※この作品はR-18です。

ARR-another rain route-   作:のあむ

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 訓練所に入所して間もない頃。レインは毎日、過酷な訓練で疲労の溜まった甲を癒すためにお茶を入れていた。しかし、そのお茶が甲の睡眠に悪影響を及ぼし、却って甲を疲弊させていたことに気づき反省する。それからひと月半ほど経った休日、レインは気分転換も兼ねてお茶を買いに列車に乗って遠出をすることにした。
 今回は原作の雨の日の続きのお話です。
【2/15追記】アンケートで小説をすべてR18にまとめることにしたので上げ直しました。
●この小説はpixivにも投稿しております


第三章『至福のひと時』

 降り続く雨が建物の屋根を楽器代わりにして、軽快な音色を打ち鳴らし。雨どいからこぼれる雫の音(ね)とともに、絶えずリズムを刻んでいく。そんな自然が織り成すサウンドのみが響く、とても静かな昼間のこと。

 今日は、訓練所に入所して初めての休日。だというのに、朝からあいにくのお天気で。でも私はこんな名前をしているせいもあり、雨の日が特段に嫌い、というわけではなかった。

 二段ベッドから下りて、部屋の窓の前に立つ。景色を見やすくするために、ブラインドの操作棒を回転させ、スラット(羽根)の角度を調整していく。スラット(羽根)を開き見やすくなった窓から、私は外を眺めてみることにした。

 グラウンドの茶褐色の土は、降雨により水分を含み、その色をより濃くさせ、ぬかるませていた。山のほうへと視線を移すと、あちらは今、雨が止んでいるのだろうか。

 発生した霧が、乳白色の薄いヴェールをかけて山全体を覆い隠し、息を飲むほどに、幻想的な風景を作り出していた。雨という自然現象により産み出された、それらの対照的な風景をおもむろに見つめる。

 

「……っ!」

 瞬時、鮮やかな色が視界を横切り、思わず目を奪われた。鮮明な色合いの羽で美しく彩られた二羽の小鳥が、窓の外近くの木の梢の上へと、その麗しい姿を現していたのだ。

 小雨とはいえ、雨降りの中でも元気にその優雅な羽根を細かく動かし、枝から枝へと飛び移りちょこちょこと首を振って、さえずりながら互いにやり取りをする野鳥たち。

 ……なんて、愛らしいんだろう。私はその様子を微笑ましく思いながら、そっと部屋の中から見守る。甲さんと二人で傭兵になる目的で赴いたこの場所は、思いのほか、今の私は馴染むことができている。

 近頃では珍しい、自然に恵まれたこの土地のことを好ましく感じていて、豊かな緑から生み出されたこの澄んだ空気にすら、私は愛着を感じ始めているほどだった。

 

「…………」

 後ろを振り返ると、ベッドの上で眠る甲さんの姿が目に入る。ここに来てから甲さんは、連日の厳しいトレーニングで疲弊している。これからも訓練についていけるのかと、毎日不安げな表情を浮かべていた。

 私が甲さんをお支えしなくては。そうやってひとり使命感に燃えていると、いつの間にずれたのだろうか。甲さんの肩が、布団からはみ出していることに気づく。

 私は二段ベッドの前へ行くと、甲さんを起こさないよう慎重に、寝返りによりずれた布団を直していった。ベッドの前でしゃがみ込み、目を細め愛しい人の寝顔を、真正面から見つめる。

 静かに寝息を立ててはいるけれど、その寝顔は疲労の色が浮かび、安らかとは言えないものになっていた。ここに来てから甲さんは凄く疲れていらっしゃるから、今は寝かせてあげよう。

 ……おやすみなさい、甲さん。彼を起こさぬように、そう私は心の中でつぶやいた。

 

『午後三時になりました』

 機械音声(マシンボイス)とともに、あらかじめ設定しておいた時報の通知メッセージが視野に表示される。私は部屋に二つ並べられた片方の机の上で、訓練所の図書室から借りてきた本を読んでいた。

 もう、三時になったんだ。一旦読書を中断して、甲さんを起こし一緒にお茶をすることにしよう。金属製の薄い棒状のしおりを本にはさんで閉じると、その拍子にしおりと鎖で繋がれた文鳥のチャームが、きらりと光を反射しながら揺れ動く。

 黒い顔で白い頬と赤いくちばしを持ち、呑気な表情を見せる愛らしい文鳥さんが付属したこのしおりは、実家から持ってきた私のお気に入りのものだった。……何度見ても、この文鳥さんは可愛いな。

 本を閉じ、しおりの文鳥さんを眺めていつものように和んだ後、私は椅子から立ち上がり、甲さんが眠るベッドへ近づいて声をかけた。

 

「甲さん、甲さん」

「……んー……なにー?」

 甲さん、凄く眠そう。私の声で目を覚ました甲さんはすぐに返事をしてくれたけど、その声はとても眠たげで、くぐもっていた。

 

「三時ですし、よろしければお茶をご一緒にいかがですか?」

「もうそんな時間か……そうだな……このまま寝続けるのもなんだし、一回起きてお茶でも飲むよ……ついでにトイレも行ってくるか……」

「そのほうがいいと思います。その間にお茶の用意をしておきますので、お部屋でお待ちくださいね」

「うん……」

 甲さんは眠そうに、目をこすりながらベッドから起き上がり、廊下へ出てお手洗いへと向かっていく。身体がだるいのだろうか。その足取りはとても遅く、おぼつかないもので。

 蹌踉(そうろう)とした足運びは、見ていて不安になってしまうほどだった。甲さん、本当に疲れているみたい。温かくて美味しいお茶をお出しして、癒して差し上げなければ。

 給湯室でお湯を沸かし、二人分のお茶を入れたカップをお盆に乗せて、私は自室へ戻った。――殿方は熱々で濃いめのお茶が好き。そう考えている私はいつもどおり、濃いめで真っ白な湯気がもくもくと立ち上がるほどに熱いお茶を、たっぷりと甲さんへとお出しした。

 

