※この作品はR-18です。

悪役令息はママが好き   作:埴輪庭

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剣術大会当日①

 ◆

 

「母上、なぜ教えてくれなかったのですか?」

 

 夕食の席で俺は母上に尋ねた。

 

 母上の目論見は分かる。

 

 ただ、息子の俺には教えてくれてもいいじゃないかという思いもあったのだ。

 

 自分でも子どもっぽいとは思うものの、声にはやや不満の色が滲んでしまっていたかもしれない。

 

 すると母上は──

 

「ふふふ、ごめんなさいね、ハイン。でも驚かせようとおもって」

 

 まあ確かにあの母上が、とは思ったが。

 

「まあ、それは良いですが……。それにしても教師とは。盲点でした」

 

「私も思う所があるのよ。魔術の業も随分と鈍ってしまったし」

 

「なるほど、ではまずは足元からという事ですか」

 

 俺が言うと、母上は頷いた。

 

 母上がガイネス帝国の、いや、母上が初代女帝となるならば──アステール帝国か。ともかく、アステール帝国の皇帝となるならば、確かに魔術の業が錆びているというのは問題かもしれない。

 

 ガイネス帝国は個の力を信奉している。

 

 これはつまり、下々の劣等の総意でもあるわけだ。

 

 すると国の名前が変わったとして、その体質はさほど変わらないだろう。

 

 そうなると魔術の業が未熟だとそれだけで舐められる恐れがある。

 

 母上もそれを危惧しているのだ、きっと、恐らく、多分。

 

「そんなことより、ハイン、そろそろ剣術大会ね。私も応援に行くから頑張ってね」

 

 頑張れということは圧倒的力を見せて全員ぶちのめせと言う事だろう──つまり激励。

 

 だが、俺が警戒すべき難敵もいるということだ──つまり警告。

 

 俺が頑張らないでもそれなりに剣を使える事は、当然母上も存じていらっしゃるはず。

 

 となれば、頑張らないと勝利できないような強敵が待ち受けているに違いない。

 

 俺は直感で、そいつはあのアルファイドオス──いや、アゼルだと察した。

 

 しかしまさか母上が直々に俺に警戒を促すほどの相手だとは。

 

「あら。ハイン、もしかして余り自信がなかったり?」

 

「いえ、そんな事はありません」

 

 俺はそう答えたが、母上は珍しいものを見たというような表情を浮かべて俺を見て言った。

 

「あくまでも催し事なのだから、そこまで深刻に考えないでも良いと思うんだけど」

 

 俺はそんなに余裕がなさそうに見えるのだろうか? 

 

 母上はそんな俺に不安を抱いてしまったかもしれない。

 

 だとするならば、許されざる失態だ。

 

「母上、ご安心ください。例え剣であろうと、このハイン……他の劣等にはおさおさ遅れは取りません。アステール公爵家の名に懸けて、全身と全霊を以て対戦者悉く剣の錆にしてやります」

 

「い、いえ……剣の錆にはしなくて良いわ。行事の一つとして楽しんでくれればいいの」

 

 剣術大会など子どもの遊びに過ぎないが、それでも大きな意味を持つ者たちもいる。継嗣ではなく次男以下の者たちだ。

 

 そう言った者たちは卒業後、それぞれの能力に基づいて進路が決まる。

 

 学園の成績や各種大会での実績は、その最初の一歩の踏み出し幅に大きく影響するのだ。

 

 つまり、俺が大会で圧勝してしまうということはそういった者たちの立身の夢を打ち砕く事になる。

 

 上に立つ者として、そんな行為に罪悪感を抱いていたら始まらない。

 

 要するに、母上は俺に修羅となれと言っているのだ。

 

 人の想いを "楽しんで" 踏みにじる事が出来る精神のタフさを身につけろと仰っている。

 

「母上、ご安心ください。心得ております」

 

 劣等の体だろうが心だろうが夢だろうが、そんなものを幾ら踏みにじっても俺の心はぴくりとも動かないだろう。

 

 俺がどれだけ冷徹、冷酷かを示して、母上を安心させて差し上げなければ。

 

 あの小生意気な赤毛──アゼルの頭蓋骨で果実水でも飲んでやるか! 

