※この作品はR-18です。

悪役令息はママが好き   作:埴輪庭

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幕間:人形劇場

 

 ◆

 

 宵闇が翼を広げてカリステ公爵領の領都「テアトルム」を包み込んでいる。

 

 石畳の街路に月光が薄く差し込む中、建物の影から音もなく人影が現れた。

 

 五つの影は素早く、しかし目立たぬよう街の外れへと向かう。

 

 冒険者然とした恰好をしてはいるがしかし、その動きには奇妙な統一感があった。

 

 まるで一つの意思に導かれているかのように、歩幅も速度も完璧に揃っている。

 

 街の門を抜けると彼らは速度を上げた。

 

 徒歩だというのに、その移動速度は尋常ではない。

 

 暗闇の中を滑るように進んでいく。

 

 それから半刻ほど後、また別の五人組が同じルートを辿る。

 

 そしてさらに半刻後にもう一組。

 

 計三隊、十五名の人影が、夜陰に紛れてオルケンシュタイン山脈へと向かっていった。

 

 山脈の麓に差し掛かると、先頭を行く一隊が立ち止まった。

 

 険しい岩肌がそびえ立つ山脈は、通常の登山では何日もかかる難所である。

 

 しかし彼らは躊躇することなく、背中のローブを大きく広げた。

 

 ばさり、という音と共に、彼らの背から巨大な翼が展開される。

 

 月光を受けて鈍く光るそれは、明らかに生物の翼ではなかった。

 

 金属とも石材ともつかない奇妙な素材で精巧に作られた人工の翼。

 

 羽根の一枚一枚まで緻密に再現されているが、その不自然な光沢が作り物であることを物語っている。

 

 五人は一斉に地を蹴り、夜空へと舞い上がった。

 

 山脈を越える彼らの姿は、まるで巨大な猛禽類の群れのようにも見えた。

 

 ◆

 

 ユグドラの大森林は死の気配に満ちていた。

 

 かつて生命力に溢れていた巨木たちは立ち枯れ、地面は黒く変色している。

 

 腐臭が漂う中を、十五の人影は隊列を組んで進んでいく。

 

 誰一人として言葉を発しない。

 

 しかし彼らの動きは完璧に連携していた。

 

 前衛が警戒し、中衛が周囲を索敵し、後衛が背後を守る。

 

 まるで百戦錬磨の傭兵団のような練度だった。

 

 不意に、前方の茂みが大きく揺れた。

 

 黒い瘴気を纏った騎士──デュラハンが、錆びた大剣を構えて立ちはだかる。

 

 通常なら上級冒険者でも苦戦する相手だ。

 

 だが、人影たちは歩みを止めることすらしなかった。

 

 隊列から二人がするりと前に出る。

 

 その動きは流れるように滑らかで、デュラハンが剣を振り上げる前に、既に間合いを詰めていた。

 

 一瞬の交錯。

 

 人影たちがデュラハンの横を通り過ぎると同時に、黒鎧の騎士は崩れ落ちた。

 

 胴体は真っ二つに、手足は関節から切断されている。

 

 月光に照らされて初めて見えたのは、人影たちの腕から伸びる巨大な刃だった。

 

 肘から先が変形し、鋭利な刃と化している。

 

 それもまた翼と同じ、生物のものではない異質な武器だった。

 

 そうして森の奥へ、さらに奥へ。

 

 途中、アンデッドが何度か現れるが、彼らの前には皆揃って同じ末路を晒した。

 

 やがて彼らの前に、おぞましい塔が姿を現す。

 

 白骨と腐肉で築かれた冒涜的な建造物。

 

 犠牲者たちの苦悶の表情が、塔の表面に浮かび上がっている。

 

『なに、モノだ……』

 

 朽ちた声が、木立の陰から響いた。

 

 ゆらりと姿を現したのは、ボロボロのローブを纏った骸骨の魔術師──リッチである。

 

 空洞の眼窩に青白い炎を宿し、周囲には無数の魔術書が浮遊させているそれは、“万禍のカペラ”という非常に強力な個体である。(ユグドラ公国②参照)

 

 カペラは侵入者たちを値踏みするように見回した。

 

『貴様ラ……何者ダ……?』

 

 返答はない。

 

 十五の人影は、ただ静かに塔を囲むように展開していく。

 

『答エヌカ……ナラバ……』

 

 カペラの骨の掌に、紫電が迸った。

 

 詠唱破棄──高位の魔術師のみが成し得る高等技術。

 

『死ネ!』

 

 雷撃が、最も近い人影に向けて放たれた。

 

 轟音と共に稲妻が炸裂し、標的の人影を直撃する。

 

 ローブが焼け焦げ、その下から姿を現したのは──。

 

『ナ、ニ……?』

 

 カペラの声に、初めて動揺が混じった。

 

 そこに立っていたのは、人ではなかった。

 

 目も鼻もない、ただ口だけがぽっかりと開いたのっぺりとした顔。

 

 肌は陶器のように滑らかで、関節には金属の継ぎ目が見える。

 