「ふー! ふー! ふー! ……う熱っ! ……いつも、お茶を入れてくれてありがとう、レイン」

「いえ、これくらいお安い御用です」

 甲さん、お茶を飲んだ後に一瞬眉をしかめていたけど、火傷でもしてしまったのだろうか。お茶を冷まそうと沢山息を吹きかけていたし、これからはもう少し温度を下げたほうがいいのかも。

 そんなことを考えながら、私にはあまりにも熱く入れられたお茶の入ったカップに息を吹きかけ、冷ましていく。

 

「それじゃあ寝直すよ……」

「はい、おやすみなさい。夕飯の時間になったらまた起こしますね」

「ああ、頼むよ……」

 お茶を飲み終えると甲さんはすぐにベッドへ行き、横になってそのまま眠ってしまった。

 

ARR-another rain route-

第三章『至福のひと時』

 

 それから毎日甲さんの様子を見ていても、やはり私には彼の睡眠の質が低いように思われた。訓練所では規則正しい生活をしていて睡眠時間も充分確保できているはずなのに。

 甲さんは講義中にあくびをすることが多く、教官に注意されることも少なくない。このままではいけないと思った私は、睡眠の質を改善する方法をネットで検索し、気づいてしまった。

 ――私が入れていた緑茶は、“玉露”というかなりカフェインが多い種類のお茶だということを。甲さんに喜んでもらえるので、今まで私は休日以外の日は、毎日“夜”に実家から持ってきた緑茶を出していた。

 しかも、お茶はできるだけ濃く熱く入れるようにと父にしつけられていたこともあり、私はその都度、ヤカンを使い”かなり濃く熱いもの”を入れてしまっていた。

 身近な男性である父と同様に、殿方である甲さんに出すお茶は濃く熱いものがよいと考えていたからだ。けれどカフェインというものは、湯温が高ければ高いほど溶けやすい性質がある、ということを今日知った。

 しかも、玉露一杯の適量は、約三十cc~六十cc。それに対して、私が毎回甲さんに出していた玉露の量は、“約三百cc”にも及んでいた。これら四つの失敗により、私が甲さんに飲ませていたお茶のカフェイン量はかなり多くなってしまっていたことだろう。

 自分の犯した過ちを理解し深く反省した私は、ノンカフェインのお茶をネット注文した。それから、休日の昼間以外は、ノンカフェインのものを甲さんに出すこと。

 ノンカフェインでない手持ちの茶葉は、適温で適量を休日の昼間にだけ出す、ということを、私は堅く肝に銘じた。そのほうが茶葉も長持ちするし、甲さんを長く楽しませることができるだろうと。

 ……やはり、家を出たのは正解だったみたい。私が甲さんにこんな粗相をしでかしてしまったのは、お父様のせいです。父の偏った教育のせいで、甲さんに多大な迷惑をかけてしまったことに憤り、改めて私の中で父への反抗心が強くなってしまう。

 こうして私のささやかな努力のかいもあり、睡眠の質も改善されてきたのか。徐々に甲さんもこの暮らしに慣れて体力がつき、ここに来てから二週間を越えた頃には、すっかり元気を取り戻していった。

 そしてとうとう、戦闘用電子体(シュミクラム)を使った訓練が開始された。途中から参加した私もその訓練に慣れて余裕が出て、休日だということもあり、今日は街に赴いて茶葉を買いに行こうと考えている。ネットで注文をすれば事足りるのだけど、どうせならと。

 気分転換も兼ねて、今日は訓練所の敷地を離れ外出してみることにしたのだ。寝巻のスウェットから私服に着替え、甲さんと食堂で朝食をともに摂った後、歯を磨き軽く化粧をして出かける準備を終わらせる。

 先ほどは私服姿で食堂に赴いたせいで、他の訓練生にデートをするのかと揶揄(やゆ)されてしまい、凄く恥ずかしい思いをした。私と一緒にからかわれた甲さんは、いつもどおり気だるそうにしていて、訓練生たちを軽くあしらっていたのだけれど。

 あんなに目立つのなら、やはり私服姿で行くべきではなかった。でも私はみなさんのように、寝間着姿で食堂へ行くことに抵抗があるのだから、仕方がないだろう。

 淑女として、好きな人の前でだらしない姿を晒したくないと思うのは当然のことだと、私はそう考えていた。部屋の収納を開けて、目当ての物を探していく。……あった。

 休日に外出する際使うかもしれないと思い、念のために持ってきていたアイボリーの小さなショルダーバッグを手に取る。あとは……。湿気で痛むことを防ぐために、ペーパーで外側を覆い除湿剤を中に入れて保管していた“それ”を収納ケースの隅に発見し、私は取り出した。

 ここへ入所する時履いて来たパンプスだ。収納を閉じて、靴を包んでいたペーパーを取り去り、部屋のゴミ箱へ捨てる。収納から出したカバンに、財布やハンカチといった必要なものをつめていく。

 荷物を入れ終えたカバンを肩にかけ、靴を片手に持った私は自室の入口へと歩いていった。廊下に出るためスリッパへ履き替えようとした所で、背後から声がかけられる。

 

「こうして見ると、やっぱりレインってお嬢様なんだな」

 甲さんは突然、そんなことを言った。甲さんはなにかというと、私のことをお嬢様と呼ぶ。着慣れた軍服ではなく、最近はすっかり着ることのなくなった私服を着ているからだろうか。

 今日の私は、水色のシャツワンピースにクリーム色のカーディガン、という装いをしていた。

 

「……それって、どういう意味ですか?」

 スカートの裾を押さえつつ後ろを振り返って眉根をひそめると、少しだけ不機嫌になって甲さんに質問をする。ここに来るまでに、世の中のことを勉強して世間知らずは大分直したつもりなのに。

 まだ私のことがそんな風に見えているのだとしたら、まったくもって心外です。

 