 

 そんな事を思っていると、母上が小首を傾げて俺を見た。

 

 首回りのあの曲線の美しさよ。

 

 輝いてさえ見える。

 

 山々の稜線に掛かる月光のようだ。

 

 俺は目力を込めて母上を見つめた。気を抜いてしまえばたちまち目が蕩けてしまうだろう。

 

 だがそんな俺を見て母上は言う。

 

「う~ん……ちょっと、これは……うん、そうね。ちょっとハイン、今夜は一緒に眠りましょうか、久しぶりに……」

 

 俺は心臓を一突きにされた思いがした。

 

 岩だ! 

 

 岩の中には並々と "水" が蓄えられている──ただの水じゃない、熱くドロドロとした水だ。

 

 俺は『大好きママ!』と叫び出したい気持ちを抑え、無言で頷くのが精いっぱいだった。

 

 そして夜。

 

 ◆

 

 俺は母上の寝室の前で立ち尽くしていた。

 

 魔石灯の光が廊下に投げかける影が、まるで俺の中の躊躇いを具現化したかのように揺らめく。

 

 ここ最近俺は母上と寝台を共にしていないのだ。

 

 最初は勿論不満だったが、今なら母上が親離れを促した理由がよく分かる。

 

 母上が覇道を歩むなら、その第一の臣である俺が母上に依存しすぎていては駄目なのだ。

 

 母上と一緒に寝れないだけで落ち込む(ヤワ)な足では、世界征服──否、世界平和への困難な道を歩きとおす事はできないだろう。

 

 だがまてよ、だというのになぜ母上は今夜俺と……? 

 

 疑問を振り切る様にして、俺はそっとノックをした。

 

 途端、扉がゆっくりと開く。

 

 ふわりと香る母上の魔力。

 

 俺は一瞬、視界一杯に広がる森を幻視した。

 

 新芽の香りと朽ちた落葉の匂いが混ざり合ったような──それは紛れもなく母上の魔力だった。

 

 母上は何も言わない。

 

 しかし俺には母上がどれだけ俺を大切に想ってくれているかがよくわかる。

 

 目は口ほどに物を言うとあるが、魔力はそれ以上に物を言うのだ。

 

 母上の魔力が部屋全体を包み込み、まるで子を迎え入れる母鳥の翼のように俺を招いているのがよくわかる。

 

 俺も自らの魔力を僅かに香らせた。

 

 乗せた愛情は "愛" だ。

 

 この深く広く、そして熱くてドロドロとした想いは愛という言葉だけではとても言い表す事ができない。

 

 ゆえに便宜上、愛と呼ぶ事にする。

 

 俺は寝台へふらふらと足を進めた──まるで月に引かれる潮のように

 

 寝台の横に腰を下ろすと、柔らかな布地が俺の重みを受け止める。

 

 そうして母上の隣に横たわる時、母上が俺の頭をゆっくりと撫でた。

 

 母上の手が頭を撫でた時、俺は俺ではなく、僕になってしまった。

 

「ママ……」

 

 その一言が、堰を切ったように零れ出る。

 

「私の坊や」

 

 ママの声が優しく響く。

 

「もう少し肩の力を抜いていいのよ」

 

 僕は目を瞑り、ママの胸に顔を押し付けた。

 

 呼吸が出来ないが問題はない。

 

 たとえ数十分息ができなくたって死にはしない。

 

 今は、ただ全ての呼吸をママを感じる事に使いたかった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 そして翌日。

 

 剣術大会当日だ。

 

「ハイン、今日は頑張ってね、でもほどほどに」

 

 俺は母上の言葉に頷く。

 

 母上の言うとおり、ほどほどにしてやるつもりだ。

 

 俺でさえ弱い部分がある事を昨晩よくよく理解した。

 

