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どうやら気を失っていたらしい。
柔らかな感触が、ここがベッドの上であることを教えてくれる。
見慣れない天井の模様は、試合会場の医務室かどこかだろうか。
どこか壁が歪んでいる様に見える。
何らかの魔術的な防護が施されているのかもしれない。
ゆっくりと上半身を起こすと、腹部に鈍い痛みが走った。
──確か、私はハイン様に敗れて、それで……
そこまで思い出し、はっと我に返る。
そうだ、私は……私は、ハイン様に……。
自分がしでかしたことを思い出すなり熱いものが込み上げてきて、顔をあげていられなくなる。
まるで夕日に照らされた雲のように、頬が熱く染まっているのが自分でもわかる。
口づけ……あろうことか、あんな大勢の観衆の前で──。
どれほど無礼で、無謀で、無分別な行為だったことか。今すぐこの場から逃げ出して、どこか遠くへ消えてしまいたい。
いっそ地の底まで続く穴にでも落ちてしまえたら、どんなに楽だろう。
ハイン様は、さぞかし呆れられたことだろう。
それ以上に怒りを覚えられたかもしれない。
いったい、私はどうしてしまったのだろう。
いや、私はなぜあんなことをしてしまったのか自分でも分かっているはずだ。
私は溶かしたかったのだ。
ハイン様の、あの美しい瞳に帯びる冷厳な氷を。
そういう意味では少しは上手く行ったのかもしれない。
あの時のハイン様の表情をはっきりと覚えている。
少し驚いたような、それでいてどこか、面白がるような……そんな複雑な色を浮かべた瞳。
あの瞳に私はどんな風に映ったのだろう。
ただの愚かな女?
それとも、少しは……ほんの少しでも、ハイン様の心を揺さぶることができただろうか?
そんな事を思っていると──
◇
「もう体を動かしても大丈夫なのか?」
そんな声がした。
声の主を私が聞き間違えるはずもない。
「ハイン様」
ハイン様が扉のすぐそばに立っていた。
扉を開ける音も無かったと思うが、いつ部屋に入ってこられたのだろう。
ハイン様は静かに近づいてきて、ベッドの脇に腰掛けた。
先ほどまで感じていた熱が、再び頬に集まってくるのを感じる。
「気分はどうだ?」
「……はい、もう大丈夫です。あの、先ほどは……その、大変失礼なことを……」
私は目を伏せ、たどたどしく言葉を紡いだ。
ハイン様の瞳を直視することができない。
自分のしでかした無礼を思い出し、ただひたすらに恥じ入るばかりだ。
「失礼?」
ハイン様はまるで何のことだか分からないといった風に、小首を傾げた。
その仕草さえも私には眩しく映る。
「あの、口づけを……あのような場で、あんな……」
口にするのも恥ずかしい。顔が熱くなるのが自分でも分かる。
「そうか。ではエスメラルダ嬢だけに恥を掻かせるわけにはいかないな」
ハイン様はそう言って、私に身を寄せ──
「あっ……! んっ……」
いきなり唇を奪われてしまった。
一体何が起きているのだろう?
ハイン様は私をからかっているのだろうか。
無礼だと突き飛ばすなんてことはできない。
そもそも最初に私からしたことだ。
そして、そもそもの話だが──私自身、嫌だとは欠片も思っていないのだ。
「あ、あのッ……ハイン様、なぜ、このような……」
私が言うと、ハイン様は答えるかわりにもう一度私の唇を奪った。
それだけではない。
唇の次に頬を、その次に耳へ、そして首筋にと次々ハイン様の接吻が落とされていく。
恥ずかしさのあまり、気が狂いそうになる。
ああ、ダメだ、こんなの耐えられない。
このままでは頭がどうにかなってしまう……!
「い、いけません、ハイン様……こんな、こんなこと……」
言葉とは裏腹に、体は動かない。それどころか、もっともっとと強請るように背中を反らしてしまう。
「ああ、いけないことだ。俺も恥ずかしいよ、順序も考えずいきなりこんな事をしているのだから。大恥を掻いているといっても過言ではない。だがここまで恥を掻いたのだから、もう少し掻いてみようか」
ハイン様はそう言って、私の制服に手を掛けた。
部屋が静まり返っているからだろうか?