「そんな顔するなよ、美人が台無しだぞ? 悪く言ってるんじゃなくて、久しぶりにレインの私服姿が見られて嬉しいってこと。いつもの軍服よりも似合ってるよ、その服」

「……っ!」

「今日は化粧もしてるみたいだから、私服が映えて一層お嬢様っぽいなって思ったんだよ」

「……ありがとう、ございます……」

 甲さんの意外な返事に、私は驚いた。まさか、服を褒められるとは思っていなかったから。……それに、お化粧にも気づいてくださった。甲さんはふとした瞬間に褒め言葉を贈るかたで、そのたびに私は彼の言葉に戸惑い、照れてしまう。

 久方ぶりの私服と化粧に、なんとも言い表せぬ気恥ずかしさを感じる。私は部屋に設置されている姿見の前に行き、ソワソワしながら鏡を見て髪を手で整え、どこかおかしいところがないか、もう一度確認していく。

 身体が成長したのか、胸の辺りが少し窮屈になってしまったくらいで。着用する前に、私の手によって抜かりなくアイロンをかけられたワンピースは、どこを見てもシワのひとつでさえ存在することはなかった。

 

「そ、それでは行って参りますねっ」

「うん、いってらっしゃい、レイン」

 緩んだ表情を見られることがおもはゆくなり、甲さんに向けてぺこりと頭を下げてあいさつをして、逃げるようにそそくさと部屋を出ていく。……甲さんはああやって、不意にお世辞を言ってくださるから困ってしまう。

 私はそんな贅沢な悩みを胸に抱(いだ)き、寮を後にした。……顔が、熱い。そんなことをしても、逆効果だと頭ではわかっているというのに。彼に褒められたことで熱を持ってしまった顔を、前方から吹きつける風で冷まそうと、判断力の低下した私はそこに飛び込んでいく。

 久しぶりに履いたパンプスの歩きづらさもお構いなしに、坂道を下りて最寄りの駅へと足早に歩いていった。口元が、自然と弧を描く。……いってきますね、甲さん。

 心の中で、もう一度、愛しい人へ出立のあいさつをした。

 

◇ ◇ ◇

 

 目的地の駅を出た先の視界に広がる見知らぬ土地の風景は、久しぶりに訓練所を離れた自分には、とても新鮮なものに感じられた。緑が多く、動物や自然の残る訓練所の風景のほうが好ましく思えていたというのに。

 ひとりで知らない街を歩き回ることは、まるで冒険をしているみたいで心が躍る。不登校になっていた学園生時代は、ひとりで街を歩いていたせいでジルベルトたちに襲われいやな思いもした。

 そのおかげ、などとは口が裂けても言いたくはないのだけど。その時に彼――甲さんと、出会うことができた。あれから色々なことがあったけど。あの日甲さんと出会えたことは、私にとって生きる意味を得ることのできた、人生で最も大切な思い出となった。

 これからも、私は一生甲さんのお側にいて尽くしていきたい。……たとえその目的が、彼への“贖罪”、であったとしても。そうやって寮の自室に残してきた彼へと想いを馳せ、視野透写した3Dガイドと機械音声(マシンボイス)に従って歩みを進めていた私は、気がつくと目的地へと辿り着いていた。

 今回の外出の目的地であるこのお茶の専門店は、現代においてかなり珍しい木材建築風の外観をしていてとても趣があり、その木目のおかげだろうか。温かな雰囲気を纏いつつも、歴史を感じさせる店構えをしていた。

 まさか、今時こんな作りは本物ではないはず……。試しに軽く壁を叩いてみると、強化合成樹脂の硬い音が辺りに響いていく。――やはり、模造品(イミテーション)だ。

 

『大丈夫、上がって……! みんな、ぐっすり眠っているから』

『お、おじゃまします……』

 昔、空さんに連れられて訪れた如月寮みたい……。

 

『ん……ふああっ! あっ、ってごめん。私、つい寝ちゃって……!』

『くすっ、大丈夫ですよ? おかげさまで、無事お弁当ができましたから』

『へえっ……!? うわっ、すごいすごいっ……! これ、あなたが作ったの……!?』

『ええ、なんとか……。見た目はちょっと悪いですけど……』

 大好きだったな、空さんのこと……。親友との輝かしい、賑やかで楽しかった日々が走馬灯のように駆け巡り、つい目頭が熱くなる。もう二度と戻ることのできないあの頃を想い、胸がぎゅっと締めつけられてしまう。

 ……いけない、私はここにお茶を買いに来たんだった。思い出に浸るのは、用事を済ませ帰りの列車へ乗った時にたっぷりできるから。今はただ、前を向かないと。

 そして私は空元気を出し両手で握り拳を作り、店へ入るためにドアへ向かってややうつむきながら直進した。

 

「きゃあっ!」

 私の訪問を拒むかの如く、そのお店のドアは固く閉じられたまま、なんの動きも見せずに私を跳ね返してしまった。い、痛い。ドアが故障しているのだろうか。

 ドアに思い切り当たってしまい、痛みを発した額を手でさすりながら周囲を観察する。見ると、お店の扉の取っ手の横に『当店は自動ドアではありません。取っ手をつかんで手動でお入りください』と書かれた小さな看板が下げられていることに気づく。

 どうやら今時珍しく、ドアがオートメーション化されていないらしい。たしか如月寮もこういう作りになっていた気がする。もう、こんなところまで似ていなくていいのに……。

 昔の雰囲気を残すことは素敵なことだとは思うのですが、できればもう少し、大きな看板に大きな文字で書いて欲しかったです……。そう心の中で、私は店主に苦情を言って引き戸に手をかけた。

 チリンチリン。店の戸を開けると、無機質な電子音ではない、綺麗な澄んだ鈴の音(ね)が響き私を出迎えてくれた。それと同時に、様々な茶葉の匂いが漂い、私の鼻孔をくすぐっていく。

 まあ、凄い……。たしかに、仮想でもお茶を試飲したり、香りをかいでみることはできる。しかしながら、実際には“本物の香り”というものが、それらのデジタルデータを軽く凌駕しているのだという事実に、私は今気づかされた。

