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剣術の授業。
貴族たるもの、男だろうが女だろうが剣一つまともに振れない様では話にならない──というのが、このガイネス帝国の常識である。
これはガイネス帝国がかつて魔王軍との戦いに際して、各国の盟主として常に最前線で戦ってきたという歴史によるものだ。
当時は高位貴族自らが率先して軍を率い、魔軍と相対してきたという。
人間の手でこの世界に平穏を取り戻す、という理念の元結束してきたわけだが、それが亜人差別の感情の根底にある。
それを愚かだと嗤うつもりはないが、個人的には亜人がどうとか人間がどうとかどうでも良い。
あらゆる生物は優れたるか、あるいはそれ以外かで分けられるべきだと俺は思う。
が、まあモノは使い様だ。
一見劣等でも実は劣等ではなかったことなどいくらでもある。
俺の前に立つ赤毛のオス、アゼルもその一人だろう。
「よう、ハイン! 今日もいい天気だな! 模擬試合の相手、俺とやろうぜ!」
朝から変わらぬ騒々しさで、アゼルが俺に声をかけてきた。
その手には刃引きされた訓練用の剣が握られている。
周囲の劣等共が遠巻きにこちらを見ているのが分かる。
まあ良い。
こいつの実力は一度確かめておく必要があった。
先日の模擬試合は引き分けという、俺にとっては屈辱的な結果に終わっている。
今回はきっちりと格の違いを見せつけてやらねばなるまい。
「良いだろう。せいぜい俺の時間を無駄にさせるなよ」
俺は立ち上がり、ゆっくりと剣を抜いた。
アゼルは嬉しそうに歯を見せて笑う。
「そうこなくっちゃな!」
俺たちは訓練場の中央へと進み出た。
講師がどこか緊張した面持ちで試合開始の合図をする。
「は、始め!」
その声と同時に、アゼルが動いた。
速いというより静かだ。
滑るように近づいてくる。距離感を狂わせる歩法。
アゼルの剣が俺の喉元を狙って直線的に突き出された。これも無駄な動きが一切ない。大した練度だ。
そんな剣が空を切り、俺の頬を微かな風が撫でたかと思えば。
俺は剣を立てて、横薙ぎを防いだ。
リシン流の平突きか。
俺が避けることを見越して、返す刀で俺の喉を薙ぎ抉るつもりだったのだ。
少し意外だった。リシン流は辺境で広まっているマイナー剣術だが、他の流派と比べてやや異質だ。一応剣術と銘打たれているが、その本質は総合武術と言っても良い。お上品な宮廷剣術とは違い、拳打、蹴り、組打ちとなんでもありだ。
貴族が修める剣術としては中々見かけないものだが……。
アゼルの体は既に次の動作へと移行している。
腰の回転、肩の動き、手首の返し。
全てが連動し、流れるような一閃が俺の脇腹を襲うが、俺はアゼルの踏み込みに合わせて逆に一歩踏み込む。
そして奴の剣が俺の体に届くよりも早く、俺の剣の柄頭を奴の鳩尾に叩き込んだ。
「ぐっ……!?」
アゼルの動きが一瞬止まる。
その隙を逃す俺ではない。
俺は休むことなく連撃を繰り出した。
突き、薙ぎ、斬り下ろし。
その全てがアゼルの急所を正確に狙う。生き物を殺すのに特殊な技術は必要ない──ああ、殺してはだめだったか。
まあ平気だろう。
だがアゼルもまた、ただの劣等ではなかった。
体勢を崩しながらも俺の剣を捌いていく。
剣と剣がぶつかり合う甲高い音が、訓練場に響き渡った。
火花が散り、鋼の匂いが鼻をつく。
──面白い
「やるじゃないか、ハイン!」
アゼルも楽しそうに笑う。
「お前もな」
俺は短く答えた。ここまではほんの挨拶代わりだ。
俺は剣を正眼に構え、意識を集中させた。
アゼルの呼吸、筋肉の微かな動き、視線の先。
その全てから奴の次の動きを読み取る。
アゼルもまた、俺の気配を探っているようだった。
空気が張り詰める。
「じゃあ、ちょっと小技を使わせてもらうぜ」
アゼルがそう呟いた瞬間、その姿がぶれた。
直線的な突進ではない。
緩急自在のステップを踏み、その姿が分かれていく。
一歩で一体、二歩で二体。ついには六体。
──残像
いや、それだけではない。
まるで六人全てが実体を持っているかのような錯覚を覚える。
視覚情報だけでは捉えきれない。感覚もだめだな。残像のすべてに
ならば──
俺は静かに目を閉じた。
視覚を捨て、聴覚と肌で空気の微かな流れを読む。
剣風、呼気、踏み込みによる大気の震え──それら全てが奴の本体の位置を示す。
俺は動かない。
ただ静かに、奴が俺の間合いに入るのを待つ。
そして──
六体の幻影の中から、本体の一撃が俺の首筋へと迫った。
その瞬間、俺は動いた。
最小限の動きで奴の剣を内側から弾き、がら空きになった胴体へ俺の剣が吸い込まれるように突き出される。
が──奴もまた剣を突き出してきた。
俺の突きと全く同じ軌道。
そうして互いの剣の切っ先が、ぴたりと打ち合わされ。
瞬間、俺たちの模擬剣の剣身が砕け散った。
ややあって、講師が震える声で告げる。
「……ひ、引き分け!」
俺は舌打ちをしながら柄を捨てた。
◆◆◆
剣術講師ギルバルド・フォン・ゼーレン(最初の方にでてきたおじさん)は、試合が終わってもなお、その場に立ち尽くしていた。
目の前で繰り広げられた光景が、彼の長い剣士人生の常識を遥かに超えていたからだ。
周囲の生徒たちは、ただ「凄かった」という漠然とした感想しか抱いていないだろう。
だが剣の達人である彼の目には、その一挙手一投足が信じがたい技術の応酬として映っていた。
──とんでもないものを見てしまった
ギルバルドは内心で呻いた。
──純粋な剣技、その冴えだけを切り取るならば……あるいは、アルファイド家の小僧が僅かに上回っていたか
極めつけはあのステップ。
あれはオルレアン公爵家秘伝の『七星歩』だ。歩法のみで幻影を生み出し、七歩目で仕留める恐るべき業。
俺が血反吐を吐くような修練の末にようやく会得できたのが『三星歩』、三体の幻影までが限界だというのに……。
奴が見せたのは六体の幻影……『六星』。
あの歳で何という業を……。それに対し、アステール公爵家の坊主は目だった業は使っていない。
奴が使った剣技は、突き、薙ぎ、受け流し、その全てが教科書に載っているような基礎的なものばかり。
だが、その一つ一つの精度が異常なのだ。
無駄な動きが一切ない。
最短距離を、最高速で、完璧な角度で繰り出される。お手本通りもここまで極めれば一芸になるだろう。
──あれでまだ未成年だというのだから、たまらんな……
ギルバルドは内心でしょんぼりと肩を落とす。彼自身大層な剣士ではあるが、年を考えればこれから先は落ちていく一方だろう。
「まるで何十年も剣の道に没頭していたかのような……」
そんな事を呟き、首を振るのだった。