※この作品はR-18です。

悪役令息はママが好き   作:埴輪庭

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幕間:帝国の毒花②

 ◆◆◆

 

 ジギタリス・イラ・サルマンは執務室に据えられた椅子へゆったりと腰を下ろす。

 

 その目の前には、衛兵たちが血相を変えて持ち込んだ──大鬼種の戦士の首があった。

 

 宰相として日々数多の文書を裁き、驚異的な事務能力で面倒事を処理してきたジギタリスだが、さしもの彼女もこの突飛な贈り物には少なからず驚きを覚えざるを得ない。

 

「 "贈り物" ……ねぇ」

 

 ジギタリスの唇がかすかに歪んだ。

 

 "首" は城門前に放り捨てられるように置かれていたという。

 

 短い手紙まで添えられて。

 

 ──麗しき宰相殿へ

 

 宰相ジギタリスに恨みを抱く者は少なくないとはいえ、ここまで直接的な挑発をする者はいなかった。

 

 そう思いながらも、ジギタリスは嫌悪と興味の入り混じった視線をその首に投げかける。

 

「大鬼種の首との事だけれど」

 

 そう呟いたジギタリスのそばで、宮廷副魔術師長オイゲンが控えめに口を開く。

 

 宮廷魔術師長は全能者(ウィザードリィ)として名高いハバキリだが、オイゲンはそのハバキリの弟子だ。

 

 実力はあるが俗物。

 

 金と色を好み、足る事を知らぬ強欲者──要するにジギタリスの好みであった。

 

 ハバキリはその実力ゆえに宮廷魔術師長の座にいるがしかし、宮廷内でのどの派閥にも属していない。

 

 ジギタリスはハバキリを自身の派閥へ迎え入れたいと考えてはいるが、他ならぬアステール公爵家のヘルガの師でもあるため、それは難しいと感じている。

 

「はい。しかもご覧のとおり、この見事な角でございますな。大鬼種は角から魔力を全身に行き渡らせるため、角の形状(かたち)や太さは力の象徴とされている。これは明らかに英雄級、相当の戦士でしょうな」

 

 ジギタリスは細い指先で髪をかき上げながら、その角にわずかに視線を落とす。

 

 角の表面には淡い文様が浮かんでいる。

 

「そう……」

 

 首の断面は溶けた様になっており、 "処理方法" は想像もできない。

 

 血肉の裂け方が不規則で、まるで圧力をかけられて破裂したかのようだ。

 

「英雄級とやらをこのようにしてしまうというのは、当然簡単な事ではないのよね?」

 

 ジギタリスが視線をオイゲンへ向けると、オイゲンはわずかに首を左右に振る。

 

「まあ、自殺行為でしょうな、大抵の者にとっては」

 

 ジギタリスは椅子の肘掛を軽く叩きながら、少し考え込むように目を伏せた。

 

「そう。だからこそ、こうして見せつけるように送りつけてきたというわけ」

 

 小さくため息をついたジギタリスの脳裏には、近頃の帝国政治が置かれた状況がよぎる。

 

 ──人種序列法の改定案。

 

 亜人全般を中央から排除するための法整備をさらに進めようとした矢先に、こんな得体の知れない警告めいた首が送り込まれる。

 

「けん制ね」

 

 そう呟くと、オイゲンが眉をひそめて問いかけてくる。

 

「宰相殿、どこかこの件の関係者に心当たりでも?」

 

「ええ、まったく証拠はないけれど……アステール公爵家が怪しいの」

 

 ジギタリスの声には確たる憎しみが含まれている。

 

「アステール公爵家は亜人の擁護者よ。先日は隠そうともせずに亜人系貴族を集めて茶会なんて開いていたわね」

 

「おや……亜人系の力を結集しようとしているのですかな」

 

「ヘルガ・イラ・アステールも癪な女ね。まあ確かにエルデンブルーム伯爵家の出である彼女は、私が進める人種序列法には賛成できない立場にある。ならば彼らを支援したがる亜人系の貴族も自然と増えるでしょう」

