※この作品はR-18です。

悪役令息はママが好き   作:埴輪庭

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おばあさまはハインが好き

 ◆◆◆

 

 帝都ガイネスフリードの遥か上空で、ハイン・セラ・アステールは宙空に脚を組んで座り、劣等ひしめく下界の様子を見つつ満足げに頷いた。

 

 帝都全域にまき散らされた()が次々と発芽し、花を咲かせていたからだ。高空からそんなものが分かるのかという向きもあるが、もちろん可能だ。

 

『歪身相転移(アヴァターラ・シフト)』(星竜プロメテオル④参照)によって自身の()の配列を組み替えたハインは帝都に吹き荒ぶ風となって天眼通も真っ青になるほどの超感覚的視界を得てそれを確認している。

 

 さてハインの撒いた種だが、もちろん子種などではなく、純然たる植物の種子である。『春の後ろ髪(アンビリカル)』という名のその花の見た目は、一言で言えば地味である。丸っこい四枚の花びらはやわらかな若草色で、物を知らぬ劣等などはこれが花びらなのか葉っぱなのか判別ができないだろう。しかし()はこの在り様に奥ゆかしさを見る。例えばガイネス帝国にはかつて、植物学に傾倒したトゥミ・セラ・マキーノという貴族がいた。

 

 家産のあらかたを草木の採集と標本作製に溶かして妻をさんざん泣かせたこの男は、帝都中の路地を這いずり回った希代の好事家であった。そんなトゥミだがある日、趣味仲間であるエルデンブルーム伯爵から珍しい花があると聞かされた。そして見せられたものが『春の後ろ髪(アンビリカル)』だったのだ。

 

 希少性で言うなら特級である。

 

 なにせ、植物キチであるエルデンブルーム伯爵ですら書物の中でしか見知らない珍しい種だ。遥か太古──例えば神代にはそれこそ世界中で咲き誇っていたそうだが、現在ではほとんど見られない。わずかな株がエルデンブルーム伯爵領に存在するのみだ。

 

 ただ、教えた当の本人であるエルデンブルーム伯爵は、その余りの地味な見た目に友人が余り喜んでくれないと心配していたという。

 

 しかし──。

 

 そんな地味地味なアンビリカルに顔を寄せたトゥミは、嬉しそうにその丸っこい(がく)を撫でてこう言い放った。

 

「世に雑草という名の植物などただの一本も存在せぬ」

 

 と。

 

 ハインはこれをエルデンブルーム伯爵領から調達してきたのだ。多少の誇りと、引き換えにして。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ◆

 

「あらまあ、ハインちゃん! まさか一人で? あの子は一緒じゃないのかしら? まあいいわ!きなさい!」

 

 三千世界広しといえども、この俺をハインちゃんなどと呼ばわって生きていられる者は数名しかいないだろう。そのうちの一人がこの方だ。母上の母上の母上──つまり俺の曾祖母にあたる、エイル・イラ・エルデンブルーム女伯爵である。

 

 見た目こそまだ五十か六十かといったところだが、実際は百を優に超えている。無論とっくの昔に隠居を済ませており、本来なら当主の座に座る義理などない身だ。爵位も先代たる娘のシグリッド・イラ・エルデンブルームへとうに譲られていた。しかし我が祖母にあたる彼女は母上を産み落とすと間もなく儚くなってしまったのである。

 

 順当に行けば残された夫であり母上の父親たるザンスカル・セラ・エルデンブルームが当代の伯爵として領地を治めていなければ辻褄が合わない。だがその祖父もまたこの世にいないのだから仕方がない。

 

 この一連の顛末について俺には大いに思うところがあり、率直に言って負い目そのものだった。

 

 元凶は生物学上の父と呼ぶのも悍ましいダミアンという害物だ。奴が若き日の母上を見初めた際において、ザンスカル伯爵は至極真っ当な父親の矜持をもってその汚らわしい求婚に頑強な抵抗を示した。

