※この作品はR-18です。

悪役令息はママが好き   作:埴輪庭

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帰宅

 ◆

 

 では次の塔だ──と言いたい所だが。

 

 ふと空を見上げれば、日は既に大きく西へと傾いていた。

 

 思った以上に時間を食ってしまったらしい。

 

「若様、そろそろお戻りにならないと、大奥様がご心配なさる頃合いかと存じます」

 

 背後に控えるフェリが、気遣わしげにそう進言してきた。

 

「そうだな」

 

 母上を心配させるなどあってはならないことだ。

 

「今日のところは切り上げるとしよう。残りの塔の始末は、また次の機会だ」

 

 それに明日は学園の授業もある。

 

 今日の外出も、エスメラルダに招かれたという名目だ。

 

 さっさと帰らねば。

 

「次に訪れる時までには、この森も多少は“掃除”が進んでいると良いのだがな」

 

 まああまり期待はしていないが。

 

「彼女はなかなかにやる気がありそうでしたから、若様のご期待にいくらかは応えるのではないでしょうか」

 

 フェリが淡々と答える。

 

「だと良いがな。……よし、では帰るぞ。フェリ、来い」

 

 そう言って俺は傍らのフェリの肩を軽く引き寄せ、その細い腰を抱いた。

 

 フェリの身体が僅かにこわばったのを感じたが、構うものか。

 

「は、はい……若様……」

 

 吐息混じりの返事が耳に届く。

 

 魔力を練り上げる。

 

 ──ラ・ファール(飛翔)

 

「高高度を最速で行くぞ」

 

 俺の飛翔魔術における最高速は、時速にしておおよそ二万五千キロル。

 

 ここユグドラ公国の森から帝都ガイネスフリードまでは、計算上二分とかからず到着するはずだ。

 

 馬車であれば一か月はかかる距離である。

 

「行きにも言ったはずだが、念のためもう一度言っておく」

 

 俺は腕の中のフェリに言う。

 

「防御結界は張るが、それでもしっかりと俺につかまっていろよ」

 

「万が一、この高度と速度で俺から離れるようなことがあれば、少なくともお前では即死だからな」

 

「心得ております、若様。この身、若様から片時も離れはいたしません」

 

 フェリは俺の胸に顔をうずめるようにして、そう囁いた。

 

 震えているようだ──フェリもまだまだだな。

 

 まあ今後の成長に期待といった所か。

 

 そして──

 

 ◆

 

 帝都の上空から降下し、アステール公爵家の敷地内に着地する。

 

 まさにあっという間である。

 

 夕暮れの光が館の白い外壁を黄金色に染め上げる頃──時間的には丁度良いか。

 

「お疲れ様でございました、若様」

 

「佳きに」

 

 俺はそう言い残し、館の中へと足を踏み入れた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「おかえりなさい、ハイン。エスメラルダ様とのお話はどうだった?」

 

 母上の優しい声が、居間から聞こえてきた。

 

 俺は足早に母上の元へと向かう。

 

「ただいま帰りました、母上。近代魔術史に関する話で盛り上がりました」

 

 母上は優雅にソファに腰掛け、手には紅茶のカップを持っていた。

 

 夕陽を背に受けるその姿は、まるで絵画のように美しい。

 

「それと母上の授業についても話していましたよ。分かりやすくしかも革新的で素晴らしいとのことでした」

 

「あら、そう言ってくださったの? 嬉しいわ」

 

 母上は微笑みながら、俺のために向かいのソファを示した。

 

 俺は恭しく腰を下ろす。

 

「エスメラルダ様も熱心な生徒さんだものね。あの方の洞察力には私も驚かされることがあるわ」

 

「確かに。そこらの有象無象よりは頭の回転が速い方です」

 

 俺の言葉に、母上は苦笑を浮かべた。

 

「ハイン、その言い方は……まあ、いいわ」

 

 母上は紅茶を一口飲むと、ふと首元のネックレスに手を添えた。

 

 エメラルドの輝きが、夕陽を受けて一層美しく煌めく。

 

 今がチャンスか。

 

「そういえば母上は余り指輪やピアスなどは身に着けないのですね」

 

 俺はさり気なく、自然な話の流れを装って尋ねた。

 

 母上は一瞬、きょとんとした表情を見せる。

 

「あら? 急にどうしたの?」

 

