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皇帝ヴァルフリードには子が四人いる。
第一皇子ルドヴィーク。第一皇女カテリーナ。第二皇子ヴィクトル。第二皇女アナスタシア。
そしてここ最近、帝国貴族の関心は皇位継承者は誰になるのか、という一点であった。
いや、二点だろうか。
帝国宰相ジギタリスが誰を選ぶのかという話題も大いに関心を集めている。
が、第二皇子ヴィクトルだけは別だ。
これは逆臣三公が次期皇帝に、と名を掲げているからだ。なぜ三公がヴィクトルを神輿に乗せようとしているかは杳として知れないし、そもそもヴィクトル自身、その人品はともかくとして貴族からの評判は余り良くないのだ。
体躯は雄大だが武芸や政(まつりごと)はてんで駄目、魔術の業も冴えないどころか、指先に火を灯す事が精いっぱいといった有様である。
まあこれでいて、危急の折には頼りになるとかならば話は別なのだが、ヴィクトルの場合は本当にセンスがないのだ。武芸にせよ政治にせよ魔術にせよ、努力はしているのだがセンスがない。
慈愛の心はあるし、自身の至らなさを認める度量もある。見た目はまあゴツいが男らしいと言えるだろう。しかしそういったモノでセンスの欠如を補う事はできない。
魚が魚である限り、木登りの
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母上が眠っておられる。ここ最近は夜遅くまで執務をしており、大分疲れも溜まっているようだった。
なぜ母上がそこまで根を詰めねばならないのか──それは馬鹿どもが相争っているからだ。
今、帝国は揺れている。
三匹の劣等が帝国へ反旗を翻し、新たな皇帝を掲げようと喧伝しているのだ。それに多くの貴族が便乗して、誰が誰につくかと事態は混迷の
十二公家も関わっている以上、我がアステール公爵家も無関係ではいられない。母上はそういった諸々の雑事に煩わされている。
だから──俺はフェリを呼んだ。皇帝には子が四人いるらしいが、こいつらについて調べろと命令しておいたのだ。
俺の考えは単純だ。
椅子の問題である。
帝国の皇帝はもうじきくたばるらしい。実権を握っているのはジギタリスという女狐だ。ここがポイントなのだ。そう、「実権」である。
形骸と化した皇位にも意味はあるのだ。無論、そこに力が伴えば最良だが、伴わずとも構わん。
現に貴族どもは女狐に群がってはいない。空いた椅子のほうへ群がっている。劣等仕草ここに極まれりといった所だが、それならば話は早い。
椅子を埋めてしまえばよいのだ。埋まってしまえば群がる先も消えるだろう。そうして帝国が一丸となれば、反乱を鎮圧する事も容易いはず。十二公家の反旗といっても、たかが三家の話である。残る九家──いや、帝国の総力で潰してしまえば良い話だが、それができない理由は国内の意思が統一されていないからだ。
問題は誰を椅子に据えるかだが……。
俺の考えとしては母上以外ありえないのだが、劣等目線で見れば母上が皇帝になる事は受け入れられないだろう。まあいずれは母上がこの帝国を掌握することになるのだが、それまでの間、帝国を痩せさせないための──そう、間に合わせの皇帝が必要だ。
しかし──
「誰でも良いというわけではない。フェリよ、お前の見立てではどうか」
フェリが一礼した。
「第一皇子ルドヴィーク殿下。武芸に優れ、保守派の支持が厚くあられます。宮廷では次代に最も近い御方と目されております。逆臣三公の即時討伐を強くお求めであり、武門の家々が続々と旗を寄せております」
「そうか」
「第一皇女カテリーナ殿下。聡明であられ、外交の手腕は宮廷随一との評でございます。ただ温厚に過ぎるとも言われており、この動乱を乗り切る器ではないと見る向きが多くございます。文官筋と、宮廷に伝手を求める新参の家々が集まっております」