 膨大な情報量であるがゆえに、デジタルでは表現しきれない、本物ならではの緻密(リアル)でかぐわしい匂いに、一瞬で私は虜にされてしまった。上等な素材で作られた商品棚の上に、様々な品種や産地の茶葉が入れられ、美しく並べられたきらびやかな缶。どれを買おうかと私は目移りしてしまう。

 

「なにかお探しですか?」

 お茶の入った壺を持つうさぎが飛び跳ねているロゴが印字された、黒い胸当てエプロンが目に入る。この店の主であろう柔らかな表情を浮かべた白髪の老紳士が、親切に私へと尋ねてくれた。

 

「あ、はい。ノンカフェインのお茶で、美味しいものを探していて……」

「それでしたら……」

 麦茶、そば茶、黒豆茶、ルイボスティー、ハーブティー、そば茶、はと麦茶、コーン茶など。店主に勧められたお茶を次々と試飲した後、その中で気に入ったお茶のティーバッグタイプのものを私は選んだ。

 このお店は茶葉だけではなく、茶器やお茶菓子などの取り扱いも行なっているらしく。クリーム色のフタつきマグカップ二つと、陶器製のティーバッグホルダー。それとお茶請けにクッキーも一緒に購入して、私はお店を後にした。

 ティーポットの形をしたそのティーバッグホルダーは、中央に可愛らしい牛さんが描かれている。それは使い終わったティーバッグだけではなく、焼き菓子などを乗せるのにも使えると、店主のかたに教えていただいた。

 甲さんも同じ部屋で生活していることもあって、寮の自室に私物を増やすのには抵抗があったのだけれど。毎日彼と一緒に使うものだし、これくらいのものなら許されるのではないかと私は考え、購入へと至った。

 卒業後は傭兵になるとはいえ、今から常に気を張っていては、卒業まであと何年もある期間を耐えることなどできはしないだろう。ちなみに茶葉をティーバッグタイプにしたのは、お茶の濃度を適切にするための対策だった。

 私は料理だけでなく、どうやらお茶を入れることも不得手らしく。今まで甲さんに飲ませていた玉露の悪質さが、それを証明していた。扱いや管理も楽だとお店の人に背中を押してもらえたのも、ティーバッグを選んだ理由のひとつだった。

 ……今日買ったお茶が、甲さんに気に入ってもらえるといいな。灰色とベージュが混ぜ合わされた上品なくすみカラーの袋を片手に持ち、私は上機嫌になって駅への道を歩いていった。

 

◇ ◇ ◇

 

『午後〇時です』

 駅に到着してすぐに機械音声(マシンボイス)による時報が聞こえ、ふと甲さんのことが気になった。今頃どうしているのだろう。もう十二時だけど、まだベッドで眠っているのだろうか。

 気になった私は甲さんに呼び出し(コール)をしてみることにした。

 

『レインか……いきなり通話(でんわ)なんてかかってきたから驚いたよ……』

 ベッドに横たわる甲さんの姿が、半透明になって視界に映し出される。この前までは体力もついてきて元気になっていたのに、最近はシュミクラム訓練が開始した影響でまた疲れているみたい。

 

「お休みしている最中にごめんなさい。あの、甲さん。お昼はどうなさるご予定ですか?」

『いつもみたいに、適当に寮の食堂で食べるつもりだけど……』

 布団にくるまれて、立体画像(ホログラフ)の甲さんは横になったまま物憂げな低い声で返事をする。どうやら甲さんは、今日もいつもどおりのお食事をするみたい。……それなら。

 

「あの、あと四十五分ほどはかかってしまうのですけれど、お待ちいただければ私がお昼ご飯を買って参りますので……。その……甲さんがよろしければ食事をご一緒したいのですが、いかがでしょうか……?」

『ああ、いいよ……ふあぁ……』

 眠そうにあくびをしながらも、甲さんは快(こころよ)く私の申し出を受けてくれた。

 

「ありがとうございます! それではそのまま寮でお待ちくださいませっ」

 甲さんに自分の提案を受け入れてもらえたことが嬉しくて、私は行きに駅で見かけた駅弁、というものを買ってみることにした。駅の構内では、『天然素材百パーセント!』などと、購買意欲を掻き立てる目的で作られた、大小様々な立体画像(ホログラフ)POPがせわしなく動いている。

 その背後には、たくさんの商品がバランスよく陳列されていた。これまでの生活であまり目にすることのなかった色々な種類のお弁当があり、私にはそれらがとても新鮮に感じられて、興味がそそられる。

 いったいどれがいいだろう。……あ、甲さんの好みをお聞きするのを忘れてしまった。でもせっかくお休みになられているのに、また通話(でんわ)をかけるのは気が引ける。

 とにかく、甲さんの苦手なニラが入っていないものにすればよいだろうと。それだけを注意して、私は駅弁を物色し始めた。これはひもを引っ張るとお弁当が温まるものなの……? 面白い……!

 並べられた駅弁を眺めていると、異彩を放ち一際目立つデザインのものが目に入る。――そのお弁当の容器は可愛い牛さんの顔が象られ、そのくりくりとした瞳は、じっと私のことを見つめ、買って欲しいとしきりにお願いしている。

 中身はすき焼きのお弁当で、フタを開けるとメロディが鳴るなんて楽しそう……! ひとつはこれにして、もうひとつのお弁当はどれがいいだろう。前方から、私を引き寄せようとするタケノコのよい匂いが香ってくる。

 近寄って見てみると、それはタケノコが入った天然素材百パーセントを売りにしたお弁当らしい。

 

『合成食って、なんでこんなに味気ないんだろうな? いくら病院だからってさ』

 入院していた頃、合成食に対し甲さんが不満を持っていたことを思い出す。……天然素材百パーセントのこのお弁当なら、喜んでもらえそう。甲さんのために天然素材のタケノコ弁当を購入し、私は二つのお弁当を手にして、帰りの列車へと乗車していった。