 その瞳に、何か察したような光が宿った気がしたが、すぐに普段通りの穏やかな表情に戻る。

 

「……まあ、そうね、言われてみればネックレスが多いわね」

 

 母上は首元のエメラルドを指先で軽く撫でながら続けた。

 

「やっぱりピアスとかは耳を傷つけたくはないし、指輪だとちょっと違和感があるというか……」

 

 なるほど、やはりそうか。

 

 母上は手を見つめながら、少し照れたような笑みを浮かべる。

 

「羽ペンを握る事も最近は多いからね。公務で書類にサインすることも増えたし」

 

 確かに、母上は最近宮廷での仕事が増えている。

 

 その美しい手に余計な装飾品があれば、邪魔になることもあるだろう。

 

 ならばやはりネックレスが最適か。

 

 しかし、母上は意味深な笑みを浮かべて俺を見ている。

 

 その瞳は、まるで全てを見透かしているかのようだ。

 

 まさか勘付かれたか? 

 

 いや、俺の探りには自然体そのもののはず……。

 

「……まあいいわ。ねえ、それよりもハイン」

 

 母上は表情を一転させて、やや深刻そうな声色で言う。

 

「カリステ公爵家がユグドラ公国へ兵を差し向けるそうよ」

 

「ほう、戦争ですか?」

 

 俺は内心の動揺を隠しながら、平静を装って尋ねた。

 

 カリステ公爵家は十二公家の一家で"石禍"の二つ名を戴いている。

 

 連中は石のあしらいに長け、無機物に仮初の命を与える法を扱う。

 

 確か俺が読んでいた宝石加工の本の著者も、カリステ公爵家の当主だったな。

 

「いえ、救援要請が届いたらしいの」

 

 母上は首を横に振る。

 

「あの国が他国と争う何てことは滅多にないから、多分モンスター関連ね」

 

 俺は内心、ああ、と納得する。

 

 恐らくはアンデッドの件だろう。

 

 確かにカリステ公爵家とユグドラの大森林は山をひとつ挟んで隣接している。

 

 最短で救援を出すというのなら、カリステ公爵家が適任だろう。

 

「そうですか……まあ、何を相手にするにせよ、カリステ公爵家の石騎兵ならば初手の対応としては悪くありませんね」

 

 石騎兵──石像に擬似的な生命を与えた兵士たち。

 

 疲労を知らず、恐怖も感じない。

 

 アンデッド相手には相性が良いだろう。

 

「そうね。それにしても最近は物騒になってきたわ」

 

 母上は憂いを帯びた表情で窓の外を見つめる。

 

「やっぱり魔王軍再興が近いという噂は本当なのかしら」

 

 魔王か……。

 

 旧魔王軍の劣等敗残兵共もここ最近活動頻度を高めている。

 

 竜種の襲撃もその一環だろう。

 

 復活が近いというのなら、俺も何らかの対処をせねばならないか。

 

 俺の魔術の腕を以てすれば、とも思うが油断は禁物だ。

 

 なぜなら俺の目で魔王とやらを確認していないからだ。

 

 これまで数多くの劣等を処理してきたが、まさかその中に魔王がいたという事もあるまい。

 

 魔王というからには相応の力を持っているはず。

 

 そんな奴と相対していたならば当然俺はそいつを覚えているだろう。

 

 ともあれ、魔王がどの程度の脅威なのか、実力のほどを量る必要がある。

 

 母上に危害が及ぶ可能性があるなら俺は全力で排除せねばならない。

 

「私も宮廷で色々情報を集めてみるわ。魔王軍再興ともなれば帝国もただでは済まないものね」

 

「母上がご心配なさることはありません」

 

 俺は断言した。

 

「もし魔王とやらが復活したとしても、俺が必ず排除してみせます。母上の御世に、そのような劣等な存在を跋扈させるわけにはいきませんから」

 

 母上は少し驚いたような顔をした後、優しく微笑んだ。

 

「頼もしいわね、ハイン。でも無理は禁物よ?」

 

「はい、母上」

 

 俺は恭しく頭を下げた。

 

 心の中で改めて決意を固める。

 

 母上への完璧な贈り物を作ること。

 

 そして、母上の未来を脅かす全ての脅威を排除すること。

 

 その両方を必ず成し遂げてみせる。

 

 

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