※この作品はR-18です。

悪役令息はママが好き   作:埴輪庭

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聖女の契りの苦難①

 ◆◆◆

 

 ユグドラ公国の冒険者ギルド本部。

 

 ウェブスターは執務室で一人の冒険者と話していた。

 

 重厚な執務机に両肘をつき、深く息を吐く。

 

 目の前の冒険者の名は“戦乙女”エイラ。

 

 高位冒険者チーム「聖女の契り」を率いるリーダーであり、その槍捌きと聖術の腕はギルド内でも屈指の実力者として広く知られている。

 

 陽光を編み込んだような金の髪を肩まで切りそろえ、その瞳は冬の湖面を思わせるほど澄んだ青色をしている美女だ。

 

「……エイラ。街の南東、古森との境界付近に異様な塔が出現した、と」

 

 ウェブスターは努めて冷静な声色で問いかける。

 

 エイラは静かに頷いた。

 

「はい、ウェブスター。昨日、定期巡回中の『青獅子の盾』が発見しました。私自身も今朝方、数名の仲間と共に現地を確認して参った次第です」

 

 発見された“塔”はこれで二本目だ。

 

「塔……塔か。誰が何の目的で……。他にも存在する可能性があるかもしれないな。屍の塔とも何か関係があるのだろうか」

 

 最精鋭チームの一つであるドラゴン・ソウルは件の屍の塔の調査に向かったきり、未だ帰還していない。

 

「その南東の塔は、石造りのように見受けられましたが、どこか異様な……白い艶がありました。そして何より、塔そのものから、言いようのない強大な邪気を感じます」

 

「邪気、か……。何かしらの儀式塔の可能性があるな」

 

 ウェブスターは鋭い視線をエイラに向ける。

 

「はい。あの塔は放置すれば必ずや、公国に災厄をもたらすことになるでしょう。一刻も早く破壊すべきと進言いたします」

 

 エイラの言葉には強い確信が込められていた。

 

 聖女マリーシアの血を引くとされる彼女は、邪悪な存在に対する感受性が人一倍鋭敏である。

 

 その彼女が断言するからには、事態は相当に深刻であるに相違ない。

 

「破壊、か。言うは易いが……エイラ、貴女も承知のはずだ。今のギルドにはそのような危険な任務に割けるだけの余剰戦力は、残念ながら残ってはおらん。ここ数日、アンデッドの襲撃が増えており、街の防衛にも冒険者たちを割かねばならない状況だ」

 

 ウェブスターの声には苦渋が滲んでいた。

 

 ギルドの主力たるドラゴン・ソウルは消息を絶ったままだ。

 

 それ以外にも、アンデッドの調査や討伐に向かった中堅冒険者たちの多くが未だ帰還していない。

 

「ですが、ウェブスター。躊躇している時間はありません。私が感知するところ、あの白い塔の邪気はこの瞬間にも絶えずその力を増しているように感じられます。それが直接どこかへ流れ込んでいるという確証はありませんが、あの塔が存在すること自体がこの地の均衡を著しく乱し、アンデッドの勢いを増す要因となっているのは間違いありません」

 

 エイラは拳を握りしめ、その言葉に力を込めた。

 

「このまま放置すれば、取り返しのつかない事態を招くことは明白でございます。どうか、私に、私たちのチーム『聖女の契り』に、あの白い塔の破壊任務をお命じください」

 

 ウェブスターはエイラの曇りなき瞳を見つめた。

 

 彼女の言う通り、時間は残されていないのかもしれない。

 

 複数の塔── それらが連携して、何か恐ろしい儀式を行っている可能性を否定できない。

 

 しかし仮にドラゴン・ソウルの未帰還の理由がパーティの壊滅だとしたら、今回の塔にも何か恐ろしい脅威が存在する可能性が高い。

 

 となればあたら無意味に高位冒険者を死なせる事になるかもしれない。

 

「聖女の契り」は女性だけで構成された特異なチームではあるが、その実力はギルドでも五指に入る。

 

 特にリーダーであるエイラは、聖女マリーシアがかつて振るったとされる聖槍のレプリカを手にし、対アンデッド戦においては絶大な戦闘力を発揮するのだ。

 

 彼女を失ってしまえば対アンデッドの切り札を一枚失ってしまう事になる。

 

「……エイラ。貴女の勇気と使命感は痛いほど理解できる。しかし、ギルドマスターとして貴女を無謀な戦いに送り出すわけにはいかんのだ」

 

 ウェブスターはゆっくりと首を横に振る。

 

「複数の冒険者チームを付けてやりたいところだが、現状、王都近郊の防衛すら万全とは言い難い。これ以上の戦力分散は避けねばならん」

 

「ではこの先どうするのですか?」

 

「待つのだ。ガイネス帝国を始め、諸国に援軍を要請している。戦力を拡充してから塔を叩く」

 

「それでは間に合いません! ……ならば、私たちだけで参ります」

 

 エイラは一歩も引かぬ構えであった。

 

 その瞳にはいかなる犠牲をも覚悟しているかのような、悲壮な光さえ宿っている。

 

 このあたり、聖女マリーシアの子孫らしいといえばらしいだろうか。

 

 ウェブスターは腕を組み、しばし沈思した。

 

 執務室の窓から差し込む陽光が、埃っぽく舞う細かな粒子を白く照らし出している。

 

 平和であった頃のギルドの活気が、まるで遠い昔のことのように感じられた。

 

 不死王の影、各地で増殖するアンデッド、そして次々と出現する不気味の塔。

 

 ユグドラ公国は、今まさに存亡の瀬戸際に立たされている。

 

「……わかった」

 

 長い沈黙の末、ウェブスターは重々しく口を開いた。

 

「ただし、条件がある。塔の破壊は最終目的とするが、まずは偵察を主とすること。敵の戦力、塔の内部構造、そして何よりも危険度を正確に把握することが先決だ」

 

 エイラの顔に、わずかながら安堵の色が浮かんだ。

 

「はい、ギルドマスター。承知いたしました」

 

「無理は禁物だ。状況が不利と判断した場合は、即座に撤退し、報告することを義務付ける。そうだな……調査の期間は3日だ。3日経てば一度戻ってきてくれ。これはギルドマスターとしての厳命だ。……いいか。ドラゴン・ソウルでさえ──ユグドラ公国最高の冒険者チームでさえいまだに帰ってこないのだ」

 

 ウェブスターは念を押すように言った。

 

「肝に銘じます」

 

 エイラは深く頭を下げた。

 

「……よろしい。では、正式に『聖女の契り』に対し、南東に出現した白い塔の調査任務を命ずる。ギルドとして可能な限りの支援は惜しまぬつもりだ。……武運を祈るぞ、エイラ」

 

 ウェブスターは祈るような気持ちでそう告げるしかなかった。

 

 エイラは顔を上げ、力強く頷いて執務室を出て行った。

 

 一人残されたウェブスターは再び深い溜息をつき、窓の外に広がる灰色の空を見上げる。

 

 まるで公国の暗澹たる未来を象徴しているかのようであった。

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 そして、三日後──「聖女の契り」は帰ってこなかった。

 

 

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