんとのところはわからないけど、そんな気がする。
考えたくもないけど、たとえ恋人がいたところで、ボクのやることは変わらないよ。ひどい泥棒猫になっちゃうけど、いいじゃん、ねこかわいいじゃん。
そういうのって、だめなのかな。
ボクには何がだめなのか、全然わからない。
好きな人に好きって言っちゃだめなの?
シンジは、ちょっと困ったように笑ってる。
御園さんは、明らかにそんなボクが気に食わないみたいだった。
生協で、御園さんとばったり出くわした。ボクはクラスの友だち数名と一緒にいた。御園さんは、ちょっとためらって、ボクに近寄ってきた。
「吉田くん、ちょっといいかな」
どう見てもなんか言いたげだし、リエさんのことに決まってる。
正直いって、ボクは御園さんがいまいち苦手だった。あんまり感情を表情として出さないタイプだし、言う時はビシビシきついことも言ってくる。
練習でも、「ここのコード進行のテンションおかしくないですか」とか言ってくるし、まあ音楽的な面ではそれで気づくことも多々あったし、すごく助けにも参考にもなるんだけどさ。
ユウキや同級生たちは興味深げにこっちを見てる。御園さん、一見癖は強いものの、やっぱりかわいいしね。
「あ、ごめん、今からみんなでお昼なんだ」
「いいじゃん、こっちは気にすんなよ。行ってこいよ」
同級生たちが余計なことを言う。
「でもそのあとで本屋にも行きたいし、午後一の授業もあるし。ごめん、またあとでね」
ボクは強引に手を振ってその場は逃げた。
「バンドの子? かわいいじゃん、行ってあげればいいのに」
「いいんだって」
でも、次の日食堂でひとりでご飯食べてる時、また捕まった。
この日は、スカートをはいて完全に女装モードだった。男の娘カフェのバイトの影響だと思う、最近は時々やるようになってた。もちろん下着までね。これがどきどきしてたまらないんだ。
前の席に人が座る気配がして、なんでわざわざこんな場所にと思って顔を上げたら、御園さんがこっちを見てた。
「今日は逃げられませんね」
口の脇をゆがめてにやっとした。その笑い方、やめた方がいいと思うよ、せっかくかわいい見かけなのに、それで大分損してるんじゃないかなあ。
ああやだなあ、面倒くさいなあ。
「えっとどうしたの?」
「分かってるくせに」
「御園さんって結構S気質だよね」
「じゃあわたしたち結構相性いいんじゃないですか」
「そんなふうに見られてたんだ」
わかりました、わかりましたよ、ボクは観念した。
「やっぱあのイントロきにくわない?」
「リエさんのことですが」
少しはこっちの話のクッションにつきあってくれてもいいのに。なんかさ、御園さんって、わざとかわいくない態度とろうとしてない?
「…はい」
「別に好きになったりするのはいいんです、バンド内でそういうの、よくあることだし、あって当然だと思うし。でも、ちょっとは周囲に気をつかってふたりの時だけにしてくれたりする気はないんですか、正直言って、見てらんない」
「…」
「バンドとして、一体感ってやっぱり必要だと思う。吉田くんのあれ、混乱を広げてますよね? リエさんだって困ってるじゃないですか」
「まあ」
「まあなんですか、いつもそうやってなあなあで胡麻化そうとしますよね」
「…」
「わたし、時々見てて恥ずかしくて、いらいらします、ほんと、信じらんない」
なんかもう、泣きたくなってきた。
逃げ道もなく、そんなに一気に追い詰めないでよ。
というか、ちょっと腹も立ってきた。多分これって人によっては逆切れってとられるのかな。でも、もうちょっと言い方だってあるじゃん? ばっさばっさとなで斬りにされて、ボクのHP表示は早くももう真っ赤なんですけど。
御園さんも勢いでちょっと言い過ぎたと思ったのか、一息ついた。
「御園さん、せめてもうちょっと言い方考えてよ」
「…」
「そんなぐいぐい来られたら、どうしようもないよ」
「じゃあ考えてくれるってことですね」
「そうじゃないよ、ただ」
「ただ?」
御園さんに言って、わかってもらえるわけない。
ボクにとって、かわいい女の子や男の子との恋愛は、忘れがたいもの、人生で一番大切なものなんだ、なんて。
バンドよりずっと大事だ、なんて言えるわけない。
高校の時に体験した、片思いでも両思いでもどっちでも関係ない、人が好きって感情は、ボクには他のなによりも大事な、かえがたいものなんだ。
学校の授業も、バンドも、バイトも、ほんとのこと言えば、二の次。
でも、御園さんの言うことだって、理解できないわけじゃない。
だから、人とうまくやっていくには、バランスをとらなくちゃいけないことだってわかる。
ああ! もう! ほんとめんどい!