 甲さんに、喜んでもらえるだろうか。私は電車のボックスシートに腰を下ろし、膝の上に置いた二つのお弁当が入れられた袋を見下ろしながら、そんなことを考える。

 とりあえず、お店の人に尋ねてニラが入っていないことは確認済みなので、その点では問題ないだろう。ニラは栄養価が高いのに、食べないのはもったいないな。

 甲さんのその好き嫌いは、なんだか幼いこどもみたいで。想い人のそんな一面を可愛らしく感じた私は、思わずくすくすと笑ってしまった。……あ、そろそろいいかもしれない。

 窓の横に配置されている開閉ボタンに手を伸ばす。ウィーッ。電子音を立てて自動ドアが上に動き、列車の窓が徐々に開いていく。ちょうど半分の辺りに差しかかった所で指を離し、動作を終わらせる。

 ……今日はなんて、いいお天気なんだろう。訓練所の最寄り駅に近づくにつれて、段々と空気が澄んで、遠くの風景まで見渡せるようになってきた。先刻までは淀んだ空気で濁り、ぼやけたフィルターのかかった景色が、見違えるようにクリアな視界へと変貌している。

 山のほうに、枝の葉腋(ようえき)から円錐花序(えんすいかじょ)を出し、黄緑がかった白い小さな花をたくさんつけたクスノキが見える。いい景色。

 クスノキの葉のグリーンの中に咲く、細かなホワイトの線香花火の、なんとも色鮮やかで優美なこと。強い刺すような樟脳の匂いが、風に乗ってこちらまで運ばれてくる。

 大気汚染が悪化している今日(こんにち)、電車へ乗る際にこんなことをしようとは思えなかったけど、この地域では別だ。電車内に取りつけられている空気清浄機に頼らなくてもよいほどに、この付近の空気は澄み渡っている。

 そのおかげなのか、傭兵の訓練所に向かっているというのに、私の心はまるで、帰郷するかのような心持ちへと変化していった。私にとっての本物の故郷――ミッドスパイアに対しては、そのような感情を抱(いだ)くことなどないというのに。

 きっとクスノキのノスタルジックな香りを嗅ぎ、窓の外の美景に目を奪われ、彼の元へと近づいていることを、意識しているからなのだろう。現在の私にとっての帰るべき場所――甲さんの、いる所へと。

 部屋に戻って、虚像(ホログラフ)じゃない、生身(リアル・ボディ)の貴方の顔が見たい。……早く会いたいです、甲さん。窓の外に広がる、春のうららかな光の差す、緑豊かな佳景(かけい)を眺め、思う。

 膝の上の袋から二つの駅弁のよい香りが漂う中、私はそんな切なさを胸に覚え、ひとり電車に揺られていった。

 

◇ ◇ ◇

 

 そして訓練所の最寄り駅に到着し、電車を降りて坂道を上った後。私はようやく、訓練所の寮の自室へと辿り着いた。

 

「ただいま帰りました。お待たせしてしまって申し訳ありません、甲さん」

「ん……」

 私が声をかけると、甲さんはベッドからいかにもだるそうにして、ゆっくりと身体を起き上がらせる。

 

「あー、おかえりレイン……」

「……っ」

 こんな時も甲さんはきちんとこちらを向いて、帰ってきた私へあいさつをしてくれた。私は甲さんのそういうところに逐一ときめいて、笑みがこぼれてしまう。

 

「私の利用した駅でちょうど有名なお店の駅弁が売られていまして、せっかくなので買ってみたんですっ」

「へー、そうなんだ……それは楽しみだなぁ……」

 私の持つお弁当の匂いが、甲さんの元まで届いたのだろうか。甲さんは寝ぼけ眼でも本心から言っているらしく、その声は少しだけ弾んでいた。その返事に気をよくした私は荷物を置いて、手洗い場でしっかりと手を洗うと、すぐさま部屋へと戻っていく。

 

「お好きなほうを選んでくださいな。甲さんはどちらのお弁当がよろしいですか?」

 ビニール袋から取り出した二つのお弁当を机の上へと置き、甲さんに尋ねる。

 

「んー、別にどっちでもいいけど……」

 きょろきょろと、視線は二つのお弁当を行ったり来たりしていて、甲さんは本当にどちらでもよいと考えているらしい。辺りにはタケノコ弁当だけでなく、ギュー太郎弁当からもすき焼きのよい香りが漂っている。

 きっとこのせいで、甲さんはどちらのお弁当にするか決めかねているのだろう。ハッとした私はそれならと、甲さんが選びやすいように軽くお弁当の紹介をすることにした。

 

「こちらはフタを開けるとメロディが鳴るすき焼き弁当で、もう片方は天然素材を売りにしたタケノコ弁当です。こちらの音が鳴るお弁当、面白いと思いませんかっ?」

 それぞれのお弁当を手で指し示し、ワクワクしながら説明をする。甲さんは、いったいどちらのお弁当を選ぶのだろうか。

 

「あははっ。弁当より、レインのほうが面白いよ」

 声を上げて笑いながら、甲さんはそんなことを私に話す。

 

「それって、どういう意味なんでしょうか……?」

「どういう意味って、そのまんまの意味だよ」

 不思議そうに、私と似た色をした蒼の瞳を丸くして答える甲さん。

 

「…………」

 返答に困り、口をつぐんでしまう。お弁当よりも、私のほうが面白いのですか……? 甲さんは時々、私には理解しづらいことを言うので、そのたびに私は戸惑う。

 

「……えっと、それではフタを開けてみますね。こちらのお弁当はフタを取らないと温められませんので、とりあえず開けてみたいと思いますっ」

 ギュー太郎弁当のフタを開くと、電子音で表現された有名な童謡の素朴なメロディーが、二人だけの静かな部屋へと控えめな音量で鳴り響いていった。

 単純な機械音だというのに、聞いているだけでこうも郷愁を誘われるのは、私がこの曲を耳にするのは小さかった頃以来初めてだったこともあるのだろう。なんとも言えぬ懐かしさを感じ、気持ちが和んでいく。

 

「メロディーが鳴るなんて、面白いですね……」

 フタの開けられたすき焼き弁当を見つめ、私はうっとりとしながらつぶやいた。

 

「……やっぱり、レインのほうが面白いと思う」

 お弁当ではなく、私のほうを見ながら、甲さんはくすっと微笑んだ。

 

