※この作品はR-18です。

悪役令息はママが好き   作:埴輪庭

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星竜プロメテオル④

 

 ◆◆◆

 

 ハインが放った一条の光はもはや自然現象の範疇にはなかった。

 

 それは純粋な破壊の意思が物理的な形を取ったもの。直径五キロメートルに及ぶ巨大な集光レンズによって束ねられた太陽エネルギーはテラワットを優に超え、瞬間的にはペタワット級に達する。

 

 光速で放たれたその奔流は通過する大気中の分子を瞬時にプラズマ化させ、超高温の火柱となって天と地を繋いだ。もしこの光が都市に向けられていたならば、数万の生命が一瞬にして蒸発し、歴史そのものが地図から消え去っていただろう。

 

 その破滅の彗星が目指すのはノルン王国上空に静止する異形の存在──プロメテオルである。

 

 プロメテオルはそれを知覚した。

 

 眼球という器官を通して視覚的に捉えたのではない。彼(あるいはそれ)の全身を覆う鱗、その一枚一枚が高度なセンサーとして機能し、自身に向けられた膨大なエネルギーの接近を感知したのだ。

 

 それは彼にとって予期せぬ事態だった。

 

 この青い星に降り立って以来、彼が出会った生命体は須らく脆弱で、彼の敵たり得る存在ではなかった。フロストワイバーン然り、先ほどまで足元で蠢いていた矮小な生物の群れ然り。

 

 だが今向かってくるこれは違う。明確な敵意と彼自身の存在を脅かすだけの力を持った「攻撃」だ。

 

 ──ほう。

 

 もしプロメテオルに人間のような感情表現があったならば、彼はそう呟き、口元に笑みを浮かべていたかもしれない。この未開の惑星にも、自分たちに匹敵するエネルギーを行使できる存在がいたとは。

 

 迫りくる破滅の彗星を前にプロメテオルはゆっくりとその巨体を動かした。そして、彼は自らの内なる力を解き放つ。

 

 それは魔力ではなかった。

 

 この世界の理(ことわり)とは根本的に異なる、遥かに根源的な力。

 

 すなわち、『意志力』である。

 

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 ・

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 世界には様々な「力」が存在し、それらには明確な階梯がある。

 

 最も基礎的で、原始的な力。それは筋力であり、知力である。重い物を持ち上げ、複雑な問題を解決する。これらは生物が生存するために必要な、物理法則に則った力だ。

 

 だが生物としての階梯を一つ進めた時、彼らは新たな力の存在に気付く。それが「魔力」だ。

 

 魔力とは言ってみれば「願いを叶える力」の初歩的な形態である。この惑星の全域に遍在する微細なエネルギー粒子。それを集め、特定の条件や誓約、詠唱といったプロセスを経て変性させ、限定的な願いを叶える。火を出したい、水を出したい、空を飛びたい。筋力や知力だけでは実現不可能な事象を外部の力を借りることで実現するのだ。それを人々は魔術と呼ぶ。

 

 しかし魔力には決定的な限界があった。

 

 それは魔力が結局のところ、惑星由来のエネルギーに依存しているという点だ。彼らはあくまでも惑星という巨大なシステムの中で、その恩恵を享受しているに過ぎない。極めてローカルな力なのである。

 

 そして、生物にはさらにその先がある。

 

 魔力の階梯を超え、広大な星界を旅する者たち。彼らが扱う力こそが「意志力」である。

 

 意志力。それは魔力が外部のエネルギーに依存するのに対し、己の意思、己の魂そのものを媒介として「願いを叶える」力だ。

 

 それは外部からエネルギーを取り込むのではない。彼ら自身の内部で完結した、無限に近いエネルギーの源泉から力を引き出し、それを現実世界に投影する。

 

 魔術が「火を出せ」と命じるのに対し、意志力は「そこに火が存在する」と定義する。

 

 それは物理法則そのものに干渉し、世界を自分の望む形へと変容させる、極めて傲慢で、そして根源的な力。宇宙という広大無辺な舞台において、普遍的に通用する唯一の力と言ってもいい。

 

 恒星間生物であるプロメテオルにとって、『意志力』の行使は呼吸をするのと同義であった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 そして今、彼はその力を防御のために行使した。

 

 プロメテオルが望んだのは「隔絶」。迫り来るエネルギーから自らの身を護るための、絶対的な壁。

 