「ただ…みんなの前では、ちょっと考えるよ…」
「ほんとにほんとですか、口先だけじゃなく?」
「どうしてそういうダメ押しみたいなこと言うのさ」
「…ああ、わたしの悪い癖かも、ごめんなさい。でも、ちょっとうれしいです。きっと言っても、拒否されるのかなって思ってたから」
「そんなに聞き分けない感じ?」
「ええ」
身も蓋もないですね。
「お礼に、なんかおごってあげます」
「子どもじゃないんだからさ」
「いいじゃないですか」
小さくつぶやいた。
「私だってそのくらい」
バンドって、一緒に音を合わせてる相手の音を聞けば、なんとなく共感できるようになるのが不思議なんだよね。
苦手意識ってのは確かにあるんだけど、御園さんはやっぱり同じバンドのメンバー。もっとバンドを続ければ、さらに分かり合えるようになるんじゃないかな。
その2日後のバンド練習は、直前でシンジが用事でどうしても来られなくなってしまった。
これじゃあ意味ないと練習は中止、御園さんへも急いで連絡網(Circleというアプリ)で伝えた。
でも、リエさんから、スタジオ代は自分が払うから、キャンセルしないでくれと連絡が来た。ドラムは、スタジオじゃないとちゃんと練習できないもんね。
それで、じゃあボクも行きますということで、ふたりでスタジオに入って、リズム体だけで練習することにした。
曲のノリっていうのは、ドラムのキックとベースの絡みで半分くらい決まるんだ。ぴったり合わせるだけじゃなくって、合わせていないところとのリズム、アクセントとか、合い方の前ノリ感、後ノリ感というのが、全体を支えるリズムを決定する。
だから、ドラムとベースだけの練習というのは、すごく意味がある。
その練習はとっても有意義だった。リエさんもボクも、いい感じだった。
終わった後、ボクはリエさんを誘いたかった。こんなチャンス、そうない。リエさんの家は下北沢で、ボクと路線が違う。一緒に帰るってことがないんだ。
でも、御園さんとの話があったせいで、なんとなく言いづらい感じがした。今はふたりきりなんだから、関係ないっちゃないんだけど…
リエさんは、違う路線の電車で一緒に帰ってくれた。余計な乗り換えが増えるのに。ふたりでドアの脇に立って、流れていく暗い街並みを眺めた。うれしかった。
あっという間に、次はボクの最寄りの駅。早すぎる。もっとゆっくり走ってよ。
どうしよう…誘いたいなあ、でも…
「あのさ、一緒にご飯でも食べに行く?」
リエさんのほうから、言ってきた。
え? と顔を上げて、ボクはリエさんの顔を見た。俯き加減で目をそらし、恥ずかしそう。悩むような雰囲気出ちゃってたのかな? そんなボクの様子を見て、言ってくれたのかな?
