※この作品はR-18です。

悪役令息はママが好き   作:埴輪庭

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ママのハグハグ

 ◆

 

 学園から帰ると、俺は真っ先に執務室へと向かった。

 

「母上は?」

 

「執務中です」

 

 隣を歩くフェリに上着を渡し、廊下を進んでいく。

 

「忙しそうか?」

 

「いえ、いつも通りです」

 

 母上はここ最近、ずっと忙しそうだ。隣に控えるフェリの言葉からも、あまり変わりないように見えるものの、俺にはわかる。わずかに沈んだ母上の眼差しが、日ごとに疲れを増しているのを。

 

「フェリ、もし母上の様子に変わったところがあればすぐ俺に知らせろ。無理はさせるな」

 

 俺がそう命じると、フェリは神妙な顔で頷いた。

 

「承知いたしました、若様」

 

 母上の執務を手伝うことは出来る。

 

 俺は5歳の頃には既に複雑な文書を解読し、貴族としての政務に必要なすべてを理解していた。

 

 なのに、母上はどうしても俺にその役割を担わせようとはしない。

 

 母上曰く、「学園生活を優先しなさい」とのことだが──

 

 ともかく俺は、母上がその肩に背負う負担を少しでも分かち合いたい。

 

 そうだ、 母上は無理をしすぎているのだ。

 

 今日という今日は一言言ってやらねばならない。

 

 俺は断固たる決意で執務室の扉の前に立った。

 

 そうして ノックをしようとすると──

 

「ハインかしら。入っていいわよ」

 

 と、 声がかかる。

 

 母上の声、天上の調べの様な、美しいなどという言葉ではとても言い表せない声! 

 

 ママ……! 

 

 ・

 ・

 ・

 

「最近、敏感になったっていうのかしら。何となく魔力のあしらいが上手くなったのよ。特にハインの魔力はよくわかるわね。とても綺麗で、そして深いの」と、母上は穏やかに微笑みながら言う。

 

 魔力といえども一様ではない。

 

 その色、匂い、密度、いずれも個人の在り方を反映し、千差万別である。

 

 しかし、その微妙な違いを理解できる者はごく少ない。

 

 それは一つの業と言っても良い。

 

 無論俺も同じ事が出来るが、それは俺が母上の息子だからだろう。

 

 それにしても、と母上の麗しい笑みに俺は圧倒されてしまう。

 

 言うまでも無いが、外見だけの話ではない。

 

 しかしその身を包む魔力の微かな淀みを通して、俺は隠しきれぬ疲労の兆しを見てとった。

 

 ──溜まってきてるな

 

 一見すれば疲労が原因に見える。

 

 だがどこか違う気もする。

 

 しかしともかく、今は()()をしなければ──した! 

 

 1秒も掛からなかった。

 

 ──とはいえ、対処療法に過ぎないが

 

 そう思っていると、母上が俺を急に抱きしめた。

 

 あの日以来の久々の抱擁だ。

 

 ──ママの匂い……

 

 俺は胸いっぱいに母上の香りを吸い込む。

 

 嗚呼、俺はこのまま母上の胸という海で溺れてしまいたい。

 

 なぜ俺は15なのだろうか! 

 

 もっと幼ければ、お、お、お……おっぱいを飲めたのに! 

 

 

 ◆◆◆

 

 ハインの全身から凄まじい速度で()()が放射された。

 

 速度にして約299,792キロル/秒。

 

 それはヘルガの体内に滞留していた淀んだ魔力の塊を、見えない刃で刻むように粉砕していく。

 

 この魔術は、ハインが独自に編み出した魔術である。

 

 ヘルガの為にだ。

 

 ハインはヘルガの為に数多くの魔術を開発している。

 

 それはハイン自身の知識欲も関係無くはないが、大なる所はヘルガを()()ためである。

 

 ハインの目から見てヘルガは酷く疲れやすい。

 

 か弱く、脆い。

 

 ハインも無駄に過保護なわけではないのだ。

 

 ハインはヘルガが単純にか弱いだけなのか、それとも他に理由があるのかを疑っている。

 