「ほう」
「第二皇子ヴィクトル殿下。……温厚な御方であると、皆そう申します。ただ──その先を申す者が、一人もおりません。武においては兄君に遠く及ばず、議場では未だ口を開かれた事がないとの由。魔術に至っては、宮廷の誰も殿下の業を見た事がございません。それでいて鍛錬だけは欠かされぬそうで、そこばかりは誰もが認めております」
「ふうん?」
「第二皇女アナスタシア殿下。お若くして宮廷内に独自の人脈を築いておられる才媛との評でございます。ただ人脈に偏りがあり、十二公家の広い支持を取り付けるのは難しいと見られております。商いに縁の深い家々が近づいております──以上でございます」
なるほどな、と俺は大きく頷いた。
「次期皇帝は力により決まる──そう考えてよいな?」
「はい、そうなるでしょう。本来ならば十二公家の合議により決まるはずですが、しかし……」(ママ③参照)
そう、肝心の十二公家が大きく割れているのだ。だからより多くの、より強い貴族家を味方につけた者が皇帝となるだろう。
「母上はどの皇子を推挙するのか決めているのか?」
「それは──わたくし共にはわかりかねる事です」
まあそれはそうか。
「グラマンに聞いてみるか……」
あの爺ならば母上の政治的な相談にもよく乗っているから何か知っているかもしれない。
「何かお考えがあるのですか?」
無論ある。
あるが──
「まずは母上の御意向を聞いてからだな」
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「はあ……どうしたものかしらね」
ヘルガは頬に手を当て、まさに今困ってますよといった風情で呟いた。やけに色気があるのは気のせいではあるまい。
ここ最近のヘルガは容色冴え渡る事
ある日はどこぞの亜人系貴族と会食をし、ある日はどこぞの商人と、またある日は宮殿に登城して夜遅くまで──といった有様である。
無論何もかもをヘルガ一人がこなしているわけではないとはいえ、それでも中々に厳しい。そんな生活を送っているというのに見目が冴え渡るというのは──当然、種もあれば仕掛けもあった。
種を明かせば、ハインの魔力である。
そもそも魔力とは何なのか。
学者どもが好んで論じる議題であるが、根源を辿れば答えは存外に素朴なものだ。「願い」を叶えるための「祈り」である。
有史以前、魔術などという体系はどこにもなかった。ただ切実に希う者がいた。旱魃に於いて雨を希えば、その祈りが形になる事がままあった──そういう時代がただあっただけなのである。
だが祈りは気まぐれだ。届くものもあれば届かぬものもある。ゆえに人はその差を延々と調べ上げた。言葉を整えれば届きやすく、図形に写せば尚のこと良い。手順まで定めれば申し分ない。そうして詠唱と魔法陣と儀式が生まれ、祈りは「魔術」という名の学問へと成り下がった。
成り下がったという表現には異論もあろうが、原初の姿から見ればそうなのだから仕方がない。要するに現代の魔術とは、祈りを届かせるための定型文なのだ。
逆に言えば──定型など借りずとも届くものが、ごく稀に存在する。
条件は二つある。願いが純粋である事と、そこに桁外れの魔力が伴う事だ。この二つが揃った時、祈りは詠唱も術式も経ずに世界へ直接働きかける。古い書物はこれを「原初の魔術」と呼んでいる。
さて、ハインである。
母上にはいつまでも健やかであってほしい──この男はその願いを一日たりとも欠かした事がない。朝な夕なに精神世界の夜天へ母の姿を描き、健やかであれ幸福であれと祈りを捧げるのが日課なのだ。そしてそこには、アステール史上もっとも強大と謳われる魔力が乗っている。
願いは純粋も純粋、魔力は言わずもがな。条件は揃いに揃っていた。
