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帝都ガイネスフリード。
ガイネス帝国の心臓部であり、同時に、途方もない虚飾と権謀術数が渦巻く伏魔殿。
陽光を受けて輝く白亜の楼閣も整然と区画された街路も、全ては帝国の威光を示す舞台装置に過ぎない。
その舞台の上で舞うのは、血統と歴史という名の衣装を纏った貴族たちだ。
彼らにとっては日々の暮らしそのものが闘争である。
誰が誰の上に立つのか。どの家が最も「力」を持っているのか。この帝国において、力こそが全て。──暗黙の了解であった。
そして今、その帝都の貴族社会において最も耳目を集めている家がある。
他ならぬアステール公爵家だ。
十二公家の一角にして、「帝都の槍」と称される魔術の名門。
だがその栄光はつい最近まで、深い泥に塗れていたと言わざるを得ない。
先代当主、ダミアン・セラ・アステール。
アステール家の歴史における最大の汚点とも言える男。
魔術の探求に没頭するあまり外法に手を染め、貴族としての責務を放棄する事甚だしく。
自らの欲望のためにのみ力を振るう、まさに外道の典型だったのだ。
多くの貴族がアステール公爵家を忌避し、その没落を密かに願っていたほどである。
しかし風向きは変わった。
ダミアンが謎の失踪を遂げ、その妻であるヘルガ・イラ・アステールが執政代理として表舞台に立ってからだ。
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帝都の一等地、ラピスラズリ地区にある某伯爵家の庭園。
季節の花々が咲き誇るその一角で、貴婦人たちによる恒例の茶会が開かれていた。
色とりどりのドレスが咲き乱れ、空気は甘い菓子と紅茶の香りに満ちている。
だが彼女たちの唇から紡がれる言葉は、その場の雰囲気ほど甘くはない。
話題の中心はやはりアステール公爵家だった。
「それにしてもヘルガ様の手腕には驚かされますわ」
カップを傾けながら、一人の伯爵夫人が口火を切る。
「あのアステール家がここまで持ち直すなんて。正直、没落は時間の問題だと思っておりましたのに」
「本当に。ダミアン様の頃はあちらのお屋敷に近づくことすら憚られましたもの。まるで呪われているかのように」
別の夫人が扇子で口元を隠しながら同意した。
当初、誰もが思ったものだ。
──あの、か弱そうな未亡人に何ができるのか、と
だが現実は違った。
ヘルガは驚くべき粘り強さと誠実さをもって、ダミアン時代に断絶していた他家との関係修復に乗り出したのである。
「特に、サリオン公爵家との関係改善は大きいことですわ」
「ええ。エスメラルダ様とハイン様のご婚約ですわね。先の剣術大会でも、素晴らしいご活躍だったとか」
「帝都の盾と槍が手を結ぶ。これは帝国の勢力図を塗り替える出来事になりますわ」
貴婦人たちは期待と不安が入り混じった表情で頷き合う。
アステール公爵家の復権はもはや誰の目にも明らかだった。
そしてその変化の波は思わぬところにも及んでいる。
茶会の一角、他の貴婦人たちとは少し離れた場所に座る女性が静かに口を開いた。
亜人の血を引く、ウサ耳がチャーミングな新興貴族の女性である。
「ヘルガ様は我々のような者にも分け隔てなく接してくださいます」
控えめな声だが、やけに熱がこもっている。
「あちらのお屋敷ではデルフェン種やハーフオーガの方が要職に就いているとか。先代の頃には考えられなかったことですわ」
ガイネス帝国は人間至上主義が根強い。
亜人の血を引く者は、たとえ貴族であっても公然と差別されることが常であった。まあこの場に集まるものは皆、遠く亜人にルーツがある者か、もしくは亜人であることにも人間であることにも特別な価値を見出さないフラットな思想の者ばかりではあるが。
ともあれヘルガの公平な態度は、これまで抑圧されてきた亜人ルーツの貴族たちの心を掴んでいた。
彼らは決して多数派ではないが、独自の技術や情報網を持つ者も少なくない。
水面下でアステール公爵家を支持し、盛り立てようという動きが確実に広がり始めている。
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だが光が強くなれば、影もまた濃くなる。
アステール公爵家の復権を全ての貴族が歓迎しているわけではない。
帝都の西側、質実剛健を旨とする武骨な屋敷。
そこにカシアス侯爵家の屋敷はあった。
カシアス家は十二公家ではないものの、代々帝国の武を支えてきた名門である。
その練兵場から、荒々しい気合と木剣の打ち合う音が響いていた。
「──忌々しいッ!」
練兵場の隅で、当主であるジャコバ・セラ・カシアスは、苛立たしげに吐き捨てた。
鍛え上げられた肉体は、齢五十を超えてなお衰えを知らない。
彼の怒りの矛先は他ならぬアステール公爵家に向けられている。
「『帝都の槍』だと? 笑止千万」
ジャコバは、忌々しげに呟く。
「その栄誉は、長年帝都を守り続けてきた我らカシアス家にこそ相応しい!」
彼には帝国の剣としてその責務を果たしてきた自負がある。
だが、ジャコバがアステール公爵家を憎む理由は単なる嫉妬だけではない。
その根底には先代当主ダミアンへの強い嫌悪があった。
カシアス侯爵家は、ノブレス・オブリージュ──高貴なる者の義務を何よりも重んじる家風だ。
貴族たるもの、その力と権力は、国と民のために使われるべきだというのが、彼らの信念である。
だというのにダミアンはどうだったか。
彼は十二公家という立場にありながら、その義務を何一つ果たそうとはしなかった。
それどころか自らの欲望のために力を濫用し、外道に堕ちた男。
ジャコバにとってダミアンは貴族の風上にも置けぬ存在だったのだ。まあ当時、ジャコバがダミアンに対して何かしら掣肘できたわけでもないが。それだけダミアンの力は大きく、そして邪悪であった。
「あの外道の血を引く者がまともなはずがない」
ジャコバは断言する。
「ハイン・セラ・アステール。奴の活躍とやらも裏があるに違いない。いずれは父と同じ外道に堕ちるだろう」
そして彼のその想いは、ある人物の思惑とも一致していた。
女宰相、ジギタリス・イラ・マリシア。
帝国を実質的に牛耳る、冷徹な才女。
ジャコバはそのジギタリス派の急先鋒でもある。
「宰相閣下もアステール家の動向を懸念しておられる」
ジャコバは低い声で言った。
「奴らがこれ以上力をつける前に手を打たねばならん。アステールの名など歴史の闇に葬り去られるべきなのだ」
その瞳には暗い炎が宿っていた。
帝都は動いている。
アステール公爵家という新たな中心点を軸にして。
ある者はその光に惹かれ、ある者はその影を恐れ、またある者はその存在そのものを憎悪する。
様々な思惑が交錯し、帝都の空気は日に日に緊張感を増していく。
だが、当のハイン・セラ・アステールは、そんな周囲の喧騒など我関せずといった様子だ。
貴族社会の思惑など彼にとっては取るに足らない些事に過ぎない。
彼の関心はただ一つ。
母ヘルガの笑顔だけなのだから。