※この作品はR-18です。

あるおとこのこの転落人生   作:坂井かおる

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 大学祭のあと、ミウちゃんとの関りはまた一切なくなった。

 リエさんとは表面上特に何も変わりはなかったけど、ちょっと何か喉の奥に引っかかりがあるような感じが続いてた。

 ボクはとっとと大学祭でのライブの件は忘れた。自分に都合の悪いことはすぐ頭から抜けてしまうのが、ボクのいいところだ。

 次の日、出会ったユウキは、笑って肩を叩いてきた。

「まあこういうこともあるさ」

「わかってるって」

 一応事情は説明しておいた。これはボク自身の名誉のため、ぜひ話させておいて欲しい。

 クラスの他の同級生にもからかわれたけど、笑って受け止めた。ウケ狙いってことにしちゃっていいじゃん? あんまし笑えないけど…

 

 バンドの練習は続けてる。曲も増やしていってたし、対バンでのライブもまたやった。バンドとして、さらにまとまってきてると思う。

 シンジがどこから話をとってきたのか知らないけど、競馬場の中で行われた、地域の音楽フェスみたいなのにも参加した。興味ないだろう普通の人たちの前での演奏ということで、その頃流行ってたヒット曲もカバーした。自分たちの知ってる曲じゃなくちゃ、聞いてもらえないもんね。地域の吹奏楽団や、同じ大学のビッグバンドなんかも出演してて、これも割と面白かったなあ。

 交通費以外のお金なんかは出ないけど、お弁当や飲み物自由だったっけ。自分たちを知らない多くの人の前で演奏できる経験だけで、十分だった。

 ボクはバンドがまとまるだけじゃつまらないので、曲にいろんな要素を入れてみた。常に何か目新しいことをしてないと気がすまない、というか、飽きちゃう性格だから…

 御園さんにモントゥーノを弾かせて、ラテンな要素を入れてみたり、テンション多めのジャズな感じを加えてみたり、他のメンバーには迷惑だったかもしれない。バンドとしてのサウンドの方向性という意味では、あまり統一されてなかったけれど、とにかくいろいろ試してみるのが面白くてたまらなかった。

 それでも、みんな、文句言ったりすることもなかったし、むしろ面白がってくれたから。

 ポップな要素は御園さんの曲におまかせ。そのうち一緒に作ってみたい。

 

 男の娘カフェ「アリーズの燃える髪」でのバイトも楽しかった。

 ボクを気に入ってくれてる竜野さんは、ボクに渡した連絡先については何も言わず、隣に座って話をしてるボクの手に、自分の手を重ねてきたりする。見えないくらい、わずかに指を動かして愛撫してくるんだけど、それがとても上手なんだ。

 ボクは何も気づかないふりをしてたけど、内心では、胸の奥のわだかまりを抑えてた。別にそんな気はないのに、つい元気になっちゃう下半身を隠そうとして、足を組んだりした。

 きっと、竜野さんにはバレてたかもしれない。

 だって、竜野さん、見かけはすごく素敵だから。知的で背が高くて、そばに立つと、まるで包み込まれるような気分になっちゃう。あ、この人にだったら、好きにされてもいいかなってつい思ってしまうような雰囲気。

 やばいと思うと、ボクはさっと席を外し、厨房に逃げる。

 正直にいうと、ネットの出会い系での、1回きりの男の子との行為のあと、ボクはそういうのに餓えてた。

 リエさんがいるから、女の子とのことは満足してたけど、違うんだ、男性とのことは。普通にご飯食べた後でも、甘いものは別腹でしょ? そういう感じ? 行為の源泉となるもの、行為に求めるもの、全部が違う。

 実は家で、もう我慢できなくて、またあの出会いサイトに何度か行ったんだけど、条件のあうのがなかった。そのおかげで、まだ2回目はない。なくて良かったと思う自分と、残念と思う自分がいる。

 そんな冬のある日、マスターの都合で、土日、お店がお休みすることになったから、土曜日にみんなででかけようという話がもちあがった。

「ああ、たまにはいいんじゃないか。行っておいで。ちょっと費用補助してあげるから」

「え、いいんですか!」

「たまには、そのくらいはさせてもらうよ」

 ボク、ヨウカちゃん、マヒルさん、リョウ、マサキくんの5人が参加することになった。アイちゃんは、体の具合がいまいちということで、見合わせることになった。

 ヨウカちゃんが海を見たいと言ったので、三浦半島の三崎に行き、おいしい海鮮ものを食べようということになった。マヒルさんが、車を出してくれるという。この5人の中で、車の免許を持ってるのは、マヒルさんだけだ。