 

 ところがダミアンという男は、陰劣・下劣・卑劣・堕劣の四身一体のような屑であった。領地への兵糧攻めじみた嫌がらせを執拗に重ねて逃げ道を塞ぎ、謀反の濡れ衣を着せてついにはザンスカルの首を断頭台に落とさせたのだ。手に入れたい女の父親をでっち上げの罪で処刑して強引にその血を掠め取ったのだから、これはもう控えめに言っても救いようのない外道と断ずるほかない。

 

 早急に抹殺出来た事は僥倖だったが、それでもなお幼き頃の俺は愚かだった。

 

 もっと奴を苦しませてぶち殺してやるべきだった。

 

 まあもう過ぎた事は仕方あるまい。

 

 ともあれ、結果として隠居していた老躯が再び当主の椅子へ引き戻される羽目になった。どれほど嫌悪しようとも、俺の肉体にはあの男の薄汚い血が半分だけ混ざり込んで脈打っている。だから──さしもの俺といえども、彼女の前に立つときばかりはいつもの調子でいられなくなる。

 

 俺が逆らえぬ相手がいるとすれば、それはまず母上。そして、このおばあさまだろう。

 

 だから俺は──

 

「うぐぐぐぐ! お、おばあ様、おやめくださいッ……!」

 

 俺は抗議をしたがしかし、おばあさまは聞いてくれない。俺を抱きしめ、その胸元に頭を埋めさせ、窒息させようとしてくる。これだからこの方の事は苦手なのだ。

 

「お、おばあさま!」

 

 なおも俺が言うと、ようやく「あらまあ、ごめんなさいね」などといって離してくれるのだが、そのすぐあとにまた窒息攻撃が始まる。

 

 そんな風に苦手なおばあさまなのだが、今日ばかりは頼みがあるので仕方なく訪れる事になった。とある植物の種子を譲ってもらうためだ。母上へのさりげない調査によって、母上が好む草花が何かを特定することができたのだが、それはこのエルデンブルーム伯爵領にしか咲いていないのだ。いうまでもなく、無断でそれらを頂戴することなどは出来ない。かなり希少だというし……。

 

 ただ、頼み自体は随分あっさりと聞いてくれた。

 

 ◆

 

「あら、かまわないわよ。庭番につつませておくわね。最近やっと少しだけ株を増やす事ができたの。ハインちゃんならきっともっとうまくやってくれるでしょう」

 

 こんな感じで拍子抜けするほど朗らかに快諾されたものだった。まあその後にはまたぞろ()()が始まるのだが……。別に本当に窒息するなどとは思ってはいない。呼吸法をある程度極めた俺は、丸三日間息継ぎ無しで詠唱をすることだってできる。多少呼吸できなくなるくらいどうという事はない。

 

 それでも苦しくなるのはなぜだろうか? 

 

 俺の肺ではない、別の部分が締め付けられているからだろうか。

 

 確実に言えることがある。

 

 この年で膝に乗せられ、焼き菓子を食わせられるのは屈辱の極みという事だ……。

 

 去り際、おばあさまがこんな事を言った。

 

「ハインちゃん、ヘルガを頼むわね」──と。

 

 こんな事は言われるまでもない。しかし俺は全身と全霊で再度自身に誓いを立てた。

 

 この世界を母上のものと成すことを改めて誓ったのだ。

 

 おばあさまもそれを応援してくださっている事がとても嬉しい。

 

 それにしてもおばあさまは()()さえなければ随分と話が分かるお方だ。俺がたった一人でエルデンブルーム伯爵領を訪れても何か疑ってくることもないし、希少な花をあっさりと譲ってくださったりもする。そこまで信頼されていることに感謝の気持ちしかないが、だからこそ信頼を裏切ってはならないという想いが湧いてくる。

 

 まあ……今後はもう少し頻繁に訪れるべきなのだろうな。

 

 今度は母上と一緒に来れたらいいのだが。

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