秋の大学祭が近づいてきてた。ボクらのバンドもみんなの前で演奏できそうだ。シンジとリエさんがいろいろ音楽以外のことをやってくれてる。他の2人は、曲を作れるからというわけでもないけど、そういうめんどくさいことは全然やらない、悪い人たちだ。ごめん、そしてありがとう、シンジ、リエさん。
そんなある日、御園さんに頼まれごとをされた。
「マルチ・エフェクター買うのにつきあって欲しいんです、お願いできませんか」
「シンジの方が詳しいんじゃない?」
「小野くんはいろいろ忙しそうで、悪くて」
ボクなら若干暇そうだからってことですか、そうですか。まあその通りなんだけどね。
そんなボクの心情が顔に出てたのか、御園さんは悪魔の笑みを浮かべた。
「正直、吉田くんのほうが、頼みやすいんですよね。気安く」
「ネットで買えばいいじゃん」
「実際に触ってみないと。安いものじゃないんですから」
「めんどくさいなあ」
「おごりますから」
「食べ物でつられないよ」
一緒に行くことになった。御園さんは正直怖いのだけど、いろいろ言い合ったりした分、本心から話せるのかもしれない。
次の日の午後、今日はバイトもバンドの練習もない。こんな日こそ、リエさんと家でまったりエッチしたいなーと思いつつ、御茶ノ水に行った。ボクはユニセックス・モード、斜めにかぶったかわいいチェックの帽子がポイント。かわいい毒キノコのアクセサリーをつけてみた。
数軒の楽器屋をはしごした。キーボードに最適な、ハーフラックのマルチエフェクターが目当てだ。機能は多くなくていいから、操作が簡単で扱いやすいもの。ボタンやつまみが大きくて、ライブで操作しやすいもの。
家で曲作る時なら、エフェクターだけじゃなく音源もパソコンで全部やってしまうのだけど、ライブではできればパソコンは使いたくないのだ。
ライブの本番でパソコンが落ちたとか起動しなくなったとか、まあよく聞く。これはもう、パンを落としたらバターを塗った面が下になるのと同じようなものかも。
お店で展示物をいじりまくって、4軒目で、御園さんはようやく気に入ったものを買った。ボクもついでに、ベースの弦を買った。いつもはネットで買うし、予備なら家にあるんだけど、折角ここまで来たんだもの、何にも買わないともったいない気がしたから。
結構歩き回って疲れた。
「ネットで中古でも探せばいいのに」
「いいんです。楽器屋って、好きなんで」
「都心まで来ることなんて、そうそうないもんね」
「今日はどうもでした。お礼に、行ってみたいお店があって」
おしゃれなスイーツ専門店。かわいい淡色で統一された内装で、中は女の子でいっぱいだ。いい感じ。
「うわぁ、かわいい!」
目を輝かせ、両手を合わせるボクを見て、にやりと笑う御園さん。
「こういうの、小野くんとじゃ来づらいでしょ? だから吉田くんを誘ったんですよね。ひとりだとさすがに気が引けるし」
「うん、そうだね! というか、御園さんってこういう趣味じゃない感じがしてた」
「わたしだって、こんなんでも一応女子ですから」
目をそらして小さくつぶやく御園さん。そうだよね、ボク、なんかいろいろ御園さんを誤解してたかも。ごめんごめん。あははは。
リエさんも、こういう少女ちっくな感じはあんまし趣味じゃないから、ふたりでこんなところに来る機会はない。リエさんはもっとおっさんっぽい飲み屋とかに行く。男の娘カフェの子たちとなら、全然ありだ。ちょっと遠いけど、今度誘ってみようかな。
わくわくしながら案内されて席に座る。バイキングだった。ぎゃー! まじでか!