 ボクの実家は三浦半島の付け根あたりだから、三崎は何度も行ったことがある。幼いころは、海水浴といえば水のきれいな三崎のそばの三戸浜まで行くのが、うちの習慣だった。江の島なんて、うちのそばを流れる柏尾川(江の島の脇に流れ込む)の汚さを見たら、とても水に入る気になんかならない。

 ということで、行ったことのあるボクが仕切ることになった。三崎に食べに行くんなら、当然城ヶ島にも行くことになる。

 ボクは全員に、女装の上、歩きやすい靴を履いてくるように、と高らかに告げた。ハイヒールなんて履いてきたら、危なくて城ヶ島なんて行けないから、厳禁!

 これには結構な抵抗があった。男の娘にとって、靴っていうのは、思い入れがとても強い。大きな靴ってかわいいデザインのものがとても少ないし、大体サイズが大きいと、そもそもかわいくないのだ。だから、お気に入りの靴を見つけるのは、すごく大変なんだ。この苦労は、普通の女性には分からないだろう。背の高さと肩幅、足のサイズは、男の娘にとってどうしようもできない3大悩みの種。

「折角の遠出なんだから、かわいい靴で行きたい!」

「そうだよ! お気に入り履いてきたーい!」

 ボクは首を横に振った。

「海岸はぎざぎざで危ないから。あそこの地形はなかなか興味深くてね、そこを見ないと意味がないよ。地学の巡検なんかにもよく使われるんだ」

「じゅ、じゅんけ…なんて?」

「見どころは、海岸沿いに続くデュプレックス構造、他にもスランプ構造、様々な生痕化石なんかもあるぞ」

「いや、わかんないってば。それよりマグロ食べましょ!」

「そうだそうだ! マ・グ・ロ! マ・グ・ロ!」

 こいつらめ、食べることしか頭にないな。現地で三崎層についての説明を存分に聞かせてやるぞ、とボクは心に誓った。それに、三崎のマグロは近海ものじゃなくって遠洋の冷凍ものだから、地魚の方がおいしいまである。あとは野菜かなぁ。

 わくわくしながら、いろいろ考えてた。

 カフェのみんなでおでかけなんて初めてだから、楽しみだなぁ!

 

 土曜日の朝8時、ボクらはお店の前で集合した。冬だけど、まるで早春のような、うららかな天気。さかなの形をした小さなちぎれ雲がところどころに浮かび、広い空を楽しそうに漂ってる。手を伸ばせば、近寄ってくるかもしれない。

 ボクはブレザーの制服に、コート。一度、女子高生の恰好で外を出歩いてみたかったんだ。こういうのは似合うのは期間限定で、そろそろ年齢的にも時期外れになっちゃうからね。お気に入りのリュックに、いろいろお気に入りの色とりどりなキーホルダーをつけて、歩くとちゃらちゃら音がする。