胸元のボタンを外す音がやけに大きく響く。
私はぴくりともうごけない。
良くない事とはわかっているのだ。
私たちは婚約関係にあるが、
──ああ、でも
ハイン様は
そして私も
ならば私が言う事は一つだけだった。
「優しく、してください……ハイン様」
私がそう言うと、ハイン様はにっこりと微笑んで──
「痛くしてやる。 お前の体に"俺" を刻み込んでやる」
と言った。
◇
「動くな」
そう言ってハイン様は私の服を脱がしていく。
私はされるがままだ。
衣服をすべて剥ぎ取られ、下着姿になったところで──ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。
この先起こることが分からないほど、私は無知ではなかった。
今まで経験したことのないことが起こるのだと思うと、不安もある。
だが──
「なんだ? お前も期待しているのか? 目が潤んでいるぞ。そんなに物欲しそうに俺を見たりして……淑女が余りがっつくものではない」
恥ずかしくて顔を覆いたくなるけれど、手が動かない。
せめて目を閉じていれば良かったのだが、それもできない。
きっと今の私はみっともない顔をしていることだろう。
そう思うと余計に恥ずかしくなる。
「ふふ、可愛い奴だなお前は」
ハイン様はそう言って、私の胸の先をきゅっとつまんだ。
「ひゃうっ!」
思わず変な声が出てしまう。
そのまま指の間で転がすように弄ばれ、くすぐったいような感覚が走る。
「ん、ぁ……やぁっ……!」
身をよじろうとするが、体が動かない。
「良い声を出す……まあ立ちながらというのも興がない」
言いながら、ハイン様は私をベッドへと横たえた。
お腹の奥の方が熱く疼いているのが分かる。
ハイン様の指先が下腹部を撫で上げると、それだけでびくりと反応してしまう。
「ふ、ぁぁ……んんっ……」
指が往復する度に、ぴりりとした刺激が体を駆け巡る。
「ここも可愛がってやらないとな」
ハイン様はそう言って私の一番敏感な部分に触れ──その瞬間、目の前が真っ白になるほどの衝撃に襲われた。
「あぁっ! やっ、そこ、だめぇっ!!」
強すぎる快感に、一瞬意識が飛びかけた。
「何が駄目なものか……こんなにも悦んでいるくせに」
ハイン様はそう言いながら執拗にそこを攻め立てる。
「ああっ、あ、やぁ……んぅぅっ」
だらしなく開いた口からは、意味を持たない嬌声が漏れるばかり。
そしてとうとう、私は限界を迎えてしまった。
「あっ、あああぁぁぁぁっっ!!!」
体中がびくびくと痙攣し、頭の中が白く染まる。
どれほど鍛錬を積んでも、ここまで脱力してしまうと言う事は無かった。
手足に力が入らない……口を閉じている事さえも億劫で──しかしハイン様はこれで許してはくれない。
「お前だけ気持ち良くなるというのは許せん話だな。ほら、次はお前の番だぞ」
そういって、私の顔の前にハイン様の……モノが。
その余りの凶悪な形に私は恐ろしくなってしまう。
太く、そして長い。
剣などよりよほど恐ろしい。
でも、恐怖と同じくらいに興奮もあった。
「上の口、下の口、どちらを使っても良い。おすすめは上だな」
"口" が何を意味しているのかは何となく分かる。
私はおずおずと口を開き──舌を出すようにして、それに触れた。
口の中に広がる独特の風味には一瞬戸惑ったが、なんとか舐め上げていく。
──硬い……それに熱い。これが、本当に私の中へ?
そう思うだけで怖じ気づきそうになるが、それでも懸命に奉仕を続ける。
やがて口の中に収まりきらなくなったので一度口から出して舌を這わせていると、突然頭を掴まれて喉の奥にまで突っ込まれてしまった。
「ぐっ!? げほっ!! ごふっ……!!」
苦しい。息が出来ない。吐き気がする。
もうやめて欲しいと思う反面、もっとして欲しいという矛盾した思いが私の中でせめぎ合う。
でも、暫くやっていると何となくコツがつかめてきた。
私が上手くできている時はハイン様から洩れる魔力の質感が少し変わるのだ。
だが──
「よし、そこまででいい」
苦しかったのは確かなので、少しほっとするが……でも、もう少し続けたいという想いもあった。
正直、自分の気持ちも良く分からなくなっている。
「そう残念そうな顔をするな。まあ……そうだな、上手くできていたんじゃないか? だから褒美をやろう……」
ハイン様はそういって、ベッドの上に仰向けになって言った。
「俺が奪うんじゃない。お前が捧げるんだ。何を、かは言うまでもないな?」
とうとうこの時が来たのだ、と思う。
「はい……私の初めてを、ハイン様に捧げます」
私はそう言って、ハイン様の上に跨り……
一つ息をついて腰をゆっくりと沈めていった。
痛みは……ある。
