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ここ最近、アステール公爵家の──いや、ハインの忠実なメイドであるフェリは訝しんでいる。
というのもハインの様子がどうにもおかしいのだ。
ハインは近頃、幾度か帝都商業区の料亭・白鷺館へ足を運んでいる。第二皇子ヴィクトルとの会食のためだ。むろんフェリも随行する。使用人頭にして警護役たるフェリの定位置は控えの間──壁一枚を隔てた隣室であるが、暗殺者として仕込まれたこの女の耳に壁の一枚などあって無きが如し。会食の一部始終は職務として全て聞いている。
しかし──。
ハインときたら、皇子の詩へ相槌を打ち、時に軽口を差し挟み、皇子が笑えばすこし遅れて柔らかく笑うではないか。言葉が途切れれば話題を継ぎ、杯が空けば給仕より先に気づいて勧める。絵に描いたような友人ぶりである。媚びとまでは言わないが、明確に自身を皇子の下に置く様はフェリにはどうにも腑に落ちないものがあった。
無論ハインとて公爵家の嫡男であるから、礼式だけは完璧に修めている。ただ、その
フェリの耳は声の嘘を聞き分ける。強張り、上擦り、作り笑いの浅い息──そういうものが壁の向こうの声には一つもない。完璧に寛いだ、心を許した者の声である。
──若様に本当にご友人が……?
フェリはハイン全肯定メイドではあるが、それでも客観的に見れば己の主が気やすく友人を作れるようには思えない。というより、当のハイン自身が
ただ、とフェリは思う。
──若様の気持ちが変わったのかもしれない。
そういう事もあるだろう。ましてやハインはまだまだ若い。少年とも言ってよい年齢なのだから。
──でも。
フェリはどうにも引っ掛かる。
例えば帰り道にこんな事があった。
会食からの帰り、フェリは護衛として馬車でハインの向かいに座る。先日フェリは何の気なしに尋ねた。
「殿下は、次は秋の詩をお送りになるそうでございますね」
壁越しに聞いた話である。ハインは窓の外へ目を遣ったまま答えた。
「ああ──そうらしいな」
──そうらしい、とはどういう事なのでしょうか。
半刻前まで皇子と詩を語らっていたのは他ならぬハインである。このいい様はどう言う事だろうか。
もっとも、ハインが元より演技派マザコンであることをフェリは知っている。母の前と使用人の前とで、この少年は別々の顔を使い分けてきた。皇子との会食も家の大事であろうから、席に相応しい顔を作っているだけ──それはそれで筋が通ってはいるのだが。
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答えを求めて、フェリは屋敷の中庭に立った。
「オーマ、貴方は何か聞いていませんか?」
フェリは中庭の隅でしゃがみこむ黒い影──オーマに問いかけた。最近オーマがハインからなにやら命を受けて動いている事をフェリは知っている。
銀製のじょうろでヴィーワの苗木に水をあげながら、オーマは一度、ぶるりと震えてから答えた。
『ワカサマノ、シゴト、シテル』
それを聞いたフェリはわずかに目を細めた。心という名の湖面に、さざ波がたつ。
「仕事、ですか──」
オーマは答えず、じょうろの注ぎ口だけが右から左へ動いていく。水は淡々と土に吸われた。
「どの様なお仕事なのでしょう」
再度の問いにオーマは答えない。
知っていて言わぬのか、言えるだけの言葉を持たぬのか。数秒ほど待つフェリだったが、結局オーマは何も言わないままだった。
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フェリはその夜、公爵邸の警護の当番であったので任につきながら、ハインの真意について思いを巡らせていた。
主の意図を探ろうというのは確かに下僕の身としては不遜極まるものではある。しかしハインの性格をある程度は知っているフェリはそれが時と場合によることも知っている。ハインという主は下僕がただ言われた事を唯々諾々とこなすだけの存在になり下がることを良しとしないのだ。
例えばハインは「佳きに」という極めて短いフレーズの中に非常に複雑な指示を籠めることがある。
フェリをはじめ、アステール公爵家に仕える者たちはそれを察しなければならない。それが出来なければ近くに置いてもらえないのだ。オーマが口を閉ざしたのは恐らくそれが理由なのだろうとフェリは思った。楽をしようとするな、という意味なのだろうと察したのだ。
「あれは愚問でしたね……」
ハラスメントの権化のようなハインに仕える事は決して楽ではない。
ただ、ヒントがないわけではない。
──若様は我々に皇子たちの人となりを調べさせましたね。
そもそもあれは何のための調査なのだろうか。
四人の皇子、皇女たちを調べ、そしてその内の一人に近づく事の意味とは。
ハインの意図──それは考えに考え抜けばいずれ答えを見出せるという確信がフェリにはあった。そこは心配していない。
しかし、考えに考え抜いたとしてもさっぱり分からないであろうという確信もある。それはハインの意図ではなく。
──
あの時、皇子と団欒していたハインはまるでフェリの知るハインではなかった。姿かたち、声といった外見は確かにハインそのものだったが、何かが違う。
何が違うのか。
どこが違うのか。
──魔力、が。
そう、魔力が違うのだ。
魔力には波長があり、同じ者は二つとない。業優れたる者には色や肌ざわりの違いまでも感じられるという。全く気持ち悪い話ではあるが、例えばハインは母ヘルガの魔力を文字通りしゃぶりつくしているため、色・味・匂い・肌ざわりといった各感覚を感じ取れるほどに解像度が高まっている。(「揺籃」等参照)
そしてヘルガもハインの魔力への解像度がそれなり以上に高いのだ。
確かに味も見た目も匂いも同じなのだが、フェリの感覚は否を主張している。例えて言うならば、そう、