 しかし理由を特定することが出来ないため、とにかく全方面的にヘルガを護ろうと考えていた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 目の前で魔術が行使されたにも関わらず、ヘルガは一切気づくことが出来なかった。

 

 それには理由がある。

 

 魔術の感知は、術者が放射する魔力を知覚することによって可能となる。

 

 では魔力を知覚するとは一体どういうことなのか。

 

 それは、はっきり言ってしまえば肌感覚だ。

 

 腕に拳大の石が落とされたなら人は当然気付くだろう。

 

 では親指大ほどなら? ──それでも気付く。

 

 しかし爪の先ほどなら? 

 

 あるいは気付かない者もいるかもしれない。

 

 それをどんどんと細かくしていくとどうなるか。

 

 例えば砂粒ほどならば多くの者が気付かないだろう。

 

 そして、魔力とは砂粒よりも遙かに小さい粒に他ならない。

 

 この世界のあらゆるものが粒から出来ているのだから、魔力も当然粒なのだ。

 

 しかし、ハインが放った()()は、質量が m ≲ 10−14 eV/c² という極めて微小で、通常の魔力の粒子に比べ5.6×10^25倍ほども小さい。

 

 ヘルガはふと肩の軽さを感じた。

 

「……不思議ね、ハイン、あなたの顔を見たら少し肩が軽くなったように思うわ」

 

「そうですか? それは良かった」

 

 澄まして言うハインの顔をヘルガはじっと見つめた。

 

 そして、ややあっておもむろに立ち上がり、ハインをその胸に掻き抱いた。

 

 ハインがヘルガの為に何かをしてくれた、とは思わない。

 

 魔術の兆し一つ感じ取る事が出来なかったのだから、単に気分の問題だろうとヘルガは思う。

 

 しかし、ハインが自分を心から案じてくれている、傍に寄り添ってくれているという温かい感覚に心身が満たされ、ハインの事をひたすら愛おしく思ってしまったのだ。

 

 まあヘルガがそう感じたのは、単純に自身の中に()()()()()が浸透していたからなのだが。

 

 ともあれ、ハインはこうして過保護にヘルガの体をあれこれと気遣う。

 

 だから "本来の歴史" ではあと数年もすれば原因不明の病で死ぬ筈のヘルガが、単なる疲労感程度で済んでいるのだ。

 

 とはいえ、ヘルガが死んだ時は原因不明とされていたが、更に後世で原因が明らかになる。

 

 原因は魔力だ。

 

 魔力は粒──結局は物質である。

 

 だから変質もする。

 

 特に自分の魔力ではない魔力を取り込んでしまった場合、取り込んだ者が余程の魔術師でなければ魔力を吸収しきれない。

 

 そんな他人の魔力の残滓は、悪性に変質しやすい。

 

 これが酷くタチが悪いのだ。

 

 魔術師とは基本的に師弟関係を結ぶ。

 

 ゆえに師の魔力が弟子の肉体に浸透しやすい。

 

 だから後世、数千数万という才能ある魔術師達が命を落とす事になった。

 

 しかし、この世界線ではそんな事は起こらない。

 

 なぜならこの恐るべき病がその広がりを見せる前に、極めて早期に原因が突き止められたからだ。

 

 ・

 ・

 ・

 

「そういえばハイン、ここ最近、体の不調を訴えている貴族が増えているのよ」

 

「そうですか。母上のご友人も?」

 

 ヘルガは表情を曇らせる。

 

「ええ……そうなの」

 

「私にそれを言ったという事はつまり」

 

「ハインならどうにかしてくれるって言う事じゃなくて、なんというか……」

 

「少し見て欲しいと? 何か分かるかもしれないから」

 

「まるで私の心の中を読んでいるみたいね。でも私だってハインの心を読めるのよ」

 

 そう言って、ヘルガは再びハインを抱きしめた。

 

「ほら、こうされたいんでしょう?」

 

 ハインは答えなかったが、ヘルガの背に回された手の強さがその内心を大いに物語っていた。

 

 

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