 ちょっとどきどきする。

 マサキくんも、女子高生の恰好だ。こうなると、マヒルさんが大人っぽい恰好なので、引率の先生みたいに見える。マヒルさんは車を店の前に横づけしていた。

「マヒルさん、今日はよろしくお願いしますね」

「ふふ、いいのよ。ガソリンもマスター持ちだから」

 時間通りに集まったボクらは、車に乗り込んだ。助手席にはボクが座る。ナビとして使う設置したスマホを操作する役だ。

 マヒルさんとはあまりふたりで話すことがないので、いい機会だ。後ろの三人はなんかきゃっきゃ騒いでる。

「環八に出て、第三京浜、横横経由って感じですかね」

「横横って、横浜横須賀道路ってことね。あんまりそっちのほうのこと知らないの」

「そうです。最後まで行かないで、衣笠で下りて、下道で三崎に向かいますよ」

「カオルちゃん、実家は鎌倉のほうだっけ?」

「ええ、割と近くを通りますね」

「たまには実家に帰ってる?」

「全然…バンドとかバイトで忙しくって」

「近いと、かえって帰らないものなのかしらねぇ」

「マヒルさんの実家はどこなんですか?」

「名取よ。宮城の仙台の南。わかんないか」

「東北の震災では大丈夫だったんですか?」

「うちは線路より山側だったから平気。海側の閖上のほうはひどいことになっちゃったけど」

「ああ…」

「環八はやっぱりちょっと混んでるわね。まあたまに帰ってあげると喜ぶんじゃない?」

「どうでしょうねぇ」

「ご両親は、バイトのこととか、ご存知なの?」

「全然知らないと思います」

「そう」

「厳しい家庭ってわけじゃ全然ないし…」

「宮城の人って、適当っていうか割とほわほわしてるから、うちもそんな拒否反応があったわけじゃないんだけどね。それでも、やっぱり抵抗はあるみたい」

 家族との問題は、人それぞれなんだろうなぁ、と思う。ボクはそこから逃げてるわけだけど。でも、わざわざ波風を立てないで済むんなら、そのままでいいじゃんって思う。面倒くさいし。別にどうしても認めて欲しいとか、そういうわけじゃないんだ。いや、違うか、そういう状況から逃げ回ってるだけか。

「あ、もうすぐ左折で、第三京浜に入りますね」

「あの青い看板のやつね」

 高速に入ると、道路は空いてた。広い多摩川を越え、早くも神奈川県に入った。もう真っ白な富士山と、きれいな三角形の大山が、すこしぼやけて滲んで見えた。

 免許もなく車もない後ろの3人は、流れる外の景色を楽しそうに眺めてる。

 車は快適に走り続けた。

 

 山がちな鎌倉、逗子を通り抜け、横須賀PAでトイレ休憩。マサキくんは朝食だといって、PAでカレーパンを買って食べていた。他のみんなは食べない。少食というより、食べないようにしてるのだ。これ以上体が大きくなりたくないから。衣笠で高速を下りる。

 三浦半島の先端は、高台になった平野に畑が広がり、開放感があって気持ちいい。気温も東京に比べればぐっと暖かく、大気もきらきらしてる。光る海をちらちらみながら、まずは城ヶ島へ向かった。

 大橋を渡って、島の公園の広い駐車場に車を停めた。思ったより車も人も多い。こんな冬の時期、なんかあったかな?

 車を降りたみんなは、深呼吸して伸びをした。

「気持ちいいねー」

「空が広いなぁ」

「以前はここ、ねこがいっぱいいたんだけどなぁ。今はいなくなっちゃった」

 

 ボクらはコートなんてさっさと脱ぎ去り、公園の林の中を歩いた。開けた草っぱらに出て、展望台から海を眺める。

「海だー!」

 ヨウカちゃんがうれしそうに叫んで、スマホでぱちぱち写真を撮ってる。

 海の彼方に浮かぶ伊豆の山々と大島もくっきり見える。下には、斜めに層状になった岩の海岸線と、ゆったりうねるどこまでも青い海。ボクは、地学講義なんか始める気はすっかり消え去り、髪を優しくなぶる海風に我が身をゆだねた。風もそんなに冷たくない。

 ボクの頬や首筋を愛撫しながらすり抜ける青い感触。それはなによりも柔らかく、官能に満ちた大気の手だ。ボクは今、大気圏に、地球に包まれ、優しくあやされている子どもなんだ。

 ボクは子どものころから風が大好きだった。台風が来るといつも外に出て、風の吹き抜ける広い場所で、体いっぱいに強い風を感じ、受け止めるのが楽しかった。

 小学校の体育の時間、短パンでむき出しになった両脚にそよ風を感じ、今まで感じたことのない、変な気分になったのを覚えてる。思えば、あれがボクの初めての性的な目覚めだった気がする。つまり、風がボクの初体験の相手ってことだ。

「地球って、エロいよねぇ」

 思わずつぶやいた。

 それを聞いたみんなは、吹き出した。

「時々変なこと言うよね、カオルちゃんって」

「そうそう」

「でも、わけわかんないけど、言いたいことはわかる気がする」

 マサキくんが、なぜか真面目な顔で言う。

「うん、風も海も山も森も、エロいんだよ、きっと」

 ボクは確信に満ちて、つぶやいた。

 

 島の東の先端の、以前は灯台があったところに降りてみる。

「ハイヒールだったらきつかったわね」

「でしょ? 汚れちゃうし」

 岩で囲まれたプールをのぞき込んだ。かなり深いのだけれど、透き通って底まではっきり見える。ゆらゆら揺れる色とりどりの海草。そしてわずかに鼻腔をくすぐる磯の香り。

「夏に来て、こういう場所で潜ってみたいね」

「カオルちゃんは海水浴はこっちに来てたんでしょ」

「うん。きれいなウミウシとか、謎の生き物がいっぱいいるよ」

「見てみたい!」

 でも、ボクは水着で女装はちょっと無理かも…みんなはどうなんだろう。薬を飲んでるアイちゃんは、ちょっと胸があるみたいだけど、ボクはそこまではできないな。性別を自由に交換できればいいのにね。そしたらどんなに楽しいだろう。