 瞬間、プロメテオルの周囲の空間が歪んだ。

 

 彼の意志に応じ、極めて強力な「磁場」が形成されたのだ。

 

 ハインが放った『超最強劣等絶滅破壊砲(オメガ・レイ)』はその本質においては光、すなわち電磁波である。そして、ビームの通過によってプラズマ化した大気もまた、荷電粒子の集合体だ。

 

 プロメテオルが発生させた磁場は尋常なものではなかった。その磁束密度はこの惑星の地磁気の数億倍、あるいは中性子星に匹敵するレベルに達していた。意志力はエネルギーの等価交換ではなく、事象の定義であるため、このような芸当が可能となる。

 

 この超強磁場は多層的な防御機構として機能した。

 

 第一にビームの先頭にあるプラズマ化した荷電粒子への作用である。磁場中を運動する荷電粒子が受ける力──ローレンツ力。凄まじい速度で直進していたプラズマはこの力によってその軌道を強制的に捻じ曲げられる。さらに磁場の密度勾配を利用した磁気ミラー効果が発生し、荷電粒子を押し戻した。

 

 第二に光そのものへの作用である。

 

 通常、磁場が光に直接影響を及ぼすことはない。だがこれほどの超強磁場環境下においては真空そのものが変質する。

 

 量子電磁力学(QED)によれば、超強磁場は真空の性質に影響を及ぼし、光の伝播特性を変化させる。これを「真空の複屈折」と呼ぶ。磁場がレンズのような役割を果たし、光の進路すらも捻じ曲げるのだ。

 

 そして、両者が激突した。

 

 凄まじい閃光が天空を覆い尽くす。音はなかった。音を伝えるべき大気がすでに消し飛んでいたからだ。

 

 ペタワット級のエネルギーが絶対的な磁場の壁に叩きつけられた。

 

 光の奔流が磁気シールドに接触した瞬間、そのエネルギーは真空の複屈折とローレンツ力によって軌道を逸らされ、あらぬ方向へと弾き飛ばされた。逸らされた光条が遠方の大氷原を薙ぎ払い、巨大な水蒸気爆発を引き起こす。

 

 エネルギーとエネルギーが拮抗し、その余波が周囲の空間を焼き尽くしていく。衝突面からは高エネルギーのガンマ線やX線が放射され、もし地上に生物がいれば、その瞬間に細胞レベルで崩壊していただろう。

 

 拮抗は数秒間にわたって続いた。

 

 やがて光が収束していく。ハインが形成した巨大レンズがその構造を維持できずに崩壊し始めたのだ。

 

 天空を満たしていた白熱の光が消え去り、後には重苦しい静寂だけが残された。

 

 そして、その中心には依然としてプロメテオルの姿があった。

 

 無傷。

 

 彼の纏う漆黒の鱗には傷一つついていない。磁気シールドは『オメガ・レイ』の直撃を完璧に防ぎきったのだ。

 

 プロメテオルはゆっくりと視線を動かし、遥か彼方に浮かぶ、小さな影を捉えた。

 

 あれほどのエネルギーを放った張本人。この星の、矮小な生命体。

 

 ──面白い。

 

 プロメテオルの心に明確な感情が芽生えた。それは驚きとそしてわずかな好奇心。

 

 彼はその存在──ハインをもはや単なる食料とは認識していなかった。

 

 対等な、あるいはそれ以上の「敵」として認識したのだ。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ◆

 

「なにぃッ!?」

 

 口にしてから、しまったと思った。まるで三下の劣等がやられる時に吐くような、陳腐で間抜けな台詞ではないか。俺としたことが。

 

 だがそれも無理からぬことかもしれない。

 

 俺の『超最強劣等絶滅破壊砲《オメガ・レイ》』。あれはガキの頃の火遊びを戦略級にまで昇華させた、俺の自信作の一つだ。この星の劣等どもが束になっても、あれを受け止めることなどできはしない。そう確信していた。

 

 だというのにあの忌々しい竜モドキは無傷で空中に浮かんでいる。漆黒の鱗には煤一つ付いていない。

 

 ──傷つくな。

 

 らしくもなく、そんな感想が漏れる。なにせ、この俺が持てる魔力の半分以上を注ぎ込んだのだ。それをあっさりと防がれて、平然としていられるほど俺は悟りを開いてはいない。

 

 だがなるほど。少しは理解できた。つまり、()()()の魔術ではダメだということだ。

 

 ならば、やり方を変えるまでだ。

 

 それにしても、奴は何をしている? 