かくしてハインの祈りは本人の与り知らぬまま原初の魔術として成立し、ヘルガへと注がれ続けているのであった。帝国の魔術師が生涯を懸けても届かぬ神秘の高みが、母の肌つやに費やされている──そういう事である。
まあ、それはともかくとして。
ヘルガは確かに悩んでいた。
理由はまさにハインが考えている事で、アステール公爵家としてどう動くべきかという指針についてだ。
旗幟を明らかにする必要があった。
つまり皇子たちの内、誰を支持するのか。
誰を支持すれば家にとって最良なのか。
誰を支持すればハインの将来にとって最良なのか。
どの皇子もそれなりに皇帝としての資質がありそうだが、どの皇子にも穴がありそうに思える。
──ルドヴィーク殿下が一番人気があるけれど、少しお考えが武に寄り過ぎている気がするのよね。
カテリーナもヴィクトルもアナスタシアも、ヘルガにとっては百点満点とはいかない。どんな小さな瑕ですら引っかかってしまうのだ。
──武がお強いのは結構だけれど、それはいずれ戦をなさるという事でもあるでしょう? 戦となれば真っ先に駆り出されるのはあの子だもの。駄目ね。
子を想う母としては当然の帰結である。ルドヴィークはこの瞬間、十二公家の一角を失った。本人は知る由もない。
──カテリーナ殿下は聡明な方だけれど、聡明という事は人を上手にお使いになるという事よね。ハインは優しい子だから、頼まれたら断れないでしょうし……。
ちなみにハインの優しさは母限定であると本人が常々公言しているのだが、ヘルガの中のハインは友人思いの心優しい少年という事になっている。
──ヴィクトル殿下は……その、あれよね。お優しいだけの方が上に立たれると、お支えする側が苦労するものよ。あの子ったら根を詰める性質だから、きっと朝も夜もなく働いてしまうわ。
──アナスタシア殿下は駄目。駄目駄目。お若いのに才媛だなんだと皆さん持て囃すけれど、人脈がご自慢というのはどうなのでしょうね。 なんだかどんなことにも他力を当てにしていそうでちょっと心配だわ。
あれもダメ、これもダメでは決まるものも決まらない。とはいえ、決めねばならない事でもある。
「誰かに相談するべきなのでしょうけれど──」
そう、一人で考えるよりは、というやつだ。しかしそれも中々難しかった。相談とは聞こえの良い言葉であるが、その実態は責任の分配である。
仮にヘルガが家臣の誰かへ問うたとしよう。問われた側は死に物狂いで考えて、例えば「ルドヴィーク殿下がよろしいかと」と答える。ヘルガがそれに従って旗を立て、担いだ皇子が負けたらどうなるか。
その家臣は「家を誤らせた者」として残りの生涯を送る羽目になる。
皇位継承とはそういう賭けなのだ。当たれば功臣、外れれば戦犯。しかも賭け金には家門の浮沈と、下手をすれば一族郎党の首まで乗っている。そんな問いを向けられて本音で答えられる者はまずいない。返ってくるのは当たり障りがなく後からいくらでも言い逃れの利く答えだけだ。
聞くだけ無駄という話だが、実はそれだけでは済まない。問うという行為そのものが、家中へ貧乏くじを配って回るのと同じ事なのだ。
例外はいる。老執事のグラマンならば本音で答えるだろう。あの老人は誠実だからだ。誠実であるがゆえに、進言の責任ごと呑み込んで答えてしまう。日々の政務ならばいくらでも頼れるが、この一手についてだけは駄目なのだ。ヘルガはそれを分かっているから聞けない。
家の外に相談相手を求めるのは論外である。アステール公爵家が旗を決めかねている──その情報一つで各陣営の使者が門前に列を成すだろう。政に於いて迷いは弱みと同義である。
責任というものを知る当主ほど、誰にも問えず一人で抱え込む事になる。
そんな風に悩んでいる中、執務室の扉が控えめに叩かれた。
応えを返すと、扉が開かれる。
そこには──
「母上、今宜しいでしょうか」
真面目腐った顔をしたマザコンが立っていた。