 岩場を越える時、リョウがボクの腕につかまってきた。こういう場所は得意じゃないみたい。手を貸してあげる。

「カオルは、結構自然児なの?」

「そうかも。山とか海、大好き」

「ぼくは都会っ子だな、こういうところは嫌いじゃないんだけど、苦手」

「ほら、支えててあげるから」

「ありがと」

 ぶらぶらと駐車場に戻り、今度は高台の歩道を歩いて、中央部の海岸を目指した。歩道に植えられた水仙が満開だった。そうか、人がちょっと多いのは、花目当てだったのか。

 急な階段を下りて、馬の背洞門に着いた。岩に開いた大きな穴、というより、岩と岩の上にかかった頼りなげな橋、という風情だ。穴の向こうに、島の東側と海が見える。

「ここらへんの岩って、ちょっと面白いよね」

 マサキくんが岩をなぜながら言った。

「基本的には、もっとずっと南の海の中で堆積したものが固まった岩だよ。数百万年前には今の伊豆諸島みたいな感じだったのが、プレートに乗っかって北に移動してきて、最後に日本とくっついて、陸になっちゃった。今でもこの辺は、大きな地震のたびに、数メートル隆起するのを何度も繰り返して、段々になってる」

「すげえ!」

「伊豆諸島は全部火山の島だけど、多分当時も島がいくつもあって、そういう島の火山や、海の中の火山から噴出したものが海底に積もったんだよ」

「へえ、面白いなあ。こういうの、好き」

 マサキくんはもう完全に普通の男の子に戻ってる。かわいいなぁ。

「この辺は砂浜もある磯だから、夏にはお手軽に潜って遊ぶと楽しいんだよね。水もきれいだし。シャワーとかそういうのは一切ないけど、だからこそ人もそこまで多くないし」

「夏にまたみんなで来たいね」

「シャワーないのはきついかも」

 しばらくの間、ボクたちは、岩の上に座って風に吹かれながら、他愛もないことをしゃべった。みんなで一緒に写真を撮った。

 なんか不思議な気分、いつもは家族と来てたこの場所に、カフェのみんなと一緒にいるのは。今度はバンドのメンバーとも来たいなぁ。

 

 駐車場に戻ると、もうお昼をちょっと過ぎてた。

 車に乗って、また大橋を渡り、今度は三崎漁港に行く。

「マグロだ!」

「お腹すいた」

「食べよう食べよう」

 車で駐車場に向かう途中見たら、路地にある地魚も出すお店は人が結構待ちになってるようだった。ここに行こうかなと思っていたのだけれど、諦めて、他の寿司屋に行くことにした。

 念願の三崎のマグロを食べることができて、みんな満足してるみたい。よかったあ。値段が特に安いというわけではないけど、とにかく部位の種類が多い。ここでしか目にしないような希少な部分を食べられる。歩き回ってお腹がすいたんだろう、普段は意識的に控えめにしてるみんなも、ぱくぱく食べた。おいしいものを食べてる時の顔は、演じてるのではない、ほんとの笑顔だ。

 ボクの前に座ったリョウが、テーブルの下で、足でボクの足に触れてきた。はっと顔を見たけど、素知らぬふりをしてる。足をくっつけ、すりすりしながら、食べた。今日はどうしたのかな? ちょっといつもよりおとなしいし、かと思うとかまってちゃんしてくる。

 カフェのマスターがちょっとお金をマヒルさんに預けていてくれたおかげで、思ったより安くすんだ。

 港そばのマーケットに行って、ぐるっと見て回ったあと、デザートの時間。マヒルさんは、マグロやシラスなどの海鮮や、三浦野菜を買い込んでた。そのためのクーラーバッグも、しっかり車に積んできてた。マスターと一緒に住んでるみたいだし、お土産に買ってくのかな。

 好きな人と一緒に暮らすのって、どんな気分なんだろう。なんだか憧れるなあ。自分がリエさんと一緒に暮らしてる姿を想像してみる。

 朝起きると隣にリエさんがいる。一緒にご飯を食べ、寝る時も、隣にリエさんがいる。いつもくっついていられる。楽しそう。でも、ちょっと不安にもなる。きっと一緒に暮らさないと見えてこないようなところもあるだろうし、いつもいつも顔を見てたら飽きちゃわないのかな? ボクのほうが飽きられちゃうかもしれない。