「御園さん、グッド!」
親指を上げた。御園さんの悪魔の笑み。いや、これはまじで悪魔の誘いだったか。
「ほんとにいいの? 高くない? 自分の分は出すよ?」
「いいから。気にしないでください」
かわいい小さめのケーキを中心にしたデザートが、いっぱい並んでる。ボクはわくわくしながら、数個とった。いきなり沢山選んでも、あったまっちゃうからね。ここは我慢。
まずはチョコレートケーキから、一口。しっとりして甘い。
「おいしい! これ、おいしいよ? 御園さん!」
「そう? よかった、喜んでもらえて。この前、ちょっと言い過ぎちゃったから」
「全然いいです、もっと言ってもらってもいいよ、またこういうとこ教えてもらえるんだったら」
「そういうとこですよ…」
「だって、甘くておいしいんだもん。甘さを抑えたっていうの多いけどさ、あんまり好きじゃないんだ」
「大人になれませんよ?」
「そんなの絶対に絶対やだやだ~♪」
節をつけて歌う。御園さんがくすっと笑う。そうそう、その笑いだよ。それならかわいいのに。
次に、上にイチゴやメロンが乗っかったカップのアイスをにこにこしながらパクつくボクを見て、呆れた面持ちの御園さん。彼女は食べる量はちょっと控えめ?
「ここまで単純に喜んでもらえるなら、おごる甲斐がありますよ、まったく」
「御園さんの曲、ボクは好きだよ。ポップで、人気出そうな気がする。きっと、ボクの曲よりもメインにしたほうがいいと思うんだ」
「ほめても何にも出ませんよ」
「まじで言ってるんだ。ネットとかで出してないの?」
「あんまりしてないですね。ミックスとかは苦手だし、動画も作れないし」
「ボクは結構ネットで簡単な動画つけてあげてるんだけどさ…」
「知ってます。曲は、すごくいいと思いました。1枚絵とかの動画はまあとにかく」
「全然聴いてもらえないんだよね…」
「曲もいいし、アレンジやミックスもいいし、すごくいいと思いますけど。正直、わたしよりずっとうまいと思う」
「気に入ってくれる人もいるよ? たださ、曲を作ってる人や絵を描いてる人とか、そういう人たちしか評価してくれない。全然再生数伸びないし、いいね押してもらえない。わかってはいるんだ、自分の趣味が一般受けしないだろうって。だから分かりやすいように、がんばってウケそうな感じで作ってみてもさ、全然聴いてもらえないんだ」
「まあ何となくわかりますよ。マニアック好みっていうのは」
「ボクは、もっとたくさんの人に聞いてほしいのに」
「それは誰もが悩むところじゃないですか? それにバズるなんて、運ですよ、はっきりいって」
「自分はやっぱ才能ないんだなぁって」
「そんなことない!」
御園さんにしては、感情が表面に現れた、ちょっと強めの口調。
「そんなこと言っちゃだめ。才能があるかないかなんて知らないけど、やっぱり自分が一番って思ってるべき」
「それは無理だよ。さすがにヘコたれちゃうよ。御園さんの曲、動画にしない? 動画勉強するからさ。動画ソフト、買おうかなって思ってるんだ。最近やっとそのくらいの余裕できてきたし。」
「だめです。わたしはあなたの曲もっと聴きたい」
「ひとりでもそう言ってくれる人がいれば、とも思うけどさ、やっぱりもっとウケたいよ」
「大丈夫です。あなたの曲は、きっともっと人気出ます」
「そうかな?」
「絶対!」
リエさんやシンジにも言ったことない悩みを、なんかつい話しちゃった。曲を作る同士ということもあるけれど、言っても、きっとふざけたり、かわしたりしないで受け止めてくれそうだと思ったのかな? 自分の心の動きがよくわかんない。
そのあとも、バンドのこと、曲作りのこと、いろいろ話した。御園さんはちゃんと真面目に聞いてくれた。リエさんの話題は一切出なかった。
「なんかいろいろ変なこと話しちゃってごめん、聞いてくれてうれしかった」