 

「なるほど。ならば、この首はアステール公爵家からの、いわば脅迫ということですな」

 

 オイゲンがそう言い終わるか終わらぬかのうちに、ジギタリスの表情は醜悪なほどに険しくなる。

 

「ええ、私にはそう思えてならないの。油断はできないわね。魔術大家として知られているし、帝国創世期から十二公家の筆頭の一角を占め続けてきた。落ちぶれたなんて噂もあったけれど……最近また妙に浮上してきたわね」

 

 ジギタリスは足を組み替え、そのまま指先をこめかみにあてがった。

 

「頭が痛いわ。本当ならばすぐにでもアステール公爵家を叩き潰したいところだけれど、現状そうもいかない。なにしろ帝国の名士として根強い支持者も多いし、いくら亜人を排斥するといっても、十二公家の誇りがある彼らを正面から攻め立てるのは得策ではないわ」

 

 オイゲンはふむ、と小さく鼻で息を吐き、首元の襟を正す。

 

 宰相派閥の多くはジギタリスの意向に沿って亜人排斥を押し進めようとしていた。

 

 しかし、ここで相手が“魔族を簡単に暗殺してくる手駒”を持っているとなれば、そんな相手と表立って争うには代償が大きすぎる。

 

 ジギタリスは椅子から立ち上がり、首のあちこちを観察する。

 

 見るに堅固そうな大鬼種の皮膚がぐちゃりと裂け、角も根元から粉砕されたようにひび割れていた。

 

 無論、この首を受け取ったからといって彼女が一気に萎縮するわけではない。

 

「どうなさいましょう、宰相殿」

 

 オイゲンの問いに、ジギタリスは苦い表情のまま答えを捻り出す。

 

「ひとまず、法の改定をゆるやかに進めるしかないわね。亜人派の力を十分にそぎ落としたと判断できるまでは」

 

 宰相としての強権を振るうジギタリスといえども、現実には様々な利害を調整しなくてはならない。

 

 とりわけ帝都には商業や技術の面で亜人に依存する貴族家も多く、彼らを一挙に排除すれば国力に著しい損失が出ることは容易に想像がつく。

 

「ならば、当面(とうめん)の間は強圧的な措置は見送り、周囲の出方を探ると。……ただし、こうして脅しをかけられた以上、最終的にはぶつかり合う事になりそうですな」

 

 オイゲンがそう言うと、ジギタリスも肯定するように頷く。

 

「ええ、その通り。相応の対策は必要ね」

 

「具体的には?」

 

「彼らの行動を細かく監視し、こちらに刺客が差し向けられていないか、あるいは学園や帝都の亜人派閥への働きかけがどこまで進んでいるかなどを調べさせるわ。必要なら一部の貴族に圧力をかけ、アステール公爵家との同盟を断念させることも検討しましょう」

 

 ジギタリスの声は冷徹だが、僅かな焦りも含んでいる。

 

 一見では強気の姿勢を崩していないものの、胸中にはかすかな不安が広がり続けているのだ。

 

 ──首ひとつで、こんなにも計画が狂わされるとは

 

 宰相ジギタリスが描いていた人種序列法の改定スケジュールは、ここ数日で一挙に滞る可能性が高まった。

 

 それだけでなく、十二公家の一つであるサリオン公爵家を始め、反対に回る恐れのある大貴族らにも根回しが必要になってくる。

 

「承知いたしました。宰相殿、引き続き私も人手を動かして、アステール公爵家を取り巻く情報を収集してまいります」

 

 オイゲンが一礼して去っていくのを見送ったジギタリスは、すぐに次なる一手を模索し始めた。

 

 ──ヘルガ・イラ・アステールの弱点を探らないと

 

 そう考えていたジギタリスだが、ふと思い至る事がある。

 

「あの女には確か息子がいたわね……」

 

 ヘルガが相当な子煩悩であることは既に周知の事であるが、それを利用すれば或いはアステール公爵家のコントロールができるかもしれない。

 

 

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