「もう、甲さんったら」

 お弁当よりも自分のほうが面白いなどと言われると、複雑な気持ちになってしまうのだけど。……それで、貴方に笑ってもらえるのなら。入院していた頃とはまったく違う、一切のこわばりのない自然な笑顔を向けられて。

 そんなことを言われたというのに、私の心臓は、その鼓動を速めていった。

 

「それでは、お弁当を温めて参りますね」

「ああ、頼むよ」

 結局、私がギュー太郎弁当をいたく気に入ったこともあり、気を遣った甲さんがタケノコ弁当のほうを食べてくれることになった。好きな人に笑いかけてもらえたことにより、ふわふわと浮かれた気持ちのまま、私は二つのお弁当を温めるついでに、お茶を入れてくることにした。

 お盆の上に、お店で買ってきたばかりの緑茶を入れたクリーム色のカップを二つ、温めたギュー太郎弁当とタケノコ弁当を乗せて部屋へと戻る。

 

「タケノコのいい匂いがするよ。凄く美味そうだ。よし、それじゃあいただこうか」

「はい」

「いただきます」

「いただきますっ」

 部屋の椅子に座りいつもどおり二人して、手を合わせていただきますのあいさつをする。これは、ほんのちょっとしたことだけど。食事のたびにこうやって甲さんと食事のあいさつをすることは、私にとって毎日の楽しみになっていた。

 たとえその食事自体が、天然素材で作られた高級品から、完全合成食料品(ソイレント・グリーン)がメインとなった味気ないものになったとしても。

 以前はひとりで食事をすることが多かった私にとって、こうして毎回愛しい人と、きちんとあいさつをしてともに摂る楽しい食事は、これ以上ないほどのごちそうだった。

 パキッ。袋から取り出した割り箸を割ると、小気味よい音が鳴る。環境破壊の進んだ現代では、割り箸ですら贅沢品に成り果ててしまっている。今日買った駅弁のお店は、どちらも駅弁を食す際に使う、割り箸というものの風情も大切にしたいらしく、高級品である割り箸がお弁当に付属されていた。

 

「あ……」

 今までこのようなものを使ったことがない私の経験不足から、上手く割ることができずに、とても均等とは言えないバランスにされた割り箸を見て、少し憂鬱になる。

 

「割り箸って割るの難しいなー。ははっ。俺もあまり使ったことないから、失敗したよ」

 気にするなと、二コリと笑って甲さんはウインクをした。同様に偏った割れかたをした割り箸を両手に持ち、私を元気づける言葉を贈ってくれる。

 私はそんな甲さんに微笑んで会釈をすると、不格好になった割り箸を片手で持ち直し、すき焼き弁当へと向けていく。

 

「……うん、美味い!」

「お弁当、美味しいです……。甲さんのタケノコ弁当もお口に合ったみたいでよかったです」

 生姜が加えられた、個性あるすき焼きの甘辛い味に舌鼓を打つ。一口噛むごとに、肉のうまみとタレの染みたご飯が奏でる調和(ハーモニー)に、私の舌は魅了されていった。

 よほど気に入ってくれたのだろう。隣でタケノコ弁当へ夢中になっている甲さんの箸はぐんぐんと、速い速度で進んでいく。それにともなって、弁当箱に詰められた具材の面積は、みるみるうちに減少していった。

 ……二十一、二十二、二十三、二十四、二十五。その一方で、私は甲さんのようについ箸が進み過ぎて、咀嚼がおろそかになってしまわないために。噛む回数を数えることで、それを抑制していたのであった。

 ……天然素材で作られたお弁当って、こんなにも美味しいものなんだ。最近は食堂で出される合成食をメインに食べていたこともあり、天然素材で作られた高級品の味のよさというものを、私は今、生まれて初めて理解する。

 実家で毎日、天然素材で作られた食事を出されていた頃には、そんなだれでもわかる当たり前のことを、私はまるでわかっていなかった。私という人間が、いかに贅沢な暮らしをしていたのかということを。

 

「こんな天然素材の贅沢な弁当を食べられるとは思わなかったから嬉しいよ。わざわざ遠くから買ってきてくれてありがとう、レイン」

 お世辞ではなく、本当に喜んでいる様子の甲さん。箸の進みかたを見ただけでも普段とは雲泥の差があり、いかにこのお弁当を気に入っているかを証明していた。

 

「こちらこそ、甲さんに喜んでいただけて嬉しいですっ。はい、甲さん。緑茶をどうぞ」

 お盆からお茶を入れたマグカップを取り、甲さんへと手渡す。

 

「ありがとう、レイン。ふー、ふー……あ、今日のはちょうどいい濃さで美味しいよ」

 緑茶はこの前からちゃんと電気ポッドを使い、適切な温度で沸かしたお湯を用いて入れているというのに。火傷することを恐れているのか、甲さんはマグカップのフタを外すと念入りに息を吹きかけてからお茶を飲んでいた。

 

「……っ」

 こんなにも彼を用心深くさせてしまったのはこの私のせいだと思うと、罪悪感で胸がチクリと痛む。

 

「実を言うと、前に入れてくれてたお茶は少し濃かったからな。最近は温度もちょうどよくなったし、レイン、お茶を入れるの上手くなった?」

 甲さんは出されたお茶の温度に安心した表情を見せると、私のことを評価してくれた。

 

「……いえ、その……入れるのが、簡単な……ティーバッグのものを、使いましたので……」

 私の手柄ではなく、正確にはティーバッグの性能のおかげであって、褒め言葉を贈られるほどのことではなかったのに。気まずくなり言葉が途切れ途切れになって、私の口から発せられていく。

 

「それでか!」

「はい、それでです……」

 合点がいったと、手に持ったお箸で空中を差し、甲さんは納得した表情で声を上げた。

 

「私、お恥ずかしいことに……カフェインの量も考えずに、この前まで殿方は皆熱くて濃いお茶を好むものだと勘違いしていて……」

 今までの苦い失敗の記憶が蘇り、自然と顔が下を向く。左手は弁当箱を離し、膝の上へと下りていく。不安から、ぎゅっとスカートを握りしめてしまう。

 