「ワタ、ワタタアシは、"プーイー・G"……」

 

 人形がたどたどしく口を開いた。

 

「こン、ばンわ……よル、です、ネ」

 

 別の人形も口を開く。

 

「ツキが、きレい……デス」

 

「アシたも、いイ、てンきに、なル、でショウ」

 

 人形たちは、まるで世間話でもするかのように、脈絡のない言葉を紡ぎ始めた。

 

『ゴーレム……!』

 

 そう、ゴーレムだ。

 

 しかしただのゴーレムではない。

 

 これらは十二公家が一家、カリステ公爵家に伝わる血継魔術"人形劇場"によって生み出された特殊なゴーレムだ。

 

『小癪ナ……!』

 

 カペラは浮遊する魔術書を次々と開き、複数の魔術を同時に発動させた。

 

 炎の渦、氷の槍、風の刃が人形たちに襲いかかる。

 

 ◆

 

 人形たちは思い思いの方法で攻撃を回避、あるいは受け流していく。

 

 ある者は体を柔軟に曲げて炎をかわし、ある者は腕を盾のように変形させて氷槍を弾いた。

 

「おハよウございマス、ここはテアトルム──」

 

 炎に焼かれた人形が、溶けかけた顔で呟く。

 

「納税は、火ノ月中ニ、シマショウ」

 

 そう言いながら、損傷した部分が見る見るうちに再生していく。

 

 まるで粘土を捏ね直すように、元の形を取り戻していった。

 

 カペラは次々と高位の魔術を繰り出す。

 

 火球、氷槍、精神を破壊する呪詛。

 

 しかし人形たちには精神がない。

 

 呪詛は意味を成さず、物理的な破壊も一時的なものでしかなかった。

 

 それでもカペラの猛攻は凄まじく、人形たちの半数は原型を留めないほどに破壊された。

 

 砕かれた頭部、千切れた四肢が地面に散乱する。

 

 だが残った人形たちは、まるで何事もなかったかのように前進を続けた。

 

「やあ、そこを右に曲がると宿屋があるヨ!」

 

「武器ハ、装備シナイト、イミガアリマセン」

 

「時ニハ、逃げるコトも大事デス」

 

 人形たちが一斉にカペラへと殺到した。

 

『来ルナ!』

 

 カペラは全身から瘴気を噴出させ、結界を張り巡らせる。

 

 しかし人形たちはその瘴気さえも意に介さず、結界に取り付いた。

 

 一体が結界に触れると、その部分から奇妙な振動が伝わってくる。

 

 まるで結界そのものを分解しているかのように、魔力の構造が崩れ始めた。

 

『バカナ……!』

 

 カペラの驚愕も束の間、結界は音を立てて崩壊した。

 

 人形たちの手が、カペラの骨に触れる。

 

「ヤスムことも、しごトでスね」

 

「グロリア、グロリア──」

 

「縺翫? 繧医≧縺斐*縺? ∪縺」

 

 人形たちの言葉はまるでとりとめがない。

 

 それが返って狂気的に聞こえる。

 

 そうして人形たちは解体作業を始めた。

 

 まず指の骨を一本ずつ外していく。

 

 次に手首、肘、肩の関節を丁寧に分解する。

 

 カペラは抵抗しようとしたが、人形たちの膂力は凄まじい。

 

 魔術の行使もできなかった。

 

 人形たちに触れていると、魔術の構築ができないのだ。

 

 まるで波打ち際で砂の城を作るように、魔力を魔術として形成することができない。

 

『ヤメ……ロ……!』

 

 肋骨が一本、また一本と抜き取られていく。

 

 背骨も下から順番に取り外され、最後に頭蓋骨が胴体から離された。

 

 青い炎を宿していた眼窩の光が、徐々に弱まっていく。

 

「嗚呼」

 

 人形の一体が、カペラの頭蓋骨に向かって呟いた。

 

「よイ、ゆメ、を」

 

 ◆

 

 完全にバラバラにされたカペラの骨は、整然と地面に並べられていた。

 

 まるで解剖学の標本のように、部位ごとに分類されている。

 

 生き残った人形たちは、その周りに円を描くように立っていた。

 

「きらきら、ト、ヒカル、夜空」

 

「大きなお目目が、ミテイルヨ」

 

「せいなる、カナ、聖なるかな──」

 

 彼らは踵を返し、屍の塔へと向かった。

 

 それぞれが塔の異なる部分に取り付き、解体を始める。

 

 骨と肉で作られた塔は、人形たちの手によって丁寧に、しかし容赦なく分解されていく。

 

 人形たちは時折、意味不明な会話を交わしながら作業を続けた。

 

「アめ、が、ふリ、そウ」

 

「カえル、の、うタが、きコえ、ます」

 

「ヨる、は、しズか、デス、ね」

 

 斬り、引き裂き、抉り。

 

 時には何やら怪しい液体を噴霧して、指先から炎を噴射し。

 

 残った人形たちは朝になるまで塔を破壊し続ける。

 

 休むことなく、淡々と、狂ったような会話を続けつつ。

 

 

 

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