ボクは、もう、めちゃくちゃうれしかった。胸がどきどきした。
「いいんですか?」
「うん、ふたりでってないもんな」
ボクの心底うれしそうな顔を見て、笑ったリエさん。
リエさんからこんなふうに誘ってくれたの初めて。どうしよう、死ぬほどうれしいよう! やばい、なんか泣きそう。
うちの最寄り駅で一緒に下車して、駅のそばの飲み屋に入った。リエさんが、飲みたいなって言うから。小食のボクとは違って、リエさんは、たくさん食べ、飲む。
ボクは、リエさんとふたりでこんな時間が持てる幸せに、恍惚としてた。飲み過ぎると翌日の頭痛がひどいので、お酒はあんまり好きじゃないけど、今日は知らないうちにずいぶん杯が進んだと思う。
ふたりとも、かなり酔いが回ってきた。
「なあ? ぶっちゃけ、カオルくん、あたしのこと好きだろ?」
「好きですよお?」
「どこがいいんだよ、年上だよ、おばさんだよ」
「2歳しか違わないじゃないですか」
リエさんは1浪してるので、2歳年上なのだ。
「それに、結構今のバンド、気に入ってるんだ。イケると思う。どう思う?」
「ボクも、そう思う。みんな音楽の好みがばらばらで、面白いです」
「練習とか、カオルくんのやり方、かなり細かいよな」
「以前、吹奏楽やってて、そのせいかなあ?」
「そんなやつ山ほどいるじゃん、才能あるんだと思う」
「あるかどうかわからないけど、リエさんにそんなふうに言われたら、うれしいですよ」
「正直に言っちゃうとさ、あたし高校の時、ちょっと痛い目あってさ、恋愛って、いまいち怖いんだよ。どうしても、踏み切れなくなっちゃった。なんだろうな、一体。いい歳して」
「ボクは、リエさんのこと好きです」
目を伏せるリエさんを見て、ボクは思わず、口にしてた。ああ、だめだ、酔いにまかせてなんて、このままじゃ、感情が抑えきれない。どうしよう、どうしよう。
「リエさんのこと、大好きです。リエさんのこと考えたら、辛いです」
「…」
「でも、もし受けきれないなら、せめて、こう思ってることだけは許してほしいです、あとは、スルーしたっていいから」
「…」
「ごめんなさい、酔ってこんなこというの最低ですね。こんな変な恰好のボクじゃなおさら恥ずかしいですよね…」
リエさんからしたら、スルーしたっていいからなんて言われて、そうできるわけないよね。うん、もちろん分かってる。分かってて言った。
変な恰好云々も、結構卑怯な言葉だと思う。
涙出てきた。目をごしごしこすって、必死で我慢する。
涙ぐんだのは、本当。本当に我慢できなかったから。でも、それをリエさんにちゃんと見てもらえるように意識したのも本当。
だって、どんな手を使っても、リエさんが欲しかったから。
リエさんは、なんにも言わなかった。
「あははは」
ぼくは笑ってごまかした。泣き笑いって感じで。
リエさん、ちゃんとボクの有様を見てね。
お店を出た。ふたりとも、かなり酔っぱらっていた。
「家、来ませんか」
リエさんは黙ってついてきてくれた。本当のところ、どう思ってたのかなあ。他人の気持ちなんて、絶対わからない。わかるはずない。でも、それって悪いことじゃないのかもね。
もし他人の本心が分かってしまったら、きっと怖くて他人とコミュニケーションなんてとれないもの。分からないから、つきあえるんだ。きっと。
ボクとリエさんは、ボクの部屋でエッチした。
リエさんのうす紅い唇は、わずかに震えながら、ボクの唇をためらいがちに迎えてくれた。
ふたりの唾液は混ざり合い、致死量の甘い毒薬となって、口元を濡らす。
陰鬱に美しい腰から腿への曲線は、まるで伸びをするねこの身体みたいだ。曲線に沿ってそっと指を這わせると、リエさんは我慢できないように身体をよじらせ、小さく声を出す。そのまま両足の間に指を滑らせれば、せつなそうにボクを見つめ、自分から求めてくれる。その反応がうれしくて、ボクはそこにキスをしてあげるんだ。
リエさんの胸は、控えめに上下しながらボクのやさしい口づけを受け入れてくれた。その鼓動はボクの鼓動とリズムを合わせ、ふたりをゆっくり絶頂へと導いていく。ボクを見つめる彼女の目に、本当は何が映っていたのか、ボクは知らない。