 

 俺は眉を顰める。奴からの反撃がない。ただじっと俺を見ているだけだ。まるで、俺の次の手を見極めようとしているかのように。

 

「様子見だと? やはり劣等!」

 

 俺は思わず吐き捨てた。

 

 極まった闘争において、様子見などという日和った考えは最も忌むべきものだ。押して押して押しまくる。それが強者の戦い方である。

 

 要はビビっているのだ。相手が何をしてくるか分からない。怖い。だから様子などを見る。実に劣等らしい、姑息な思考回路だ。

 

 俺はそんな事はしない。容赦なくぶち殺し、いかに無様に死んでいったか──その屍を検分するだけだ。

 

 ならば、くれてやる。貴様が望む次の一手を。

 

 俺は意識を集中させ、自らの肉体を構成する“粒”の配列を組み替える。

 

 ──『歪身(アヴァターラ・)相転移(シフト)!』

 

 瞬間、俺の肉体はその構造を失い、質量を持たない存在へと変質した。

 

 俺は文字通り()()()()()、宙を駆け抜け、一瞬にして奴の頭上を取った。そして再び肉体を再構築する。風から人へ。その転換は瞬き一つする間もない。

 

 眼下に広がるのは巨大な漆黒の頭部。俺は右手を振りかぶり、手刀の形を作る。そこに全神経を集中させ、一点に力を凝縮する。

 

殺ッ! (シャア)

 

 裂帛の気合と共に俺は手刀を振り下ろした。無論ただの手刀ではない。瞬きもの間に数万回もの振動を加えた必殺の一撃である。狙うは奴の脳天。この一撃でその醜悪な頭蓋をかち割ってくれる。

 

 だが寸前で奴が動き、俺の手刀は奴の脳天を捉えきれず、その軌道が逸れる。しかし完全に躱されたわけではない。

 

 俺の手刀は奴の左目の部分を深く切り裂いた。

 

 手応えはあった──だが浅い。奴の鱗が想像以上に硬かったのだ。鋼鉄など比較にならない。

 

 俺の一撃を受けた竜モドキは低く唸り声を上げながら、ゆっくりとその巨体を翻した。そして、残された右目で俺を睨みつける。

 

 ──その意気や佳し

 

 俺は追撃に移ろうと再び魔力を練り上げる。だがその瞬間だった。

 

 奴が動いた。今度は俺に向かってではない。逆方向へ。

 

 凄まじい速度だった。

 

 奴は一瞬にして加速し、空の彼方へと消え去っていく。“大地の鎖”──この星が万物を引き留めようとする力を完全に振り切るほどの速さだ。

 

 ──逃がしたか。

 

 俺は舌打ちをする。あれを追うのはこの俺と言えども中々骨が折れる。

 

歪身(アヴァターラ・)相転移(シフト)』は“粒理論”を応用し、自身の肉体を様々なものへと再構築する魔術だ。この魔術で風などよりも遥かに速いモノへこの身を変じる事ができれば奴を追う事など造作もないのだが、残念ながらそこまでの階梯には至っていないというのが実情だ。

 

 俺もまだまだ未熟ということか。母上に顔向けできない。

 

 まあこの魔術は本来、戦闘のために編み出したものではないのだが。

 

 これは母上と一体化するために編み出した秘術だ。母上の肉体と俺の肉体を“粒”のレベルで融合させ、文字通り一心同体となるための。母上の温もりをその存在そのものを細胞レベルで感じ取りたい。そんな切実な願いでこの魔術を編んだのだ。

 

 だがいざ使ってみると様々な用途に使えるため、中々便利だったりする。

 

 ともあれ、だ。

 

 奴は逃げた。俺の一撃に恐れをなして。

 

 ならば、この場は俺の勝利だ。そう結論付けて、俺はゆっくりと高度を下げ始めた。眼下では未だに劣等どもが右往左往しているのが見える。実に滑稽な光景だ。

 

 さて、さっさと母上の元へ帰らねば。こんな場所に長居する理由はない。

 

 ……ああ、そうだ、フェリを忘れてた。

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