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──な、なんで
──なんでは、ハイんは、こんな……ァ
鍛造というものを人体で行えばこのような惨状になるのかもしれない。叩き潰し轢き潰し擦り潰し──畢竟、ヴィクトルは
いきなり殴り飛ばされた時、ヴィクトルは驚きはしたものの実戦的な鍛錬だと考える程度の心の余裕はあった。腕をへし折られた時は流石にここまでするのかと苛立ち、睨みつける意気地は残っていた。
しかしそんな意気地とやらも、腹を蹴り破られて宙空に舞う自身の内臓を目にした時にへし折れた。次の瞬間に
もう勘弁してくれ──そんな想いはすぐに助けてくれという懇願に変わり、殺さないでくれという助命の希求を経て、もう殺してくれという希死の念へと変わった。
ぐしゃり
めきゃり、ぐちゃ
血をふんだんに含んだ肉を叩く音が鍛錬場に響き渡る。これはガッデムがその鉄拳でヴィクトルを──いやヴィクトルであった肉を叩く音である。驚くべきことに鮮血したたる生肉の如き姿となってもヴィクトルはまだ生きていた。普通ならとっくに死んでいるのだが当然種はある。ハインが都度ヴィクトルを
皮が肉が骨が破壊されるたびにそれを修復している。一見治癒魔術に見えなくもないが、ハインが行使する
神──と信じられている何か──への祈祷を筆頭に、世界には様々な治癒魔術が存在するが、それらは本質的に『生体の自然治癒力を魔力で励起する』という点において共通している。
だが急激な再生は術を受ける者の体力を激しく前借りする。砕けた骨を繋ぎ失われた血液を補うためには莫大な生命エネルギーが消費されるのだ。ゆえに重傷の治癒ともなると、傷は治りましたが体力が尽きて死にました、というようなことが往々にして起こりうる。
しかしハインの行使する
体力を前借りして細胞を急激に分裂させる理屈とは無縁であるため修復された肉体には疲労の蓄積すら生じない。失われた血液の一滴一滴も極論を言えば
普通なら気絶という名の休憩が挟まるところだが、ハインの修復はご丁寧に眠気や疲労まで取り除いてくれる。
先ほどガッデムの鉄拳によって胸郭を粉砕され肺を突き破られて喀血したはずだった。死ぬと確信したはずなのに、胸の奥でぐしゃりと骨が噛み合って肺が塞がり、次の瞬間には全身へ活力が満ち溢れてしまう。逃げ場のない意識のまま、ヴィクトルは涙と鼻水を垂れ流して少年を見上げた。
「……ハイン、もうやめてくれ。死んでしまう……」
「死にませんよ。それに──」
ハインは平然と言い放つ。
「痛みなくしては強くなれませぬ」
「そんな、こと……っ」
「あるのです。鍛錬とは身体を苛めてより強い身体を得るというものでしょう? 人の身体は痛みを受けると、次痛むときに備えるものなのです。それを強くなる、と言います。ゆえに、痛みが人を強くするといっても過言ではない──死なない限りに於いては」
粒の魔術にはハイン本人も与り知らぬ余禄がある。ハインは無傷の粒はそのままに、しかし傷んだ粒があれば損傷箇所を魔力の粒によって補填する。その際、ハインの魔力がわずかながらに混入するのだ。
それが何を意味するかは、いずれヴィクトルが身を以て知ることになるだろう。
ところでこのトンチキなハインの言を聞いたヴィクトルの感想としては、狂っている、という至極真っ当なものに落ち着いたわけだが──。
「殿下、民はもっと痛いのです」
そんなハインの言葉に、ヴィクトルははっとする。
「殿下がいかに苦しかろうと、辛かろうと、殿下には私がいます。決して死なせません。しかし、民の一人一人に私がいるわけではない。だから死ぬ。痛いものを痛いままに受け取り、無為に殺され続けているのです。なぜ死なねばならないのか──殿下ならお分かりですね?」
そうだ、とヴィクトルは俯く。
どんな綺麗事を並べ立てようが、結局は力なのだ。
旧魔王軍、大小さまざまのガイネス帝国の版図を切り取らんとする諸国、そして三公──諸々の乱のたびに帝国臣民が傷つけられ、殺められたのはなぜか。
──それは……力がないからだ。
ヴィクトルは本質に気づいた──少なくともその時はそう思った。
しかし。
「ああ、分かるよハイン。それは、僕らに力がな──」
「違ぁぁぁあうッ!!!!」
ヴィクトルの言葉に被せるように、ハインが見事なトゥーキックをヴィクトルの顎下へ決めた。
「ぐはああああッ!?」
当然首の骨はへし折れるが、一秒もしないうちに修復される。
「光」
見れば、ハインが人差し指を天に向けてそんなことを言うではないか。
光?
光とは?
困惑するヴィクトルに、ハインはなおも言い募る。
「人の本質は……光なのです。人は皆、各々の裡に光を宿しています。光──それは人によって異なります。しかしどのような形をとっていようと、こう言い換えられるでしょう。“善き心”であると。誰かの為に自身を差し出せる心、それを私は光と呼んでいます。しかし!」
ハインは傍らに立つガッデムに目くばせをし、ヴィクトルの手を踏み潰させた。
「ぎゃああああ!!!!」
ばぎりばぎりと手の骨が折れる音が響く。
「光があるならば闇もまたあるのです。そして闇は人の光を弱め、くすませてしまう。では闇とは何か──それは光に覆いかぶさり、見えなくさせてしまうものです。怒り、諦念、まあ数をあげればキリがありません」
「いたい、いだい!! やめ、やめざせでぐれええ!」
「戦争は人の闇を増幅し、より広げてしまう忌まわしきモノ──今世界は乱世にあり、闇の時代といえるでしょう。人々は己の光を見失いつつある! だからこそ、殿下、あなたが大きな光となり、帝国臣民の希望とならねばなりません。この王にならばすべてを託せると、この王ならば平和を齎してくれるだろうと、そう希望を与える光となり、闇を祓うべし! そのために強くならねばならないのです! 力はあくまでも光り輝くための手段でしかない! お分かりか!」
もしヴィクトルが常の状態にあったならば、ハインの言を聞いても何を言っているんだかさっぱり分からなかったに違いない。乱世において光だの闇だのと言い出す人間は多々いるが、そのほとんどは狂人である。狂っているんだから狂ったことを言って当然なのだ。
しかし今のヴィクトルは心も身体もボロボロで、視野は極度に狭窄し、精神的にもまともとは到底言えない状態にある。
ゆえに氣づいてしまったのだ。
こうしてハインからボロカスに痛めつけられることで、自分はより強くなり、より光り輝けると。
その瞬間、ヴィクトルの心から苦痛への忌避感が総て消えてなくなった。ガッデムにぐしゃぐしゃにされた手を見て、うっとりと微笑んですらいるではないか。
「分かったよ、ハイんんンン──僕をもっと、壊してくれ……ヴぉ、ヴぉおおお!!! ヴぉ、くは、光に、なるんだ……」
笑みを浮かべるヴィクトルの顔面を片手でつかんだハインもまた微笑む。愛する母、ヘルガの前でしか見せないハインのナチュラルな笑顔だ。
そして──。
「その言葉を待っていました。その気概──もはや、劣等ではない」
そう言って、ハインはヴィクトルの頭を無造作に握り潰した。
──母上こそが我が光にして三千世界を照らすの至上の光。お前もいずれそれを知るだろう。
そんなハインの心の声がヴィクトルに届かなかったのは幸いと言えるだろう。
ハインってこんな頭おかしかったかな