けれど、我慢できないほどではない。
痛み以上に悦びがある。
ああ、ついに私は一線を越えてしまったのだと実感すると同時に、心が満たされるのを感じた。
「痛いか?」
ハイン様の問いに私は頷く。
「良い事だな。じゃあもっと腰を動かせ。痛む度にお前の中に俺が刻まれているということだ。どうだ? 嬉しいだろう」
私は再び頷いて、腰を動かし始める。
初めはぎこちなく動いていただけだったが次第に慣れてきて、ハイン様が気持ちよくなれるように動きを工夫したりもできるようになった。
すると──
「あっ……♡」
思わず声が漏れてしまう。
気持ちいいところに当たったのだ。
最初は怖かったけれど、だんだんと慣れてきて自分から当てに行くようになった。
気持ちが良すぎて腰が抜けてしまいそうになるが、それでも構わず夢中で腰を動かす。
「いいぞ、上手だ」
そんな褒め言葉がとても嬉しかった。
いつしか、もう痛みは完全に消え去っていた。
「淫乱な女め。そのツラはなんだ?」
私は今どんな顔をしているんだろう、ただ快楽に溺れてしまっていることだけはわかる。
周囲の様子が何も分からないのだから。
私の目に映るのは愛しいこの人──ハイン様だけだった。
「は──っ♡は──っ♡」
段々と息遣いが激しくなり、
それは今まで感じた事もないモノで──でもなぜかとても素晴らしいモノで。
嗚呼、真っ白い、なにかが。
そしてついにきたその瞬間。
空から隕石が落ちてきて、全ては破壊され、焼き尽くされてしまった。
私もハイン様も──私たちの住むこの星も。
◇
──はあッ!?!?
勢いよく飛び起きると、そこはベッドの上だった。
辺りを見回すと見知らぬ顔の癒術師たちが数人、心配そうに私を覗き込んでいる。
「おお! お目覚めになりましたか」
一人の癒術師が安堵したように声を上げた。
その声に、他の癒術師たちもホッと胸をなでおろしているのが分かる。
「ここは……?」
掠れた声で尋ねると、先ほどの癒術師が答えた。
「医務室です。あなたはハイン・セラ・アステール公爵令息との試合で敗北し、傷を負ってここに運び込まれたのです」
試合……ハイン様……そうだ、私はハイン様に負けて……そして……。
そこまで思い出して、はっと我に返る。
あの口づけは……ハイン様とのひと時は……全部、夢……?
呆然と呟くと、癒術師が不思議そうな顔でこちらを見ている。
「ゆ、夢……?」
「はい……? ああ、うなされていらっしゃいましたから悪夢でも見ていたのかもしれませんね」
癒術師の言葉に、私は力なくベッドに倒れ込んだ。
夢だったのだ。
全て、私の都合の良い妄想だったのだ……。
そう思うと急に現実に引き戻され、ひどくがっかりしてしまう。
あんなにも熱く、激しく求められたのに……。
──全てが偽りだったなんて
失意のどん底に突き落とされる私だが、 "最後のシーン" を思い出す。
──あ、夢で良かったかも
ハイン様と結ばれた瞬間に世界が滅ぶなんて笑えない。
そんな事を考えていると、不意に癒術師が思い出したように言った。
「しかしあれだけの傷を負っていながらも、体への影響がほぼないというのは驚きました。傷痕も全く残っておらず、当然内臓も無傷です。通常、あれほどの怪我を負えば、傷痕を消すのにも暫くかかるのですが……」
癒術師の言葉に私は思わず服を捲り、自分のお腹を見た。
咄嗟に視線を逸らしてくれる癒術師には感謝する。
お腹には傷痕らしきものは何もない。
まるで、最初から何もなかったかのようだ。
「もうそちらを向いても? ……はい、ではまあご自身の目で確認していただけたかと思いますが、御覧の通りです。非常に簡単な治癒術で傷痕が完璧にふさがってしまいました。……それだけではないのです、なんといいますか、活性化しているとでもいいますか……帯びる魔力の質が、こう、瑞々しいといいますか……どう表現していいかわからないのですが、ああ、そうだ、ちょっと立ち上がっていただけますか?」
癒術師の言う通り、ベッドから立ち上がってみる。
「……特に、何も感じませんが」
「軽く動いてみてください。歩くだけでも構いませんから」
私は言われたようにする。
やはり何も感じない。
「どうですか? 痛んだりしますか?」
「……いいえ」
癒術師が「でしょうね」という様な顔を浮かべた。
「治癒術は癒す際に体力を非常に消耗するのですよ。それだけの傷を治すとなると、まともに歩く事すら出来ないでしょうね。ですが……」
私は極々普通に歩けている。
勿論痛みもない。
「まあこう言ってはなんですが、余程
私の中から何かが込み上げてくる。
痛みではない。
もっと別の、熱い何かだ。
耐えきれなくなった私は思わず胸元を押さえ、小さく呟いた。
「ハイン様……」
と。