「いえ」
「それにすごいおいしかった! お腹くるしい」
「食べ過ぎです。どうせ値段変わらないからいいけど」
「またこういうところ教えて! 御園さん大好き! 愛してるー!」
「…そういうこと言わないで」
ほんとにおいしくて、はしゃぎ過ぎちゃったかな? こういう軽口は、ボクの悪いとこかもね。御園さんは心なしか、ほっぺたが紅潮してるみたいに見えた。
大学祭は2日間にわたって行われる。1日目の午前中、ボクらのバンドは生協の建物の前の特設ステージで演奏できることになった。
大学公式の軽音楽サークルが午後にそこで演奏するのだけど、その機材、アンプやドラムセット、ミキサーや電源などのPAを使わせてもらえることになったのだ。ボクらのバンドだけでなく、サークルに所属してない数バンドが同じように演奏させてもらえる。
そのかわり、みんなでそのセッティングと片づけを手伝うことになる。シンジの軽音サークルの知り合いを通じて、恩恵にあずかれることになった。
時間は実質20分弱ってところかな。3曲やることになった。
で、ちゃんとしたバンド名をまだ決めてないことが問題になった。この前の下北沢の時は、「バンド名はまだありませーん!」とかいって笑いのネタにしてごまかしてたけど、やっぱりさすがにもう決めないとダメだよね。
練習のあとみんなで食事しながら、話し合った。
「シンジが決めてよ、リーダーなんだからさ」
「いやそういうわけにいかないだろ。みんなで決めないと」
「小野くんはなんか案ないんですか?」
「うーん、それな。こうしたいって名前は特にないなあ」
「ネットミームでくだらない名前だけはやめような」
「○子それドロップやないとかか」
みんな、げらげら笑った。不謹慎! 御園さんですら、顔を赤くして口を押さえても我慢しきれず、ぷっと吹き出した。
「でも、文学とかからとるのはありでしょ」
「なんか頭よさそうだし、ありですね」
「知ってる人なら、勝手に想像を膨らませてくれるよね」
リエさんが、おずおずと口にした。
「カオルくんから教えてもらったボリス・ヴィアンってフランスの作家なんだけどさ」
御園さんのほうをちらっと見たけど、なんにも言わなかった。
「なんか気に入って、いろいろ読んでるんだけど、その中に『ヴェルコカンとプランクトン』って小説があってね?」
「ヴェルコカンってなんだ?」
「お酒の樽にわく、小さな虫のことみたい。つまり、そういう小さくてとるに足らない、はかないもんが、ちゃんといますよ、楽しんで生きてますよって意味なんじゃないかと思うんだ。語感もいいし、どうかな?」
「ん、ちょっと長い気はするけど、いいかもしんない。印象には残りそうな気はするな」
シンジが考え込みながら言う。
リエさん、『うたかたの日々』のあと、他にもいろいろ読んでたんだ。
ボクには異存はない、いい名前だと思った。まあネットでの検索を考えると、本と同名というのはちょっと考えものなんだろうけど、ヴィアンの本の中でもそれほど有名ではない処女作だし、日本では全集にしか載っていないマイナーといっていい作品だ。
「わたしもそれでいいと思います」
御園さんもオッケーした。
こうして、バンド名は割とすんなりと、というかテキトーに「ヴェルコカンとプランクトン」に決まったのだった。まあそんなもんだよね。バンド名なんて勢いでつけるもんだ。
もうすっかり夏の勢いを失い、刻一刻と深まっていく秋の空には一面にいわし雲が広がってる。それはまるで空いっぱいにまき散らされたモザイクのかけらのようで、誰かがもとの1枚の絵に修復してくれるのを心待ちにしてるように思えた。
誰が心待ちにしているんだろう? 神さまかな? もし神さまがいるとしたら、きっと万能なんかじゃなくって、いつも困って笑ってるような神さまだ。
大学祭はもう間近。