インキュバス イン テイワット 作:朝潮
「このテントは安いですがそれ相応の耐久性だと思います。
たまにの外出に使うならともかく、毎日の野営には向きませんね。
こちらのテントは素材が良いので長持ちしそうです」
「流石ノエルちゃん。良い目利きだね」
「えへへ」
腹ごなしを終えたオレたちは、モンドの市場へと来ていた。
モンドの城門付近には毎朝屋台が並ぶ。
そんな通りを3人で、花屋、果物屋、武器屋と見て周り。
今は、バーバラと野営に使う用のテントを探していた。
難しい顔をしてテントと睨めっこする2人。
「このテント、一度組み立ててみても良いですか?」
「ああ、良いぞ。そうだ!今日は天気がいいからな、城外でピクニックでもして一度試してみなさい」
「良いんですか?まだ購入してないのにこんな高いものを」
「あんた、バーバラちゃんとノエルちゃんの知り合いだろ?なら大丈夫だ」
「なるほど、2人の人徳か」
モンドは穏やかな人が多いが、ここまでサービスしてくれる人もいないだろう。
2人が皆から信頼されている証拠だな。照れている2人が微笑ましい。
モンドの誇る美少女2人。両手に花とはこのことだな。
「ありがたく試させてもらうよ」
「夕方には店を閉めるからそれまでには代金を払いに来てくれよ」
オレたちは屋台の親父からテントを借り、マジックポケットへと突っ込む。
こんな大きなものも収納できるのだから便利な道具だ。
そのまま城門から出て石橋を渡り、シードル湖*1の周辺を少し探索する。
「暖かいね」
「ピクニック日和だ」
「見て!水面がキラキラしてるよ!」
「お。ここは魚が多そうだな」
「もう。お兄さん、お腹が空いちゃったの?」
「旅してると食料は基本現地調達だからな。そういうところに目が行きやすいんだよ」
森でキノコを探したり、イノシシを狩って獣肉を手に入れたり、釣りで魚を釣ったり。
旅人の暮らしはサバイバル生活が基本だ。
旅に出る前に、バーバラにも釣りを覚えてもらっていた方が良いかもな。
「せっかくだから2人も釣りをしてみないか?」
「私にできるかな?」
「大丈夫。ちゃんと教えるから」
バーバラは自身なさげだったが了承してくれた。
そしてノエルは、一歩下がったような場所で申し訳なさそうにしていた。
「ノエル?」
「2人は婚約されているのに、
「勿論だよ。3人の方が楽しいでしょ?」
「ですが……」
自分が無粋な邪魔者ではないかと心配していたノエル。
確かに、デートのような雰囲気を出されたら気まずいよな。
オレ達も、ノエルに気を遣えていなかったのは良くなかった。
「お兄さんとはモンドを出てからいっぱいイチャイチャするんだから!
今は、ノエルといろんな思い出を作りたいな」
「それに、夫婦と一緒にメイドがいるのは普通の事だよ」
「そうかもしれませんね」
曇った表情に笑顔が戻る。
やっぱり女の子は笑ってなきゃな。
「さ。その前にテントを組み立ててみよう」
「設営はメイドにお任せください!」
「私も手伝うよ」
「なるほど。オレのテントよりも大きくてしっかりしてるな」
最後のペグをトンチンカンチンとしっかりと地面に突き立て、立派なテントが完成した。
隣に立ててみたオレのテントと比べると1回りか2回りほど大きい。
あまり大きすぎても持て余すからこのくらいの広さがちょうど良いかもな。
試しに寝転がってみる。寝袋を敷いていないので地面が硬い。
「暖かくて……なんだか眠くなってきたな」
ゆったりとした時間に、瞼が重くなる。
3人で日向ぼっこしながら昼寝でもしたら気持ち良さそうだ。
オレが暫く目を瞑っていると、様子を見に来たバーバラが苦言を呈す。
「もう。魚釣りをするんじゃなかったの?」
「おっと、そうだったな」
オレはあくびを噛み殺して起き上がる。
「2人とも、釣りは初めてか?」
「うん」
「はい」
オレは釣り道具を取り出して、釣りの準備を始める。
といっても、竿が2本とエサが数種類だけの簡易なものだ。
その竿も、リールなんていう高性能なものはついていない簡素なものだ。
「大丈夫、そんなに難しいことはない。針に餌を引っ掛けて、適当なところに投げ入れるだけだ」
ヒュンと竿が風を切り、餌と重しを付けた釣り糸が湖に沈む。
我ながら良い位置に投げられたな。
「あとは魚が食いつくまで待つ。この竿は暫く放置だな。
魚がいない所に投げても意味ないが、魚に近すぎても逃げられる」
「難しそうだね」
「正解はないから、色々試してごらん」
オレは竿を岩場に立てかけて、もう一本の釣竿を手に取る。
「よし。じゃあ投げ入れてみたい人」