 でもそれよりも、ボクとミウちゃんが一緒にいるところを見られてから、ちょっと態度が以前とは違う気がするんだよなぁ。ボクがきちんと言わないのがいけないのかな。でも今さら言えないし…

 ぼんやりと考えてたら、思考が脱線して、どんどん深みにハマっていくようだ。いや、今は考えるのはやめとこう。

 

 帰りは、海沿いを三浦海岸方面に走り、久里浜、浦賀を回った。途中、観音崎で休憩したあと、横須賀、金沢を通って、首都高に乗った。

 横浜のベイブリッジでは、みんなそこからの風景にはしゃいだ。夕暮れの横浜のパノラマは、おもちゃみたいに非現実的だ。そこにたくさんの人がいるとはとても思えない。

 きれいな自然の風景も好きだけど、ボクはこのあたりの工業地帯の風景も好きだ。急速に日暮れていく空に屹立する煙突から、炎が燃え上がる。SF映画の一場面のよう。人工的な海岸沿いにひしめき建ち並ぶ、巨大な工場群。

 同じ海、繋がっているはずの海なのに、三浦とここは、どうしてこんなに違うんだろう。細部まで人によって作り上げられた風景。偽物めいた直線によって構成された世界。でも、ボクはこういう風景も大好きだ。自分も偽物だから共感するのかも。

 

 お店のもよりの駅前で車を降り、解散した時には、もう真っ暗だった。昼間のまるで春のような日差しが嘘だったかのように、ここの夜は寒い。

「マヒルさん、今日はありがとうございました」

「ううん、楽しかったわね。また何かあったら、車出すからね」

「それじゃ!」

「ばいばい!」

 それぞれの場所に戻っていく。ボクとリョウはみんなに手を振った。リョウはボクと同じ方角だ。ここから2つ目の駅に住んでるという。ボクの家はさらにずっと遠い。

 ホームのベンチにふたりで座った。リョウがぴったりくっついてきた。

「寒くて」

「うん」

「楽しかったね」

「またこういうのやりたいね。今度は山の方とか」

「ね、一緒に晩御飯食べてかない?」

 リョウが誘ってきた。多分来ると思ってた。今日、ちょっとスキンシップ多いなって思ってたから。

「いいよ」

「今日一日、ずっとつらかった。カオルとくっつきたいのを、ずっと我慢してた」

 しばらく無言のあと、うつむいたままリョウはつぶやく。

「いや、かな…?」

 誰かにフられでもしたのかな?って思った。それでさびしくなっちゃったのかな。

 でも、いいよ、ボクでさびしさが紛れるんなら、それでいい。リョウがそれで安らげるんなら、ボクをいくらでも利用してもらってもいいんだ。もしそういうことじゃなくても、リョウなら、ボクはいつでもオッケーだよ。

「いいよ」

「ごめんね」

 ボクに寄りかかってきたから、腰に手を回して引き寄せた。リョウの身体は柔らかくて、ふわふわしてる。あるいはボクの心がふわふわしてただけかな?

 

 リョウの最寄りの駅で降りて、駅のそばの喫茶店でごく軽めに食事した。

 それから、ふたりで近くのホテルに行った。リョウの家に行くのかなって思ってたから、ちょっと意外だったけど、まあいいや。

 暗く寒い商店街を、ふたりで腕を組んでよろよろと歩いた。できるだけぴったりと体をくっつけあったから、歩きにくかったんだ。なんかおかしかったから笑った。リョウも笑って、ボクにさらにくっついてきた。

 平気そうな顔をしてたけど、ボクは男の子とそういうことするのは初めてだ。内心、不安と期待でいっぱいだった。でもそれ以上に、くっついてくるリョウがかわいかった。

 ホテルの部屋に入って、荷物も置かず、そのままの恰好で抱き合ってキスした。何度も確認するように唇を合わせた。お互い、硬くなったものを感じ合い、さらに唇を求め合う。求めてくれることがうれしかった。

 シャワーで、お互いの身体を洗いっこした。出会い系での経験のあと、今までずっと我慢してきたので、ボクはもうたまらずしゃがみ込んで、口で愛してあげた。恥じらいなんてもうどこかに飛んでいっちゃった。リョウのはとてもおっきくて立派。口の中がいっぱいになって、蹂躙されてるみたいだ。リョウがボクの頭をなぜてくれる。うっとりした。