「間違いを正すために、茶葉の量や入れる温度を適切なものにしたかったんです……。その……私は……どうやら、お茶を入れるのが……不得手、みたいだったので……」

 恥ずかしさと甲さんへの申し訳なさで、言葉がたどたどしくなっていく。

 

「…………」

 聞きづらいだろうに、文句も言わず黙って耳を傾けてくれている優しい甲さん。

 

「ティーバッグなら、私のような人間でも失敗せずに入れられると……お店のかたに教えていただいたんです……それと……」

 肝心な所で、思わず言葉を言いよどんでしまう。

 

「……それと?」

 甲さんは穏やかな声色で、私の言葉を促してくれる。そんな彼の思いやりに応えたくて、私は勇気を出して告白することにした。――もう、以前の弱い自分とはお別れしたのだから。

 

「ここへ来た頃に、甲さんがよくあくびをしてしまっていたのは、きっと私のせいだと思います……。夜にお出ししたお茶のカフェインのせいで、睡眠の質を低下させてしまっていたので……」

「ふーん」

「ごめんなさい、甲さん……今までご迷惑をおかけしてしまって……」

 自分の犯した過ちを打ち明けて、緊張でのどがかわいていたことに気づく。うつむきながら、震える手でカップのフタを開けて軽く息を吹きかけ、緑茶を一口飲み込んだ。

 フタをしていたことにより、入れた直後と遜色がないほどに温度が保たれているお茶。それはティーバッグタイプにしたおかげで、ちょうどよい濃さになっているはずだというのに。

 今の私にとって、その緑茶の味は、少し苦く感じられた。

 

「カフェインが原因か……。そう言われてみると、たしかに俺はあの頃よく、あくびをして教官に叱られていたな」

「はい……」

 そのことをまったく気にしていないのだろうか。持っていた箸を弁当箱の上に置いてから甲さんは腕組みをして、うんうんと頷きながらそう語る。

 

「でも、最近は平気だけど?」

「途中から、夜に出すお茶はネットで注文したノンカフェインのものに変えましたので……」

「ならいいじゃないか。もう、そんなこと気にするなよ。今日入れてくれたお茶も、美味しいよ。たとえティーバッグでも、これだけ美味しく入れられてるってことは、レインが頑張ったおかげだろ?」

 甲さんは陽気に笑い、再び箸を手に取りながら私を慰めてくれた。

 

「そう、でしょうか……?」

 私はただ、袋に書いてあったとおりにお茶を入れただけであって、褒めてもらえるほどのことではないというのに。貴方は私に、そんなことを言ってくださるのですね。

 

「そうだよ、自信を持っていいんじゃないかな」

「あ、ありがとうございます……」

 優しい言葉をかけてもらえたことが、嬉しくて。私に向けてくれた貴方の笑顔が、あまりにもまぶしくて。甲さんの顔を真っ直ぐに見られず、私はお弁当のほうに目を向けたまま、お礼を言ってすき焼きを箸でつまみ、口へと入れた。

 ……そんな貴方のことが、大好きです。食事と緑茶で温まった私の身体は、春の暖かさのせいもあってか、しっとりと、少し汗ばみ始めていた。

 

◇ ◇ ◇

 

「ふふっ、楽しいお食事でしたね」

 空になったお弁当箱を片付け終わり、部屋に戻った私は、椅子に座り甲さんと二人で、ゆっくりとお茶を飲んでいた。口をつけていない間にきちんとフタをしていたおかげで、緑茶は未だにほどよい温度のままで、私を温めてくれている。

 

「そうだな。ホント、レインといると気が休まるから助かるよ。こうやってレインに入れてもらったお茶を昼間に飲んでると、休日だなーって感じがしてさ」

 マグカップを両手に持って机に突っ伏し、首だけをこちらへ向けた姿勢になって、甲さんはそんなことを言う。その様子は伸びをしている猫さんに似ていて、私にはなんだか可愛らしく見えた。

 

「そ、そうですか?」

「疲れが取れるっていうか、とにかく癒される感じ。そうじゃないとこんな生活やってらんないって……。はー、生き返るー」

 そう言って机の上で伸びをしていると、ますます猫さんみたいに見えてしまう甲さん。

 

「……っ」

 褒められたことにより、いつもどおりはにかむ私。……まさに今、癒されているのはこちらのほうなのですよ? 緩みきった表情で、猫さんのようにリラックスした状態の甲さんを見ながら、私は笑みを浮かべた。

 

「そういえば、さっきの駅弁の代金立て替えてもらってたからちゃんと払うよ。いくらだった?」

「いえそんな。私が勝手に購入したものなので、お金なんていただけませんよ」

 私は胸に片手を当てて、快(こころよ)く返事をする。

 

「そういうわけにはいかないよ。男のほうがおごるならまだしも、女の子に払ってもらうなんて、男としてのプライドが許せない」

「そういうものなのですか」

「そういうもんなんだ」

 絶対に譲らないぞと言わんばかりに。身体を机から起こして背筋を伸ばし、先ほどまでの緩んだ表情とは打って変わった、キリっとした雄々しい顔つきで、甲さんは断言する。

 こういうところは、父と少し似ていると。二人の意外な共通点を発見し、私は興味深く思った。

 

「ふふ、わかりました。代金は……」

 素晴らしい紳士である甲さんの姿に、いたく感銘を受ける。その真っ直ぐな誠意へ応えるために、笑顔を向けて正直にタケノコ弁当の値段を伝えた。すると。

 

「た、高ぁっ……」

 甲さんは驚きに顔をゆがませ、頬をぴくぴくさせながら。私の口座へと脳内(ブレイン)チップ経由で、お弁当の代金を送ってくれた。……やっぱり、値段を言わなければよかった。

 先刻の甲さんの凛々しい姿を思い出しながら、私はそんな後悔を胸に抱(いだ)いたのであった。

 

◇ ◇ ◇

 