「「はい!」」
「よし、元気がいいな。でも2人いっぺんに投げるのは危ない。
まずはノエルからやってみよう。バーバラはちゃんと見てるんだぞ」
オレはノエルの腰に手を当て、竿を握らせる。
ノエルは初めて触る竿を物珍しげににぎにぎと触っている。
「オレが手を握って投げてみるから、感覚を覚えてみて」
重りを遠心力で振り回すようにして投げ入れる。
オレはノエルに付き添って、2、3度素振りをしてから離れる。
「じゃあ、今度は1人でやってごらん。針があるから、周りに人がいないかしっかり見るんだぞ」
「わかりました」
ノエルは大袈裟なくらい周囲を見回し、糸の先に人がいないことを確認する。
そして見様見真似で重りを飛ばす。少し体が硬いが、うまく飛んだな。
「魚が食いついたら、浮きが動く。そしたら思い切って引くんだ。
全然動かなければ、回収してもう一度投げ直せばいいよ」
オレは投げ入れた後ビクともしなかった一本目の竿を回収する。
エサがついたままなのでハズレだったのだろう。
「ほら、バーバラもやってみよう」
「む〜」
オレはぷっくりと頬を膨らませるバーバラに竿を握らせる。
「ノエルの体気持ちよかった?」
「変なこと言うなよ、ただの指導だろ?」
オレは嫉妬するバーバラを腕の中に収めて抱きしめる。
するとバーバラは服を掴んで甘えてくる。
「ノエルの事好き?」
「バーバラの方が好きだよ」
「どうしてノエルを先に教えたの?」
「2人でイチャイチャできるだろ?」
オレ達はノエルの目を盗んでキスを交わす。
いつもよりも短い口付けだったが、満足してくれたようだ。
バーバラは体重を完全にオレに預けて寄りかかってくる。
「私にも教えて?」
「喜んで」
オレ達はピッタリと抱き合ったまま、何度か投げ入れる。
じっと待ってみるが、なかなかヒットが来ない。
オレはバーバラの頭を撫でて、少し離れる。
「この辺りには魚があまりいないのかもな。ちょっと魚を呼んでみるか」
「そんな事が出来るんですか?」
「まあ見てな」
エサを何個か取り出し、手の中でぐちゃぐちゃと揉み込む。
そしてそれを大きく広がるよう、勢いよく湖の中に投げ捨てる。
「撒き餌って言ってな。ほぐした餌をばら撒くことでこの辺の魚が集まってくるんだ」
「餌をあげちゃうんですか?」
「いない所で糸を垂らしてても意味ないからな。
それに、周りに餌がいっぱいあると、安心して針がついた餌にも食いついてくれるんだ」
「なるほど……」
少しして、撒かれた餌に引き寄せられた魚達がやってくる。
「お魚さん達がやってきました!」
「よし、魚影の近くを狙って投げるんだ」
「はい!」
2人とも真剣な目で湖面を見つめている。
近くに投げすぎて逃げられたりもしつつ、じっと当たりを待つ。
「あ!動いてます!」
「よし!竿を思い切り上げるんだ」
「えいっ!」
普段剣を振り回している膂力で、竿を引き上げる。
糸の先には、上手に針にかかった魚がついていた。
「すごいよ、ノエル!」
「ありがとうございます!」
そんな会話をしている2人に、糸に吊られた魚が襲ってくる。
きゃいきゃいと悲鳴をあげて逃げ回る2人。
竿を手放さないといつまでも追ってくるぞ。
オレはノエルの手を掴んで、竿を操作して糸を掴む。
「こいつはグッピー*2だな。小さいがこれで大人だ。美味しいぞ」
「こんな可愛い子を食べちゃうんですか?」
「かわいそうなら逃してあげても良いよ」
魚を針から外してやり、水の入った木桶に入れる。
放たれたグッピーは小さな水槽の中で元気に泳ぐ。
「本当だ、可愛いね」
「うーん、どうしましょう」
2人はグッピーの泳ぐ木桶を覗き込む。
仲良さげな2人の様子はまるで3人目の姉妹のようだ。
「とりあえずキープしとこう。もっと大きいのが釣れたら、逃してあげようか」
「そうですね」
「よ〜し、今度は私が釣っちゃうよ!」
「私も負けません!」
2人は楽しそうに竿を手に取る。
オレはあまりでしゃばらずに、初心者2人に任せてみるか。
もし失敗しても、サバイバル中と違ってなんとでもなる。
「オレは薪を拾ってくるよ。ある程度釣れたらお昼ご飯にしよう」
「薪拾いでしたら私もお供します!」
「大丈夫。2人には魚釣りを任せたよ」
「わかりました。たくさん釣っておきますね!」
「怪我には十分気をつけて」
ついて来ようとするノエルを止め、少し離れて焚き木になりそうな枝を探す。
森に入ればもっと簡単に手に入るだろうが、できるだけ2人が目に入るようにしておきたい。
普段は面倒な枝集めも、キャンプ中では楽しみの一つだ。