 交代した。リョウはとってもうまい。経験が違うんだろう。口を離して舌でぺろっと唇を舐め、笑う。その姿に、ボクはさらに欲情する。

 そのままベッドに行って、抱き合った。お互いのものを擦り合わせる。ボクは、リョウの耳元にささやく。

「ここから先は、初めてなんだ…教えてくれる?」

「うん、安心して。まかせて」

 リョウがリードしてくれた。ボクは何も考えず、リョウの導きに従う。

 最初に、後ろからリョウが入ってきた時は、ローションを使ってても、痛かった。え、こんな痛いの?と驚いた。お腹が圧迫されて、とても苦しい。うーん、表現的にどうかと思うけど、ひどい便秘の時みたいな? 頭をベッドにつけ、両手でふとんをぎゅっと掴んで、必死に我慢した。

 でも、痺れた頭で、これでひとつになれたんだって思うと、じわじわと満足感が広がってきて、力が抜けてきたのか、だんだん痛みはやわらいできた。苦しさはそのままだったけど。恥ずかしい恰好を相手にさらして、体の中に異物を受け入れる感覚は、心のなかの不思議なスイッチを切り替えるきっかけだ。相手の意のままにされているという従属感・隷属感は、相手のためになんでもしてあげたいという気持ちと溶けあって、ボクという自意識は薄く広がって希薄になっていく。それがとても快感だ。

 

 行為が終わったあと、ぐったりとしてうつぶせで横たわり、荒い息をしているボクの上にのしかかってきて、耳元でささやいた。

「初体験はどうだった?」

「ばか」

 ボクは涙ぐんで、布団で顔を半分隠したまま、こちらをのぞき込むリョウの顔を見た。リョウの顔はとても優しそうだったので、ボクは恥ずかしくて、すぐに顔を隠した。正体不明の幸福感に包まれて、ボクはちょっとだけ、泣いた。

 ミウちゃんも、初めての時はこんな気分だったのかな。それとも女の子と男の子じゃ、全然違うのかなぁ。

 多分、女の子とのエッチはより肉体的だ。そして、男の子とのエッチはより精神的だ。どっちがいい悪いという話じゃない。同じエッチであっても、ずいぶん違うんだな。

「…ねえ、ボクはどうだった? 気持ち良かった?」

「うん、とっても良かったよ。それに、カオルの初めてをもらえて、うれしかった」

 ならよかった。リョウにずっとリードしてもらって、されるがままになってたから、ちょっと不安になったんだ。自分ばっかり与えてもらってるんじゃないかって。ボクで気持ちよくなってもらえるのは、とってもうれしい。

 

 落ち着いたら、上下を入れ替えた。男の子の中は、女の子のとはちょっと違ってた。リョウは多分経験も多いし慣れてるんだろう、ずいぶんすんなりと入った。

 リョウはとても反応がいいし、気持ちよかったけど、される方がボクは好きかな。あの快感は他には代えがたいと思う。苦しいけど、それが好き。

 ふたりでまたシャワーを浴び、まだ違和感が残ってるお尻を気にしながら、ボクとリョウははホテルの前で別れた。

「駅まで送ってくよ」

「ううん、ここでいい。ありがと」

「そう。それじゃ、またね」

「うん、じゃあね」

 お別れのキスをした。他の人から見たら、どう映るんだろう。レズのカップル? なんかもうぐちゃぐちゃだな。ざまあと思った。一体何に対して? よくわからないけど。

 

 電車はちょっと混んでた。ひとつふたつ席は空いてたけど、他の人と体が触れ合うのが嫌だったから、人の少ない車両の端のスペースに立った。

 ついにやってしまった。なんかもうこれで後戻りできなくなっちゃった、間違いなく。知ってしまったら、もう忘れることなんてできない。ボクは、リョウによってエッチな身体にされちゃった。きっと、もう戻れない。

 何だかリョウは、割と自分の都合でボクをいいように扱ってるような気もする。でも、それでもいい。

 右手で左腕を強く掴んでみる。そこにあるのは実在する肉体。ボクの身体だ。この先、どうなっていくのか、どこまでいくのか、全然分からないけど、ボクがここにいるのは確かだと思った。何を言ってるのかわからない? うん、ボクにも分からない。ボクは混乱してるんだ、きっと。

 部屋に帰り着いた時、もうくたくただった。何も考えられない。体中が悲鳴を上げて、とっとと寝ろって主張してくる。そのまま布団にばったり倒れ伏すと、あっという間に気を失った。

 

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