 午後三時半。私は早速購入したノンカフェインのお茶を、甲さんへお出しすることにした。本当は三時頃までなら、カフェインのあるお茶を飲んでも睡眠には差し支えないのだけれど。せっかくなので、買ったばかりのお茶を、甲さんに召し上がってもらいたかったのだ。

 二つのカップに入れたルイボスティーをお盆に乗せて、私は給湯室を出た。カップの隣には、今日お店で買った牛さんの柄のティーバッグホルダーがあり、その上にはプレーンとチョコ味のクッキーが上に置かれている。

 ……両方とも、甲さんのお口に合うといいな。口元を緩ませながら、私は自室へと歩みを進めていった。

 

「どうぞ、ルイボスティーです。それとお茶請けのクッキーも買ってきたので、召し上がってくださいな。まだたくさんありますので、足りなければ袋から直接取っていただいても構いませんよ」

 部屋に到着して甲さんの机と自分の机の上に、入れたばかりのお茶が注がれたカップと、クッキーを乗せたティーバッグホルダーを、それぞれ置いていく。

 

「へー。俺、このお茶を飲むの初めてだよ」

 カップに入れられたルイボスティーを見て、物珍しげな表情を浮かべる甲さん。紅葉に似た鮮やかな赤い色が特徴なお茶、ルイボスティー。とても綺麗な色をしていて、紅茶を思わせる香りやすっきりとした味だけでなく、視覚からも楽しませてくれるお茶だと、店主のかたに教えていただいたことを思い出す。

 

「お味はいかがですか?」

「……結構、クセが強いね。ごめん、俺はちょっと苦手かも」

 一口飲むと、言いづらそうに。でも、私のことを考えた上で正直に。甲さんは苦笑いを浮かべて、お茶の感想を告げた。私としては、清涼感のある味でまったくもって抵抗を感じないのだけど、どうやら甲さんのお口には合わなかったみたい。残念。

 

「でも、身体にはとてもいいんですよ。ポリフェノールやマグネシウムが含まれているので」

「ふーん、そうなんだ」

 甲さんは相槌を打つとカップを傾けて、苦手だと言ったお茶を口へと流し込む。焼き菓子のほうは気に入ったらしく、ティーバッグホルダーに乗せたものだけでは足りなかったのだろう。

 お盆の横に置いておいた残りのクッキーを、甲さんはお茶をこくこく飲むと同時に、あっという間にすべて平らげてしまった。まあ、凄い。こういうところはやはり殿方だなと、私は感心してしまう。

 クッキーと違って、甲さんはお茶をおかわりすることはなかった。それでも残したりすることはなく、ちゃんとお茶を飲みきってくれた。……そんな彼の優しさを垣間見ることができたから、やはりこのお茶をお出ししてよかったと、私はそう思うことができた。

 ティーバッグホルダーに置かれたチョコクッキーを、ひとかけら手に取って、口に含む。それは口の中に入れた途端、すぐに溶けると同時に、柔らかな甘さを味合わせ、私を楽しませてくれた。

 マグカップの取っ手から、その本体へとゆっくりと指を滑らせ移動させる。そこから伝わる熱を手のひらに感じさせると、お茶のおかげで身体だけでなく、私の心まで、じんわりと温まってしまいそう。

 今日は二人で美味しいお弁当とお茶、それとお菓子をゆっくりと楽しむことができた。傭兵――などという、人には誇れず忌避感を抱(いだ)かれる仕事を志す私たちにも、たまにはこんな日があってもいいと。

 そんなことを考えながらカップをわずかに揺らし、そこに注がれた褐色のお茶とクリーム色のカップ、その二つの色のコントラストを目で楽しんでいく。紅茶を思わせる心地よい香りが辺りへと漂う。

 私はその匂いを吸い込んでから、カップにそっと唇をつけて傾け、ゆっくりと味わい、嚥下する。

 

「……美味しい」

 ルイボスティーは、その芳醇な香りとすっきりした味わいで、私を癒し、温めてくれた。

 

 今日という日は、彼にとってはなんでもない日だけれど。私にとっては、愛しい人と過ごす、これ以上ないほどにのどかで。それでいて、至福のひと時を過ごせた――そんな素晴らしい一日だった。

 

第三章『至福のひと時』

終




気づいていない方もいるかもしれないので一応補足しておきますと、作中に出てきたタケノコ弁当というのは菜ノ葉ルート13章でレインに潜脳(マインドハック)を受ける直前に甲さんと菜ノ葉が買って食えず仕舞いになった駅弁です。
 沢山ネタが湧いて10000文字以上あったネタメモを打ち切るのに時間がかかったり、アイギスガード戦のイニシャライザのシーンを書いて一応完成させたり、連載を終えた後に載せる震機狼戦とレイン凌○イベントザコ戦を書いたりしていたらこんなにも投稿が遅くなってしまいました…。
 震機狼戦はストーリー部分がほとんど出来上がって、バトル描写を書き上げたら完成しちゃいますねこれ…。
予定よりかなり早く出来上がりそうでびっくりです…。
▼震機狼戦が気になった方は少しですが文章サンプルを置いておりますので、ぷらいべったーへどうぞ
https://privatter.net/u/noamubetsuaka2
▼pixivには文章サンプルをまとめた文章サンプル詰め合わせもありますので、他のもまとめて読む方はそちらをどうぞ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=23770849
 今回は遅くなっただけのことはあるくらいのボリュームのある回になりました…。
最終回を超える文量になったのはやり過ぎな気もしましたが、書けてしまったものはしょうがないと思います…。

えっちなお話でどれか読みたいと思うものはありますか?ちなみにもちろん全て甲レインで、『記憶を失くした俺と、彼女の初体験』(愛と快楽の会議で最後までする話)が一番書けています。一番内容が薄いのは初日にHする話です…。

  • 愛と快楽の会議で最後までする話
  • 枕代わりに使ってと言われて甲を眠姦する話
  • 嫌がるレインを襲って最後までしちゃう話
  • 愛と快楽の会議でHしないと出られない部屋
  • レインルートの初日でレインとHする話
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