 劣等ならばそれこそ心技体──いや、存在そのものが糞雑魚なのだろう。

 

 となれば、力を示すにせよ示し方というものがある。

 

 というのも、国は人から成り、その人というのは多くが劣等だ。

 

 そして劣等はか弱く、脆い。

 

 ゆえに簡単にその数を減らしてしまう。

 

 ならば、()()()()に撫でてやるようにしよう。

 

 ◆◆◆

 

 ファーナ・イラ・アボットの剣は男顔負けに剣を佳く使う。

 

 アボット伯爵家は代々魔力に恵まれなかったが、代わりに剣の業を磨いてきたのだ。

 

 その剣理は単純で、素早く、そして強く斬れば相手は死ぬというもの。

 

 第一回戦。

 

 相手の利き腕が剣ごと断ち切られ共に宙を舞った時、観客席からの悲鳴が響いた。

 

 第二回戦では速さを見せた。

 

 試合開始の合図の後、相手が剣を構える僅かな隙も与えず一瞬で喉元に切っ先を突きつけた。

 

 ちなみに四肢の欠損程度ならば、治癒の業を得意とする十二公家の一家、アスクレピウス公爵家の治癒師たちが簡単に治してしまうので問題ない。

 

 しかし第三回戦。

 

 ファーナは思わず舌打ちを呑み込んだ。

 

 眼前に立つハイン・セラ・アステール。

 

 サリオン公爵家が帝都の盾なら、アステール公爵家は帝都の槍と呼ばれている。

 

 それが気に食わないのだ。

 

 というのもアボット伯爵家は "剣聖" として名高い十二公家の一家、オルレアン公爵家の寄り子であるからだ。

 

 本来ならばアステール公爵家ではなく、オルレアン公爵家こそが帝都の剣として在るべきだった──ファーナにはそんな想いがある。

 

 ──私を、見下してるな

 

 ハインの瞳を見つめた時、ファーナの心が軋んだ。

 

 見下しているだけではない。

 

 同じ人間とは見ていない、そんな目だ。

 

 人間は同じ人間をそこまで見下せるのかという目。

 

 ファーナはぎりりと柄を握り締め、地面を蹴り砕かんばかりの勢いで駆けだした。

 

 目的は一刀両断。

 

 帝国屈指の治癒師とはいえ死んでしまってはどうにもできないので、この剣術大会でも相手の殺害は禁止されている。

 

 だのに、この斬撃は。

 

 相手が死んでしまっても構わないと思っていなければこの太刀筋で斬りかかる事はできない。

 

 彼女の若さ、そして怒りが剣撃を妥協のないものにしてしまった。

 

 だが──

 

 ・

 ・

 ・

 

 あ、とファーナはその場で立ち止まった。

 

 剣は既に振り切っている。

 

 しかし無惨に真っ二つとなったハインはその場にはいない。

 

 ハインはなぜかファーナの背後にいた。

 

 ファーナと同じく、剣を振り切った格好だ。

 

「やれやれ、お互い空振りかな」

 

 ハインがやけに大きな声で言う。

 

 しかしファーナには分かっていた──空振りではないと。

 

 確かに自身の剣は空振りだった。

 

 しかしハインの剣は空振りではなかったのだ。

 

 ──()()()()()()

 

 ファーナほどの優れた剣士だからこそ分かる、小さく微妙な感覚。

 

 ──私は、一歩でも動けば、死ぬ

 

 冷たい刃が自身の脳天から股まで真っ二つに通りすぎたことを、感覚で理解していた。

 

 だのになぜ生きているのかと言えば、体が斬られた事に気付いていないからだ。

 

 気付かせてはならない──死にたくなければ。

 

 ファーナは一歩も動けない、動かない。

 

 そんなファーナに、ハインは優しく声を掛けた。

 

「10数えろ。ゆっくりと。慎重に──そうすれば、死なずに済む。動けるようになる。その後、降参を宣言しろ。降参したくなければ試合続行だ。だが次は()()()()()()()からな」

 

 そして10秒後、ファーナは降参を宣言した。




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